雨降り

幽霊について

2018 年に読んだ本メモ(読んだ順)

  1. フィリップ・K・ディック『時は乱れて』……どうってことない日々の風景が激変する最初の瞬間。思わず冒頭を書き写してしまった。
  2. 清水潔『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』
  3. 清水潔『桶川ストーカー殺人事件 遺言』……上記と合わせて二冊一気に。こういうことはテレビ局や出版社のスケールがなければできないこと。ネットではできない。
  4. デボラ・E・リップシュタット否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』……歴史や言語、教育に関してはだれもが当事者。でも、当事者であるからといってプロだということにはならないわけで、ネット上の言説を見ていると、歴史、言語、教育について多くの人がでたらめをでたらめと思わず書いている。そうしたでたらめとプロの研究を対置させてはいけない。比較できないものを比較するのはまちがい。
  5. アガサ・クリスティー『スタイルズ荘の怪事件』……ポアロ登場。
  6. 春日武彦×平山夢明サイコパス解剖学』……誤植も多いし、つくりが雑な本だった残念。
  7. 門井慶喜銀河鉄道の父』……無力さに食い尽くされそうになる宮沢賢治という新しいイメージ。
  8. アガサ・クリスティー『ゴルフ場殺人事件』
  9. アガサ・クリスティーアクロイド殺し……ポアロ。どちらも再読。『アクロイド』は犯人がわかった上で読んだ方がむしろおもしろい。初期の作としてはやはり完成度が高いように思う。
  10. 映画秘宝 底抜け超大作……病床で通読。
  11. エラン・マスタイ『時空のゆりかご』……おもしろかった、楽しかった!
  12. 國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学 』……ハラスメントを記述する際、どういう構造のなかに彼ら彼女らそして私たちが置かれていて、どのような理路のなかで「ほんとうは受け入れたくないことをまるで自分の意志であるかのようなかたちで飲み込まされるか」を見ていくことが、そして、そのような視点を社会で共有することが必要。「意志」は個人のものではなく、社会が想定し、要求する仕組みのようなものだから、「意志」「責任」「動機」といったことを個人に向けて尋ねている間は実態に即した記述はできない。
  13. 丸山正樹『龍の耳を君に』……おもしろかった!
  14. 黒田龍之助『外国語を学ぶための言語学の考え方』
  15. 黒田龍之助チェコ語の隙間 東欧のいろんなことばの話』……なにか語学を学ぶ際に、言語学の視点をもつこと。
  16. アガサ・クリスティー『ビッグ4』……ポアロ。スパイもの。
  17. 津村記久子江弘毅『大阪的』……ルールのわからないゲームに放り込まれたような感覚。
  18. リー・ツンシン『小さな村の小さなダンサー』……村の暮らしをすぐそばに感じる。
  19. 田村隆一『ぼくの交響楽』……戦後という苦い時代、彼が書き付けた違和感が今爆発している気がする。
  20. ミシェル・ウエルベック服従……こわい。
  21. パトリシア・ハイスミス『11 の物語』……こわー。
  22. 竹中亨『明治のワーグナー・ブーム』……音楽に実際に触れる前に、言葉に触れていたということ。聞く前からふくらんでいた期待と物語。
  23. 都築響一『世露死苦現代詩』……小田嶋隆『ポエムに万歳!』とセットで。
  24. アガサ・クリスティー『青列車の秘密』……ポアロ。「オリエント」への道。
  25. 色川武大『うらおもて人生録』……おもしろかった! 自分だけが感じる、自分のための宗教をつくるような感じ。だれにでも必要な営み。
  26. 池谷 裕二『脳はなにかと言い訳する』……「やめる」っていう判断はとても高度なもので、それが人間にとってもコンピュータにとっても難しく、とくにコンピュータにはできない。人間、がんばる。
  27. 笹原宏之『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』……著者が調査中、外で待たされていたお子様がつっぷして泣き出したくだりに感動。
  28. 大澤真幸『美はなぜ乱調にあるのか』……再読。なのにいまひとつ思い出せない。
  29. アガサ・クリスティー『邪悪の家』……ポアロヘイスティングズと仲悪い。
  30. スティーヴン・キング『夜がはじまるとき』……おもしろかった!
  31. 笹川洋子『日本語のポライトネス再考 発話行為・発語媒介行為・相互行為』……脱・文脈依存について考えた。
  32. 三森 ゆりか『外国語を身につけるための日本語レッスン』……外国語に訳せるような日本語を話す、ということについて考えた。行政の場では特にそうあってほしいと思うけど、国会中継なんかで聞く言葉遣いは記者の追記がなければ意味が通らないことが多い。高度に文脈に依存していて、フェアじゃないとすら感じる。
  33. 真魚 八重子『映画なしでは生きられない』……楽しかった。
  34. 小森陽一(編著)『「ポスト真実」の世界をどう生きるか ウソが罷り通る時代に』……未だにPCを使わず、ネットにほとんど触れない著者がその道のプロに教えを請う。おもしろかった。
  35. 雨宮処凛『非正規・単身・アラフォー女性「失われた世代」の絶望と希望』……この人の、根っこの部分が明るくできている感じがおもしろい。やっぱり名文家だと思う。
  36. ジャッキー・フレミング著、松田青子訳『問題だらけの女性たち』……真理に触れることだけが人間を救う。
  37. 小森陽一編『手塚マンガで憲法九条を読む』……解説つきで手塚マンガが読める。楽しかった。
  38. ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー 全体論的探偵事務所』……これくらいのでたらめを私もさらさらとさらさらと口にしてみたいもの。
  39. 木原浩勝『九十九怪談 第九夜』……ちょっと食い足りない。
  40. 野矢茂樹『大人のための国語ゼミ』……復習。
  41. いとうせいこう & 星野概念『ラブという薬』……患者と担当医の対話集。精神科医によるカウンセリングで肝要なことは相手の思考のスピードを落とすこと、というのはなにかピンとくる話だった。真理にたどりつくのに、スピードは邪魔かも。
  42. 岩井志麻子『現代百物語 終焉』……シリーズラストにふさわしい豪華さ。すばらしかった。
  43. 柚木麻子『ナイルパーチの女子会』……悲鳴をあげるほどこわかった。こわすぎ。
  44. スティーヴン・キング『トム・ゴードンに恋した少女』……中盤のつらさがほんとつらかった。
  45. いとうせいこう『鼻に挟み撃ち』……楽しい!
  46. ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』……楽しい。
  47. アガサ・クリスティー『エッジウェア卿の死』……ポアロ。謎の美青年がたんに美青年だった。
  48. 金田弘・宮腰賢『新訂 国語要説』……復習。
  49. 岡崎友子・森勇太『ワークブック 日本語の歴史』……復習。
  50. アガサ・クリスティーオリエント急行殺人事件……ポアロ。シリーズを順に読んでいくと、ここで「満を持して書いた」という感じが味わえる。そして、うーん、やっぱりケネス・ブラナーポアロは変。
  51. 苅米一志『日本史を学ぶための古文書・古記録訓読法』……史学と文学で方法が共有されていないことに驚き。びっくりした。
  52. 穂村弘×堀本裕樹『短歌と俳句の五十番勝負』……楽しい!
  53. 古橋信孝、鈴木泰、石井久雄『現古辞典 いまのことばから古語を知る』……通読した。おもしろかった。
  54. ダグラス・アダムス『宇宙の果てのレストラン』……声に出して笑った。これくらいのでたらめを私もさらさらとさらさらと口にしてみたいもの。
  55. 司馬遼太郎『北のまほろば』……津軽を旅しながら読んだ。楽しい読書体験。
  56. 穂村弘『はじめての短歌』……煽られたり脅されたりする日々のなかで、ただ佇んだりじっとしたりする手法、文体を身につけるということ。
  57. 鯨統一郎『月に吠えろ! 萩原朔太郎の事件簿』……おもしろくなかった。
  58. 岡井隆『鉄の蜜蜂』……ハードボイルド。
  59. 山田正紀『カムパネルラ』……「45分」の新解釈に大笑いしました。楽しかった。
  60. 早川タダノリ『神国日本のトンデモ決戦生活』……とんでもないなあとひとつひとつ資料&史料を読みながら、以前はまさかこんな考え方、こんな生活を求める人が実在するなんて想像しもしなかったんだけど、今はこうしたことを好む人がかなりいることを知っているから、ぞわぞわした。
  61. 岩波講座哲学 05 心/脳の哲学』……ざっと復習。
  62. アルジャーノン・ブラックウッド『ブラックウッド幻想怪奇傑作集 秘書奇譚』……大体、「秘書奇譚」っていうタイトルがかっこいい。
  63. アガサ・クリスティー『三幕の殺人』……ポアロ。ちょっと変えてきたな、という感じ。
  64. 若竹七海『錆びた滑車』……葉村晶もの。彼女の集中力や、あまりメタ思考に陥らないところが功を奏して、語り手自身よくわかっていない後悔や切実な気持ちが遅れて、わっとあふれる瞬間があった。
  65. 上野千鶴子『情報生産者になる』……細かい、具体的。マスコミ関係の人にもおすすめです。
  66. 新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』……文章が厳密で読みやすかった。もっともっと手に取られてよい本だった。タイトルで敬遠してしまったような人にこそ読んでほしい。
  67. 櫛野展正『アウトサイド・ジャパン 日本のアウトサイダー・アート……遠くから見たらみょうちきりんなことでも、近づいて話を聞くと必然性のあることだというのがわかる。
  68. 原沢伊都夫『考えて、解いて、学ぶ日本語教育の文法』……復習。
  69. フリードリヒ・デュレンマット『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』(増本浩子訳)……めっちゃくちゃおもしろかった。
  70. アガサ・クリスティー『雲をつかむ死』(加島祥造訳)……ポアロポアロ、読破してみようというつもりで読み始めて、疲労がたまってきた。
  71. 沼口麻子『ほぼ命がけサメ図鑑』……文章が厳密で読みやすかった。「サメから見たらヒトは亀」というフレーズが心に残りました。
  72. アガサ・クリスティーABC殺人事件……ポアロ。中期の人気作。紅茶がぬるくてまずいとか、細部が楽しかった。中期はヘイスティングズがちょっと割を食っている感じがする。
  73. 宮田珠己『いい感じの石ころを拾いに』……自分はただの石ころを探しておきながら、翡翠を探す人を見ると暇人だなと思う、そんな勝手な筆者の右往左往がとっても楽しかったです。
  74. TOBI、奥野武範『レ・ロマネスクTOBIのひどい目。』……想像していたより遙かにひどい目にあっていてびっくりしたけど、それ以上にびっくりなのはその出会い。
  75. 片山杜秀荻上チキ『現代語訳 近代日本を形作った 22 の言葉 五箇条の御誓文から日本国憲法まで』……復習。じっくり整理しながら読みました。

 

とにかく、煽ってくるものや焦らせようとするもの、スピードからは距離を置こうというのが読書体験全体を通しての感想です。ゆっくり、じっくり、どこまで分節化できるか、どこまで多彩に表現できるか、自分自身の構えとしてはやっぱりそんな感じかなとあらためて思いました。

締められてたまるか、このネジを

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原題:Glass

監督:M・ナイト・シャマラン

2019 年 アメリ

フィラデルフィア。女性が誘拐される事件が続いていた。息子と二人でホームセキュリティの店を営むデイヴィッド・ダンは、「散歩」と称して犯人を捜していた。デヴィッドには触れると悪人がわかるという能力があり、それをもって「群れ」と呼ばれる誘拐犯に近づくことができた。「群れ」には肉体がひとつしかなく、様々な人格が入り乱れ、なかには「ビースト」と呼ばれる超人的な肉体をもつ人格もあった。しかし、彼ら彼女らのそうした能力は妄想だと断じられ、治療の対象として施設に収容される。そこにはデイヴィッドを事故に巻き込んだミスター・ガラスも収容されていた。

えっ、点数ですか? 点数をつけるんですか、この映画に……? 100 点満点で……じゃあ、じゃあ、

100 点としか言いようがないです……

全体としてどうだったか? 全体として……? ぜんたい、ぜんたい……えーと、えーとこう、

楽しかったです……

えっ、どこが楽しかったか? 「どこ」? どこって……

こう、ぜんたいてきに、色彩が限られていて、ちょっと青みがかったところとか、差し色が水色なところとか、主人公たちがマジなところとか、それに、顔が、顔がおもしろいし、カメラが顔にすごく寄るし、マカヴォイくんに見下ろされるけど目が合わないし、それに……

あっ、もういいですか。

じゃ……印象に残った場面……? 「全部」とかではなく、ひとつだけ? ひとつ〜? うーん、うーん、うーん、強いて言うとやっぱり、

三人でコーヒー飲んで変わりゆく人類を眺めている打ち上げシーンが……

えっ、どういう意味でって、「意味」〜? うーん、うーん、なんていうかこう

祝っている

人類をこう、「たははは」と思いつつ祝っている感じって言うんでしょうか……

えっ、「祝っている」とはどういうことか……? えー! えー、えー、えーと、まあ、

そこまではデイヴィッドたちの行動がまるで何かに対する復讐ででもあるかのような語られ方に押し込められそうになっていて、それに対抗する息子や母、そして友人の少女なんかはまるで「物語をめちゃくちゃにされた」ことに対する怒りや悲しみそのもののようなところがあるんですけども、自分たちの存在が因果律に押し込まれてつまらない語り方をされてしまうことに対するミスター・ガラスの闘いがあって、そのことでがらっとお話の水準が変わって、それで終盤はずっと解放感というか、単純な希望に包まれていて……

あっ、はい、もう、いいですか、じゃ、失礼します……

 

と、ぴあの出口調査に出くわした私は、すごすごとその場を後にしたのですが、も〜、ほんとに、今後はアンケートとか出口調査とか、そういうものには一切答えないぞ、特に映画を見た直後には、と決心を新たにし、ただ、シャマランの新作を初日に見て、とても楽しかったということだけ書き記して終わりたいと思います。

降り続ける

『迫り来る嵐』公式サイト

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原題:暴雪将至 The Looming Storm

監督・脚本:董越(ドン・ユエ)

2017 年 中国

2008 年、一人の男が刑務所を出、ID の申請をする。

1997 年、香港返還前夜、雨のやまない街の古い工場でユィは警備員として働いていた。そこで一度泥棒を捕まえたことで、「名探偵」と呼ばれるようになる。そんなとき、工場の近くで女性ばかりを狙った殺人事件が連続して起こる。ユィは捜査の手伝いを買って出、のめりこんでいく。

墨絵に多少彩色をほどこした程度の視界に雨が降り続ける。雨の音がずっとしている。

そんななかに壊れかけのバイクに乗って登場するユィは意外なほど快活だ。はきはきしているし、はりきってさえいる。まじめな人で、義務を欲している。仕事があれば何でも一所懸命やるだろう。大抵の仕事で成果を出すだろうし、成果を出せない仲間を叱咤激励したりもするだろう。

雨が降っていなければ、冬でなければ、このときこの場所でなければ、と思ってしまう。実直で一所懸命で、すぐまわりが見えなくなってしまうユィの、ちょっと遅れてやってきた青春ものであったっておかしくないはずのこの物語に、雨は降り続ける。

墨絵のような風景の中にそびえる工場でユィは義務にすがりつくように「警備」に邁進している。頼まれもしない殺人事件捜査の手伝いを買って出、「師匠」と慕ってあとをついてくる後輩をつれて彼があちこち出かけていくのを見ているうちに、「かわいらしいバディ・ムーヴィとして終わってくれないかな」などと期待してしまう。

そうであっても、全然おかしくない人物たちだ。ユィは必死だし、あとをついてまわるリゥは健気だ。ユィの恋人、イーイェンは「香港が返還したら行きやすくなるかしら」と素朴に夢を語り、ユィとの未来を語る。ジャン警部は淡々と捜査を進め、時折行き過ぎるユィにそっと釘をさす。ユィの現在に憧れるリゥがいて、ユィとの未来を夢見るイーイェンがいて、ユィとは違う目で捜査しそして事実にたどり着くジャン警部がいて、ユィひとりが時間の中で迷子になっている。

雨が降り続き、道がぬかるみ、そのなかを黙々と歩く人々に逆行しながらユィはひとつ、またひとつ、と一線を越えていく。

ユィがひとつ、またひとつと越えてほしくない一線を越える度に、見ているこちらもずぶずぶとゆっくり沈んでいくような気がする。

 晴れてほしいと望みながら、ユィが「迫り来る嵐」の主人公であることのどうしようもない重みにうちひしがれていると、雪が降る。

2018 年劇場で見た映画一覧

寒中お見舞い申し上げます。

2018 年は劇場で 60 本の映画を見ました。以下、そのリストと一言感想です。 

  1. 『ロープ 戦場の生命線』……原題 “a perfect day” がぱっと出る瞬間、それが皮肉やしゃれではなく、まさに a perfect day だというのがすばらしいです。
  2. 『ウィンドリバー』……永世お見舞い大賞。
  3. 『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』……駆け出す子ども達の背中を見ているときに大人が感じることについて。
  4. ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書……映画『銀河鉄道の夜』以来の輪転機演出に感動。
  5. ボヘミアン・ラプソディ……いつも水を湛えたようなフレディの目と、静かなブライアンの目との対照が印象的。
  6. スリー・ビルボード……「腑に落ちる」ということに関する魔法が見られる。
  7. 『search サーチ』……親が知らなかった普段の娘が、親にも想像できないくらいいい子だったっていうのがよかった。
  8. 『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』……かわいそうな幽霊が家にすみついていて、自身それがなにかもわからないままなにかをまっているだけの話で、ただひたすら哀しかった。
  9. 『ドリーム』……三人三様の仕事に対する献身が見事なのと並行して、冒頭の車から始まっていろんな機械が不具合を起こしたり壊れたり壊されたりしながら話がすすむのがおもしろかった。
  10. ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ……正義も不正義も善も悪もないところでのヒーロー誕生譚。キュートな神話のような味わい。
  11. オーシャンズ 8』……サンドラ・ブロック特有の、一対一の関係で魅力を発揮する能力がいかんなく発揮されていて終始どきどきしました。
  12. 『いつだってやめられる 10人の闘う名誉教授たち』……三部作のラストで、三部作であることに納得させつつ、新しい倫理に手をかけたところが見事でした。
  13. 『マンディ 地獄のロード・ウォーリアー』……すごくシンプルな話なのに、何を観ているかわからなくなる、近年のニコラス・ケイジものでも出色の楽しさ。
  14. 女神の見えざる手……主人公の頼りなさに胸を打たれました。
  15. マンハント……あとで罵倒されることになってもかまわないから誰彼かまわず勧めたい。
  16. トレイン・ミッション……妙な味わいの残る佳品。2018 年エンドクレジット大賞。
  17. いつだってやめられる 7人の危ない教授たち……シリーズ第一作らしく、まとまりがあって、わかりやすく、楽しく、そして切ない。
  18. カメラを止めるな!……おもしろかったあ。
  19. 『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』……後悔がなければ何度も語ったりしないわけで。
  20. イコライザー2』……マッコールさんは意外と「スリー・ビルボード」のミルドレッドに近いものがある。
  21. アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』……ロケットの目が美しかった。瞳孔映画大賞。
  22. ピーターラビット……鶏さんと鹿さんがお気に入り。
  23. デッドプール2……大真面目な話。
  24. ビューティフル・デイ……とにかく、へとへとだというのが伝わってきた。
  25. リミット・オブ・アサシン……2018 年イーサン・ホーク大賞。
  26. プーと大人になった僕……プーを抱きしめるクリストファー・ロビンの腕に運命を感じた。
  27. IT/イット “それ”が見えたら、終わり。……夏休み、光り輝く密室で子どもたちが感じる恐怖。
  28. 『15 時 17 分、パリ行き』……途中で何を観ているかよくわからなくなった。楽しかった。
  29. 万引き家族……終盤、ある人物が口にする心ない言葉がきっかけとなって、主人公が大きな決断する展開は忘れられない。
  30. 馬を放つ……人から生産手段を奪うという罪を慈悲深く描き、かつ、未来を感じさせてくれた。
  31. シェイプ・オブ・ウォーター……ほんとはみんな、こんな風に消えちゃいたいんだなと思った。
  32. パディントン2……パディントンを受け入れる街は豊かで、それだけで楽しかった。
  33. 『タクシー運転手 約束は海を越えて』……これが韓国の民主主義が危機的だった状況下で制作されたという点も含めて見事。
  34. 1987、ある闘いの真実……一人の大学生が泣きながらするするとデモのなかに身を投じていき、その運動が学生から一般市民へと広がっていったクライマックスに拍手。
  35. 沖縄スパイ戦史……一線を越えた人にとって、戦争はそう簡単には終わってくれず、苦しみは続き、引き継がれさえするというところに、『アクト・オブ・キリング』を思い出すようなものがあった。
  36. 勝手にふるえてろ……原作から受ける感じに意外と近いことにびっくり。
  37. ブラックパンサー……きれい。
  38. 『ヴェノム』……元カノの謎っぷりがおもしろかった。
  39. いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち……三部作の二話目で、ギャグが一番細かい。
  40. デトロイト……テンポが独特で現実っぽかった。
  41. しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス……素晴らしいダンスシーンがあり、素敵な映画だったが、『15 時 17 分、パリ行き』の直後に見たため、古びた印象になってしまった。
  42. 『はじまりのうた』……彼女の選択のすべてに拍手。
  43. 『毛虫のボロ』……きもちわるいところはきっちりきもちわるかった。
  44. 『バーフバリ 王の凱旋 完全版』……豪快な気持ちになった。
  45. 『バーフバリ 伝説誕生』……風すら意志をもつ。
  46. ダークタワー……長いコートでひらひらくるくると美しかった。
  47. ゲティ家の身代金……まさかのマーク・ウォルバーグの説教一発で事態が動く。
  48. 死霊館のシスター……タイッサ・ファーミガの顔の見応えがすごい。
  49. 『修羅 黒衣の反逆』……チャン・チェンが困惑し、チャン・チェンに困惑させられているうちにふわっとおわる。
  50. ミッション:インポッシブル フォールアウト』……イーサン・ハントの視点から見るチームのみんながかっこよかった。
  51. MEG ザ・モンスター……ジェイソン・ステイサムなら人類よりサメを選ぶのではないかという気がした。
  52. ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷……広大な屋敷のはずが、狭く感じた。
  53. 『カンフートラベラー 南拳……2018年「何度もあらすじを読みましたが意味がわかりませんでした」大賞。
  54. 長江 愛の詩……長江を上ると時間も遡る。
  55. 空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』……マジカルだった。
  56. スター・ウォーズ/最後のジェダイ 吹き替え』……みょうちきりんだった。
  57. 『花咲くころ』……身も蓋もなかった。
  58. 『7 号室』……話の途中で終わった。
  59. バンクシーを盗んだ男……解決していないので、みんな話が長くて字幕を読むのがたいへんだった。
  60. 『SPL 狼たちの処刑台……アクションはすばらしいけれど、最初の方で「ああなってこうなってそうなったらいやだな」と思っていると大体そうなってしまう。

いかにして 2018 年夏をやりすごしたか(4)読書日記

日記帳から読書メモを抜粋します。

6 月 27 日 いとうせいこう星野概念『ラブという薬』(リトル・モア

www.kinokuniya.co.jp

国境なき医師団の取材でギリシャに行ったときに医師団のスタッフが難民キャンプの人たちに対して、もはや尊敬の念といってもおかしくないような態度で接するのを見たんだけど、あれはまさに傾聴と共感だった。日本だと、困っている人に対して「助けてあげる(原文傍点)」 って態度になりがちなんだけど、そういうのが一切ない。子どもとか女の人が来たら立って席をゆずるとか、そういう行動のひとつひとつが苦難に対する共感なんだってことが、すごく伝わってくるの。

いとうせいこう星野概念『ラブという薬』(リトル・モア) p. 174、いとうせいこうの発言

いとうせいこうの主治医、星野概念の「確かにカウンセリングって、患者さんの思考のスピードを落とすことですね」(p. 222)という言葉も印象的なこの『ラブという薬』には、「精神科にかかること」についてのきわめて具体的な助言もあり、(上記のように、日本語圏に生きる私たちの)公共性を考える上で重要な示唆もあり、対談ならではのふらふらとした往還もあり、とても楽しい一冊でした。広く読まれていってほしいです。

7 月 1 日 東京新聞朝刊 平田オリザ「つれづれ」

私は愛国心が強い方だと思っていますし、国立大の教員でもあります。なので、そういった資金を使って、過去の日本の植民地支配の実相や、現在の日本社会が抱える重苦しい雰囲気を明晰(めいせき:原文ルビつき)に描く作品を創り、海外に発信し続けていきたいと考えています。過去にきちんと向き合う姿勢を示すことが、日本に対する信頼を高めると考えています。また、現在の日本社会の混迷を描くことが、未来の持続可能な社会をつくることにつながると考えています。私は芸術家の良心と学者の良心に従って日本に貢献したいと思います。もちろん人類全体にも貢献したいと願っていますが。

カンヌで『万引き家族』が賞を取って、日本社会の恥部を映画にしたと嫌悪感を示す人々がいて、さらに、文化庁からの出資があったということについて批判する人々もいて……この辺りの理路はよく理解できないので記述できません。引用記事はちょうどそのころに出たものです。

フランスのラジオ局が平田氏に、日本では極右政権のもとで芸術活動が抑圧されているのではないか、あなたはどうしているのかというインタビューを行った、その返答です。

万引き家族』に対するナイーブな反応に対しては、やはり、貧困を問題視すること、解決しようと行動を起こすこと自体に嫌悪感を示す構造があるんだなと思いましたし、権力と距離を取る構えがないままに社会生活を送っている人が一定程度いて、彼ら彼女らにとっては政府の意向を受け入れる以外の言動は恐怖や嫌悪を覚えるようなものですらあるのだなあと、そういうことを考えました。

でも仮に「国のため」というのなら、日本語圏からその圏外で見られる映画がリリースされて、受け入れられ、評価され、愛されるというのはプラスに働きこそすれ、マイナスにはならないだろうに、と思います。

日本語がポップさをまとおうとするあらゆる動き(国外のコンペに出ることなどから始まって、国外からの提言を受け入れ考え検討することなどまで)を切実に嫌う人達がいるのはわかっています。でも、日本語圏以外の人とも共有できる価値観を探っていかなければ逆に日本語は痩せ細ってしまうんじゃないでしょうか。

7 月 8 日 朝日新聞朝刊 宮台真司「オウムを生んだ社会は今」(聞き手 高久潤)

オウムという存在や事件自体は日本社会を大きく変えてはいません。むしろ逆です。その後の報道などでも明らかなように、この社会に絶望して教団に入ったのに教団の中で繰り返されていたのは、今風にいえば、教団内での地位をめぐる、麻原彰晃の覚えをめでたくするための「忖度」競争でした。教義や対義は、どうでもよかった。日本社会の特徴とされる構造の反復です。その意味ではオウムはきわめて陳腐な存在です。

だからこそ危ないとも言える。不全感を解消できれば、現実でも虚構でもよい。自己イメージの維持のためにはそんなものはどちらでもよい。そうした感受性こそ、昨今の「ポスト真実」の先駆けです。誤解されがちですが、オウムの信徒たちは現実と虚構を取り違え、虚構の世界を生きたわけではない。そんな区別はどうでもよいと考えたことが重要なのです。

 歴史修正主義の方々もまさか本気で「南京事件はなかった」とか「ホロコースト事件はなかった」とか言っているわけではないだろう、どういう気持ちなんだろうと長年ぼんやり思っていたのですが、そういう方々が「現実と虚構を取り違え」たわけではなく、現実と虚構の「区別はどうでもよいと考えた」とすると筋が通るなあと思います。

また、これとは全然水準の違う話で、たとえば「この社会に絶望」して、新興宗教の道に入った人が、まさに「この社会」のまねごとのようなことをそこで繰り返してるのを見ると、「どうなってんの」「そういうのが嫌だったんじゃないの」って苛立ってしまいます。

この「どうなってんの」には「真理や真実を切望してたんじゃなかったの」という意味が含まれていて、そうなってくると、「そもそもなんでそんなでたらめな文言に惹かれちゃったの」とも思うわけで、でも「不全感を解消できれば」、でたらめでも何でもいいと考えたとすると、やはり筋が通ってしまいます。

私は身近な親族に歴史修正主義者がいるので、自分の不全感を解消するためにでたらめをまき散らす営為がすごくリアルに哀しいし、腹も立ちます。

事実だろうとでたらめだろうとどっちでもいい、オレは自分が快適な方を選ぶ、と思っている(であろう)彼と今後、言葉のやりとりで何らかの合意に至ることは可能でしょうか。今のところ、不可能なように思えます。元々、説得しようと思っていたわけではなく、「すこしはましな暮らしをしてほしい」とか「幸せになってほしい」と思っていただけなのですが。

 

突然ですが、夏の読書日記はここで終わっています。

日記帳によればこの後は、なぜか辞書を通読している……。辞書を通読して、8 月が終わっています。

時々仕事で日本語の古典を読まなければならないのですが、あまり古語の能力が高くないので、これがほんとに大変で。なにせ全部調べなければならないので。でももう、年も年だし、今更その能力が上がることもないだろうなあとあきらめて、いちいち調べていたのですが、さすがに辞書を通読したら多少やりやすくなりました。いちいち調べるのは変わらないにしても、何をどう調べれば良いかがぱっと思いつくのは便利。いやいや、地道な勉強っていくつになっても成果があるものですね。自分に驚きました。

それはいいとして、そろそろ夏の大反省大会も終えて、通常業務にもどりたいと思います。

2018 年春は花粉症で息が止まり、夏は酷暑で息が止まり、私の呼吸器系統はずたぼろで、頭に来て思わず 2018 を素因数分解してやったら、奴はなんと、約数が 1 とそれ自体を入れて 4 つしかなく、あっという間に終わってしまい、「2018 よ、お前はそういう数字だったのか」という感慨がわいたので、まあ、許してやろうと思います。

 

とにかく、この夏考えていたのはそんなことです。

思考のスピードを落とそうと思っていました。

早く、早くと煽るものは詐欺と見込んで遮断しようとすら思ってました。

自分の(言葉の)公共性について考えていました。

せめてもう少しましなことを言いたいと考えていました。

苦難とともにある人に敬意と共感を伝えるのは無理でも、そういう構えでいたいと思います。

苦難とともにある人のことを面倒だと感じる人の公共性を疑っていました。

今も疑っています。

長年、みんなに幸せになってほしいとか頭の隅ではどうしても思ってしまい、それが元で失敗することもありましたが、その気持ちを頭の真ん中に持ってきてもまあ別にいいんじゃないかそれくらい、と思いました。

 

 

おわり。

いかにして 2018 年夏をやりすごしたか(3)音楽編 : クラムボン、the National、Yo La Tengo

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この夏はクラムボンのライブアルバムと the National の一番新しいのと Yo La Tengo ばかり聴いていて、「もう一生、この三組だけでいい……」という気分になっていました。

1. クラムボンと私

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クラムボンは初めて生で聴いたのが日比谷野外音楽堂で、その後もいつも野外だったので、初夏から夏にかけて外で聴くイメージが強いです。

家で一番良く聞くのは『3 peace 〜live at 百年蔵〜』というライブアルバムで、今夏はとくに朝一番で聞くことが多かったです。

博多唯一の酒蔵、石蔵酒造さんに「博多百年蔵ホール」という施設があって、結婚式なんかもやるところなんですね。このアルバムはそこでの模様を収録したもので、MC も楽しめます。百年以上の歴史がある酒蔵でライブなんていいなあ。ライブ前に試飲や買い物をひとしきりしてちょっと酔っ払ったりして。ライブ中にお客さんがお手洗いに立っていたし、そういうこともあったかもしれません。

いつか旅先でふらっとクラムボンのライブに行ってみたい。元は酒蔵だった古い土蔵の中とか、中古レコード屋さんと古本屋さんが一緒になったようなお店とか、そういうとこで偶然クラムボンのライブに会ってみたい。けど、さすがに「ふらっと」はチケットが取れないだろうなあ。何ならクラムボンのライブ目指して旅行に行くのでもよいです。そんな夢を見させてくれる、いつもいつも移動しているイメージのクラムボンです。

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2. the National と私

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the National の "Sleep Well Beast" を、いつ聞いているかと言うと、わりと一日中聞いています。このアルバムは昼間聞いてもいいし、夜中に聞いてもいい。

このところ困惑したり途方もなく哀しくなったりするようなことが続いていて、正気を保つのが難しいのですが、「正気を保つ」とはちょっと別の仕方で困惑や悲しみと付き合うやり方を"Sleep Well Beast" から学んでいるような気がします。

話は変わりまして(そして記憶で書くので細部が違っていると思うのですが)、新聞の悩み相談で「職場に残る差別的なあれやこれやを黙って飲み込むことができません。それでかわいげがないとか言われてしまいます」というものがあって、彼女に対して上野千鶴子さんが「かわいげなんかあったって、いいことありませんよ。いいじゃない、抵抗したら」というようなことをおっしゃっていて、そうだよなあ、かわいげなんかあったって、いいことなんかないよなあと思ったんです。「ない」ってことはないでしょ? と思われるかもしれませんが、私は、「ない」って思うんです。かわいげがあったって、かわいげを要求する仕組みや人々に「かわいげがあって良い」と認定されるだけで、そんな構図や仕組みにオッケー出されたってしょうがないんですよね。ほんとはその仕組みを乗り越えたい。乗り越えて笑いたい。その気持ちと "Sleep Well Beast" は近い気がする。

ストイックであること、勤勉であること、そして享楽的であること。"Sleep Well Beast" の前でぼさっと突っ立っていると、そういう構えにならざるをえず、その構えがこのアルバムからの贈り物だという気がします。

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3. Yo La Tengo と私

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Yo La Tengo はいつも聞いています。多少、夕方のイメージがあるけど、年がら年中、朝から晩まで隙を見つけては聞いています。

 Yo La Tengo は音数の少ない、抑制的な展開と轟音モードとの行き来が独特で、気づくとぶわ〜〜〜っとなっていて、その瞬間、ほんとに何も考えていない。

あっ、今突然、何も考えてなかったな、とひゅ〜〜〜っと自分が元にもどるときがおもしろい。

たぶん整体を受けたのに近い効果があると思う。

大昔、高校生から大学生くらいのころ、私はいつも肩が凝っていた。首が痛くて、頭が痛くてしょうがなかった。

今もあのころとやっている作業的にはさほど変わらない姿勢、変わらない負荷で暮らしていますが、肩、凝らない。

私の体が傷みをかわすのがうまくなったということなんだと思います。肩甲骨を意識しているし、立ち方を工夫しているし、そんなこんなで。

傷みをかわす構えは、たぶん冗談じゃなく Yo La Tengo 由来だと思います。

ライブも最高でした!

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それで、さっきこの日記のメモをまとめていて気づいたのですが、結局 Red Hot シリーズのコンピレーション、"Dark Was the Night" に曲が収録されている音楽家の曲ばかりを聴いている。Dirty Projectores、The Books、Fiest、Grizzly Bear、そして Yo La Tengo、the National。

すごい、 "Dark Was the Night"。

一枚で(USインディーズが)大抵そろっている。

おすすめです!

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いかにして 2018 年夏をやりすごしたか(2)メグたんをずっと待っていた

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もうすっかり寒くなりフィギュアスケートもグランプリシリーズが始まりましたが、まだまだ夏を振り返ります。

ジェイソン・ステイサム主演、サイモン・ウェスト監督の『メカニック』という素晴らしい映画(1972 年の『メカニック』のリメイク)があって、この冒頭のステイサムさんがほぼサメなのです。『メカニック』には、サメのように美しいステイサムさんが恩人へ銃を向けなければならない苦境に立たされ、その息子との間に擬似的に師弟関係が結ばれ友情すら一瞬生じかけるという芯の強いストーリーがあり、そしてとってもきれいなおうち、きれいなくるま、素敵なレコードなどなどがあります。美丈夫ステイサムさんにふさわしい一本です。シリーズ化希望。その願いが届き、2016 年には続編『メカニック:ワールドミッション』が公開されました。

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私はこれを劇場で拝見しまして、今でもありありと覚えているのですが、「あれっ、お金ないのかな?」と思いました。今回は『メカニック』の話ではないですし、『メカニック:ワールドミッション』がことこまかに書くほど駄作だというわけではないので、簡単に申し述べますと、全体にステイサムさんの「サメ感」に頼りすぎだなと思いました。ステイサムさんはそりゃきれいですけどね。

あれから幾星霜。

2018 年。

ついに来ました。サメ vs ジェイソン・ステイサムMEG ザ・モンスター』。しかも相手は伝説の古代鮫。

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思い返せば『MEG』を楽しみにじっと耐えているだけの夏でした。『MEG』を見て、友だちと一杯飲むことだけを楽しみにしのぎました。

そんでその日がやってきて、その日のためにせっせと色々あれして、予約して、見た。笑った。飲んだ。

☆おすすめポイント☆

・タイの子どもたちに好かれてわくわくされてるステイサムさん

・身一つでサメに立ち向かうステイサムさん

これだけで、私は映画に 1800 円払います。十分です。

ほんとにイサムさんと子どもの組み合わせは絵面として素晴らしい。それだけでうっとりします。女性とのシーンより、小さい子にもてているときの方が、イサムさんは素敵さが際立つような気がします。サイズ感のせいでしょうか。

ところで、これを見たときに中国資本や中国の科学諸分野の存在力に比べて日本は弱いね、といった話が友人たちの間からちらほら出まして、自分はそういう視点がないのでちょっと反応に困ったんですが(映画の中で、上海や深圳、あるいは香港、またあるいはソウルのようなポピュラーさが東京や大阪にないのは今に始まったことではないと思いますし)、マシ・オカが演じた人物を見ながら、一瞬、次のようなことは考えてはいました。

あっ、やっぱりよそから見たとき、「日本」とか「日本人」(のイメージ)ってポップじゃないんだな。

「ポップじゃない」というのをもう少し詳しく言うと、「人類が現に共有している価値観や理想("互いを尊重し合い、多様な文化が争うことなく共存できる世界を目指す""差別を自覚し、その構造をとらえて自由になる道を目指す""貧困を解決することで平和の道を拓く"などなど)を共有していない感じがする」ということで、まあ、「何を考えているかわからない」とか「よくわからない理屈で動いている」とか簡単に言うと「変」ってイメージなんだな今も、と思いました。「話せばわかる」感じがしないというか。

マシ・オカ演じる日本人科学者の行動は相当不思議で、自分たちが乗っている船を修理しないといけないってときに修理は他の乗員に任せて家族に遺書書いてるし、最後の選択も何をどう考えてああなったのかわからない。

でも一瞬だけ。あの科学者が「日本人」の代表とか象徴って描かれ方をされていたわけじゃないし、単に変わり者ってだけであの場ではそれで受け入れられていたし。

あとは「MEGたんが気の毒」と「イサムさん素敵!」と「この人(イサムさんのラブストーリーを応援する人)の動機がわかりません……」の間を行き来して、あっという間の二時間でした。

目を閉じると、身一つで海に飛び込むイサムさんが浮かびます。

かっこよかった〜〜〜。

大ヒットしましたね。

ちなみに今のところ、イサムさんの映画で一番好きなのは『ハミングバード』です。

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いかにして 2018 年夏をやりすごしたか(1)映画編

2018 年の夏は「人類、やってしまったなあ」という感じがして、正気を保つのがいよいよ難しかったです。

そんな夏に見た映画。

 

7 月 9 日(月)『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷

winchesterhouse.jp

ウィンチェスター銃の開発と販売で莫大な財を築いたウィンチェスター家の当主サラは屋敷の改築をし続け、500 もの居室を抱える奇怪な城に住んでいた。

ホラーというよりは「わ! びっくりした!」っていう感じの映画でした。道徳がかっちりした世界で、そういう部分では安心して楽しみ、びっくり箱演出で「うわっ」となりました。死者が銃を通じて実力行使をする、その銃の「死者と生者をつなぐ」というイメージがおもしろかったかな。

 

8 月 4 日(土)『カメラを止めるな!

kametome.net

ゾンビ映画の撮影に賭ける監督の「カメラを止めるな!」という声が廃墟にこだまして……

バックステージものが好きな人にはたまらない、楽しい映画でした。最初の 30 分に事件が起こって、その後種明かしが始まるのはすごくよくできたサスペンスドラマのようでもあって、わくわくするし、笑いも止まらないし、涙も出るし、感情が爆発できて素敵な二時間でした。「素敵な映画」という言葉がぴったりだと思います。

 

8 月 4 日(土)『ミッション:インポッシブル/フォールアウト
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イーサン・ハントはプルトニウムを奪い返して人類を危機から救う。

『ローグ・ネイション』の勢いが止まらなくて生まれたとしか思えない珍作。冒頭の方では「そりゃないでしょ」ってことが続くのですが、二次関数的にどうでもよくなる。ポイントのひとつめが、イーサン・ハントがアイドルではなく主体だったということ。彼が全身で「死ぬかもしれない」「やばい」「今ほんとに死ぬかと思った」という表情をしているので、これまでみんなのスターでアイドルだったイーサンが初めて主体になったという気がしました。そして次に、そのイーサンの目から見るとベンジーはじめチームのみんなががすっかり頼れる存在で、みんながアイドル的にかっこよかったということ。特にベンジーがかっこよかった。イーサンの視点で世界を見るとなかなかこの世も輝いており、一瞬とはいえ憩いました。

また、私はどうもイーサン・ハントと女性の好みが似ているようで、「わかります、その気持ち」と思うことが多かったです。 

 

8 月 10 日(金)『沖縄スパイ戦史

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沖縄で住民を巻き込んで行われたスパイ戦を追った渾身のルポ。太平洋戦争末期にあって、少年たちを巻き込み、住民同士を監視させたその作戦の全貌が見渡せます。

戦争の法律は庶民や一般の兵士たちのことは守ってくれないと頭では知っていたことが身にしみました。少年兵たちを編成して作戦を遂行した隊長も当時は二十代になったばかりの若者で、将来の夢は学校の先生だったそうです。それが戦中のあれやこれやでスパイ教育を受け、沖縄での作戦に参加することになり、戦後はそのことにずっと苦しみ続けた。また、互いを監視しあった住民たちに話をうかがうと、中には激高してしまう方もいて、その人にとっては戦争はまだ終わっていないんだ、終わらないんだと思いました。

罪の構造の中に投げ込まれて、その構造をたたき壊すことも、そこから逃げることもできない、そういった苦しみを太平洋戦争、第二次世界大戦は今もって生み続けているんだと思いました。

 

8 月 15 日(水)『7号室』

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ビデオ個室店の7号室にある人物は死体を隠し、別の人物は麻薬を隠す。

商売がうまく行かずに食い詰めている中年男と、大学をかろうじて卒業できたものの、学費のために負った借金に追い詰められている若者とのドタバタ。途中まではかなりおもしろいです。「今、話全体の三分の二くらいまで来たのかな」と思っていると突然終わるので「あれっ」となります。でもそこまではかなりおもしろいです。

 

8 月 15 日(水)『ウィンド・リバー

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雪原に少女の死体がある。

生きる速度の違う人物がぱっと現れて、間違えて、反省して、その土地の時間と寒さの中でじっと耐えてそして生き残る。そのとき、生き残ることができなかった人もともにある。そういうことが実現している。生き残った人物と逝ってしまった人物(たち)の間で主人公がやはりずっと耐えて、見つめて、そして話しかけ、朗読する。

 

8 月 18 日(土)『バンクシーを盗んだ男

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パレスチナイスラエルの間にある壁。この壁にバンクシーはいくつか絵を残した。そのうちの一枚、「ロバと兵士」が物議を醸すことになる。パレスチナ人はロバは自分たちを貶める意図をもって描かれたもの、と怒り、その絵を売り飛ばすことに決めた。

この件は全然終わっていないので、マイクを向けられた人々がとにかく主張するし、その主張のひとつひとつが長い。「字幕を読むのが大変」なんて初めて味わいました。途中で芸術作品とその文脈ってことにかんして議論が行われるけど、あのくだりのせいで壁そのものについての視点が弱まった気がする。

 

8 月 18 日(土)『オーシャンズ8』

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デビーは刑務所を仮出所すると、墓参し、ルーに迎えに来させた。ルーは外でデビーを待っていた。

 まず、デビーとルーのツーショットの豪華なこと。「平凡な主婦」のふりをしているタミーの喜びに溢れた姿。始終嬉々としているダフネ。いざというときに予想外の仕方で頼りになるローズ。楽しかった。デビーを演じたサンドラ・ブロックの、だれが相手でも二人組になるとなんとも言えず絵になり、相手を美しくしてしまう希有な才能にうっとりしました。今後の人生はこの映画のように行きたい。

 

まとめ

この夏は『ウィンド・リバー』の印象が強くて、見て即サントラを買いました。夏中聴いていましたが、それで涼しくなるということは残念ながらありませんでした。秋、冬と引き続き聴いていこうと思います。

沖縄スパイ戦史』も『ウィンド・リバー』もそして『オーシャンズ8』も日々が死者とともにあるという点にかんして共通していました。この姿勢を基本とする限りは踏み外さないで済むかしらと自分にも期待しています。

2018 年上半期を一ヶ月かけて振り返る(4)國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』

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 昨年来、話題の本です。今年になってゆっくり読みました。

以下、非常に漠然とではありますが、『中動態の世界』を読みながら考えたことのメモです。引用はすべて同書より。

 

人は、何らかの理由から疑問を感じているのに同意してしまう場合がある。つまり、暴力によって「あらゆる可能性を閉ざ」されているわけではないが、かといって自発的でもない、にもかかわらず同意してしまうことがありうる(ハラスメントにおいてはこうしたケースが問題になる)。

間違っているとわかっているのにはっきりとノーと言えず、従ってしまう、そういうことは誰の身にも起こりえます。

映画『マッドマックス』ではこんなシーンがあります。

マックスの同僚、グースの車がトッカッターに襲撃されます。横転して、車から出てこられないグース、その車からはガソリンがこぼれだしていて、それに火をつけろと、トッカーターがジョニーに命令します。ジョニーは何もそこまでする必要はないと嫌がり、怖がりますが、結局は脅されて、半ば事故的に火をつけてしまいます。

仮にこれが正当な手続きを踏んで取り調べに至ったとして、トッカーターは「やったのはジョニーだ」と言い逃れするだろうことは目に見えています。ジョニーは二重三重にこの殺人事件にとらわれることになります。まずは自分が直接手を下してしまった、加害者だということ。次に、脅されて、命令されてそうした、被害者だということ、さらに、そうした命令に今後より一層背けないだろうこと、そうした種類の違う苦しみがすっぽりとトッカーターとジョニーとグースを覆っていて、ジョニーは精算することも逃げ出すこともできないのです。

『マッドマックス』を持ち出すまでもなく、こうしたことは日常的に見ることができます。不正、偽装、改竄といった文字が一度も目に入らず一日を送ることは、もはや不可能な社会に私は生きています。具体的に書類を改竄した人はたったひとりでも、その人が改竄に至る構造の中には大勢の人がいて、そのどこかには能動的に行為をしたわけではないけれど、違法なことに部下たちが手を染めることを黙認あるいは脅して命令した人がいて、実際に行為を遂行したわけではないというその一点で責任を取らずに済ませているのです(そしてそのことが世界中、誰の目にも明らかだというところも、すごい事態です)。

だけど何らかの意味で違法なことに手を染め、他の誰かの身心や財産などを傷つけているという事実は、それが暴力だと記述され対象化されない限り、ケリがつくことはなく、被害は重なり続けることでしょう。それを「違法行為」「暴力行為」と認めない以上、一度その主体になると、自分を正当化し続けなければならないし、どうしたって繰り返すことになります。

「強制ではないよ」という構えを持ったまま、相手に何かをさせて、その結果に自分は責任を負わないということになると、その人(あるいはその組織)はいつまでもいつまでも暴力構造の一部であり続けるわけで、現実問題そのようなものに巻き込まれたら被害者は「関係を絶つ」以外に選択肢がなく、「被害からの回復」は(一旦は)諦めさえしなければなりません。

 

しかし、強制ではないが自発的でもなく、自発的ではないが同意している、そうした事態は十分に考えられる。というか、そうした事態は日常にあふれている。それが見えなくなっているのは、強制か自発かという対立で、すなわち能動か受動かという対立で物事を眺めているからである。

 

能動か受動かという対立で物事を眺めている限り、公文書改竄で自殺した職員はじめ各ハラスメントの被害者は「完全に受動であったか」「ほかに選択肢があったのではないか」「自分の意志がすこしもそこになかったのか」と言った問い詰め方をされてしまいます。別に背中に銃口を突きつけられて書類にサインをしたわけではないだろう、それなら自己責任だ、という具合に。

 

非自発的同意を行為から排除することは、単に行為の記述として不十分なだけではない。それは看過できない重大な帰結を招き寄せる。非自発的同意を行為の一類型として認めないならば、ある同意に関して、「同意したのだから自発的であったのだ」と見なされてしまう可能性が出てくる。

 

「非自発的同意」について、同意した以上は自発的なもので、そこからどのような被害があろうとも自己責任だという拙速な議論がまかり通っているうちは学校や職場でのいじめ、各種ハラスメント、家庭内暴力、そして組織的な偽装、公文書改竄問題を解決に導く補助線はみつからないでしょう。

たとえば DV に悩む妻が夫の命令で借金を重ねてしまい、それが返せなくなるような事態を考えてみます。夫は当然「お前が勝手にやったことだ」と言い、挙げ句の果てには「そもそもお前の金遣いが荒いから」と言う。

このとき、妻側にしてみると、夫の命令によってさせられたことだから受動的なことだったのだけど、背中に銃口を突きつけられてやったわけではなく、実際に借金をしたのは自分で(特に書面上は)、借金は能動的な行為だったことになってしまう。

だからこうした事態が進行し始めて最初のうちは、判で押したように DV 被害者は「自分が悪い」と言います。強制されたとはいえ、同意したのは自分である、ならば悪いのは自分だ、というわけです。

この、ほんとうは強制されているのに、自らしていると思わされているような一連の過程を、どう記述していくべきか。特に相手が反射的に嘘を言うような人物であった場合、語れば語るほど嘘が強固になってしまうという別の問題もあるわけで、この問題から自由な日本語人は一人もいないのではないかと思います。

こうした観点から、#Me Too #We Too の活動は日本語圏でも根付いてほしいし、広く展開していってほしいと考えています。ハラスメントには上記のような構造があって、なかなかクリアカットに、「違法です」で終了とはならず、訴えるまでに時間がかかり、訴えてからも二重三重の被害にさらされます。さらに難しいのは、一度ハラスメントを無言で耐えた個人、その人には何の罪もないのですが、その「耐えた人がいる」という実績により、後の世代に問題が持ち越されるという事態です。

ハラスメント問題に限らず、暴力の構造のただ中にいるとき、それを言葉にして、他人に助けを求めるのはなかなか難しいし、勇気も体力も必要です。そのときはとにかく生き延びることだけに集中して、後で、ケリをつけるために動くということはことの性質からありうることと思います。「私もそうだった」として、以前の自分をとりまく環境がきわめて暴力的だったとじっくり語っていくことは、それがどのような構造下で起こったことなのか明らかにできる点で、語ることそれ自体に価値があると考えます。

私には、困難なときに心を寄せてくれた友人たちがいて、それでやってこられたという実感があります。だからあらゆる困難に心を寄せたいと思っていますし、できることはしたいと考えています。とりわけ、この「する」のに「される」という複雑な暴力の振るわれ方をどう語って明らかにしていくかということに関しては、勉強して、考えて、表現していきたいと考えています。

2018 年上半期を一ヶ月かけて振り返る(3)新しく好きになったアイドル

2018 年上半期、突然 PUFFY の良さがわかって、"Bring It !" というアルバムを買い、ちょいちょい聞いています。

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志村正彦が書いた "Bye Bye" を気に入ってこれにしました。他の曲もいいし、彼女たちの声も歌い方も好きです。このアルバムには入っていなかったのですが、「赤いブランコ」なんて素敵な曲もあるのですね。知らなかった。

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これが噂に聞く「歌いっぷりがいい」ということなのではないかなと思いました。結構正確で揺れない、でも「正確」という感想を抱かせる隙を与えない PUFFY の歌です。外で大勢が集まるところで聞きながら「みんなと聞いている」状況を楽しみつつも、どこか個人的に感情を揺さぶられもする、穏やかに進行する飲み会のような、彼女たちの歌です。

のんの「スーパーヒーローになりたい」もそういうところが良かったです。広いところでも狭いところでも、みんなと一緒でも二人でも一人でも聞ける。これが流れている街で一人で買い物したり映画観たりしたいです。

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星屑スキャットは今年知って、公開されていた「コスメティック・サイレン」の LIVE  動画を見て、その悠然たる歌いっぷりに一度で好きになった……というか、一時期はこの曲を聴かないと何もできない体にさえなりました。

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この堂々たる歌いっぷり、優雅さ。みんなにも一人一人にも向かっていく歌いっぷりに、自分がアイドル歌謡に期待していることの全部がここにあるなあと思いました。

PUFFYPUFFY で、のんはのんで、星屑スキャットは他ならぬ星屑スキャットなのですが、私にとってはアイドルです。2018 年、私のそばでアイドルとして現象しています。外に連れ出してくれるし、同時に、一人でいることを支えてくれるから。

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