雨降り

幽霊について

イーサン・ホークは好きですか?(2)

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このところ絶好調のイーサン・ホークさんです。年度の切れ目でも何でもありませんが、この辺りですこし整理して、秋公開の新作に備えたいと思います。

 

〜最近のイーサン・ホークさん:積極的におじいさんになろうとしている期一覧〜

☆以下のリストは「タイトル/原題/監督/イーサンの仕事/見たか見ていないか。見た場合は何で見たか/(あれば)補足」の順になっております。

☆ちなみに、以前のイーサン・ホークさんについては以下に雑にまとめてあります。

poolame.hatenablog.com

 

  • シーモアさんと、大人のための人生入門/Symour : an Introduction/イーサン・ホーク/本人/劇場/ピアノ教師シーモアバーンスタインさんのコンサートを軸にその日常を追ったドキュメンタリーで、イーサンの仕事に対する献身ぶりや、勤勉さ、そして華やかさが見られます。役を演じていないときのイーサンがうっすら光って見えるのは、私の問題でしょうか。その可能性は十分にあります。でも「この人、こんな感じだけどやっぱりスターなんだなあ」という感じが味わえます。バーンスタインさんのお話も演奏もゆっくり聴くことができて、穏やかに楽しむことができます。おすすめです。
  • Ten Thousand Sains(原題)/シャリ・スプリンガー・バーマン&ロバート・プルシーニ/窓から息子の部屋に入って息子に嫌がられる父親(予告編情報)/未見/イーサンは主人公の父親? 結構評判がいいのに日本未公開。公開されるまであきらめません。
  • マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ/Maggie's Plan/レベッカ・ミラー/妻と恋人の間でふらふらするジョン/劇場/ジョンさんは人類学かなんかの研究者なんですけど、突然小説を書き出すんです。そんで、それを読んでくれたマギーに恋しちゃう。恋して、妻とは離婚して、結婚しちゃう。そして子育てしながら小説を書くのですが、その小説が(当人たちには申し訳ないのですが)笑ってしまうほど書き終わらない。見ながら思わず「ぁぁぁぁぁ」と声に出してしまいました。いかに書き終わらないか、今のジョンがいかにぐだぐだか、って話をマギーとジョンの前妻が話すくだりが最高です。イーサンはこの、きれいな色の映画の世界をふらふらと浮かぶ枯れ葉のような味わい。あほなんですけどね。私たちと同じ程度にあほなんです。このイーサンは「親しい友人の配偶者感」があっておもしろいです。おすすめです。

    poolame.hatenablog.com

  • ブルーに生まれついて/Born to Be Blue/ロバート・バドロー/チェット・ベイカー/劇場/近年では貴重な、イーサンの甘い声が聞けます。実話から取っているのでちょっと単調だけど、おすすめです。
  • バレー・オブ・バイオレンス/In a Valley of Violence/タイ・ウェスト/犬と旅する男、ポール/DVD/華麗にDVDスルー。ひどい。ジョン・トラボルタと共演なのに。これはたいへんシンプルにバイオレンスで風がびゅわーーーーーーーーっと吹いて、イーサンは泣いたり怖がったりしつつも粘り強くて、つまりいつものイーサンですが、おもしろかったです。おすすめ。
  • マグニフィセント・セブン/The Magnificent Seven/アントワーン・フークア/グッドナイト・ロビショー/最高でした。イーサンがダメそうな感じで、大丈夫なのかなって感じで登場して、実際ダメで、もう、それだけで最高なのに、イ・ビョンホンに「もどってくると思ってた」とか言われちゃったりして、そんでにやにやしたりして、もう、最高すぎて。言うまでもありませんが、おすすめ。
  • 幸せの絵の具 愛を描く人モード・ルイス/MAUDIE/アシュリング・ウォルシュ/エベレット・ルイス/粗暴で人もよりつかない男をイーサンがナチュラルに熱演。粗暴一直線な男もモードと暮らしながら、ずるずるぐいぐいと彼女のペースに巻き込まれ、最終的には彼女を足の甲に乗せて踊るという高度な技を披露。さすがです。巻き込まれるときのずるずるっとした感じはイーサンならでは。おすすめ。
  • ヴァレリアン 千の惑星の救世主/Valerian and the City of a Thousand Planets/リュック・ベッソン/客引きジョリー/未見/これを見てこそのイーサン・ファンだと思います。痛恨のきわみ。「イーサン、3 分しか出てない」という噂を聞いて腰が引けているうちに終わってしまいました。名画座でかかったらぜひ行きたいと思います。
  • リミット・オブ・アサシン/24 hours to live/ブライアン・スムルツ/引退させてもらえない殺し屋トラヴィスコンラッド/劇場/あと 24 時間であなたは死ぬ、と言われた殺し屋が残り 24 時間で何をするかと言うと……と、新鮮味などさっぱりと放棄して、海辺で酒を飲むイーサン、義理の父親に説教されるイーサン、黒縁メガネに水色のシャツのイーサン、ハニートラップを試みるイーサン、うっかりきっちり胸に弾丸を埋め込まれてしまうイーサン、女性に優しい、ということも特にないがかといって女性だからと言って居丈高になるわけでもない、ふつうのイーサン、親友のいるイーサン、死に神を見てしまうイーサンなど、93 分、たっぷりイーサンを見せてくれます。「ジョン・ウィック」の世界に放り込まれたいつも通りのイーサンがまぶしく、いい感じに楽しいです。おすすめです。
  • リグレッション/Regression/アレハンドロ・アメナーバル/ブルース・ケナー/未見。2018 年 9 月 15 日ついに日本公開/これもう、DVDスルーなのかなあと思ってました。半分諦めていただけにうれしさもひとしおです。このイーサンは刑事。頼りになるのかしら。イーサンだけに、油断できません!

    イーサン・ホークとエマ・ワトソン共演、A・アメナーバル監督「リグレッション」公開 - 映画ナタリー

 

といわけで、この数年、絶好調のイーサン・ホークさんです。出る映画出る映画世界中で大ヒット……というわけではありませんが、「イーサン・ホークが出ていればおもしろい」という評判はかたまりつつあるのではないでしょうか。少なくとも、私の認識としては完全にそうです。

マグニフィセント・セブン」を見たとき、「時代はイーサンだ」と確信しました。すっと立ったときの、おびえた表情と焦り、勤勉でありたいと努力しつつもスピリチュアルなものに弱く、予感や運命に怯えている、その構えに「今の人だなあ」とばりばり感じます。ヒーロー役は無理でも、その構えのまま、映画界を縦横無尽に行き来してほしいです。

オープンで情熱的だけど、孤独。だからバディものをやるとちょっと変な感じになるイーサンです。そんなイーサン・ホークの新作が公開される限りは何がどうというわけではないけど、まだ大丈夫。

トニー・スタークに賭ける

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サノスみたいに、起きて寝言を言うタイプの人はどうすればいいのかなって思いました。

起きた状態で真剣に寝言を言って、しかもそれを実現しようとする人の厄介さは格別なものがあります。周りが「寝言は寝て言え」と釘を刺したくらいでは決してやめず、じゃあってんでよってたかって説得工作に出たりしようものなら情熱はいよいよ強くなるばかりで、その過程で「完全におかしなことになってるぞ」という事態が出来しても引き返してくれない。

「やめる」とか「棚上げする」とか、そういうことがどうしてもできなくて、まわりからは「あいつは言い出したら聞かないから」と天災扱いになっている。そんな人がみなさんのまわりにもいるんじゃないかと思いますが、私のまわりにもいます。辛いです。

人類は、こういった寝言に言葉で対処するための決定的なアイデアをまだ持っていないように思います。

なんと言っても、彼らには意志があります。正確に言うと、本人が意志と信じている心理的・身体的状態があり、このせいで彼ら……サノスはひっこみがつかない。

サノスの場合は特に「よかれと思って」やっているわけだから、よりひっこみがつかない。

サノスの故郷は、ジェノサイドにより荒廃しています。彼のアイデアによれば今頃復興できているはずなのに、そうなってないという重大な事実に目をつぶり、人間が半分になればバランスが回復して万事まるくおさまるという恐ろしく雑な妄想の実現に邁進するサノスさんです。

どんな反証も彼の意志を変えることはできないでしょう。なにせ、積み重ねた思考ではなく、意志だから。

一方、アベンジャーズガーディアンズが属す現実の側には事情があり、はりめぐらされたネットがあり、失って困るものがあります。

多数派に属しているように見えるかもしれないが、実際には個々に独立している。それぞれに了見と事情があり、サノスとそのチームのように単純ではない。

彼ら彼女らはいつもサノスの意志に脅されている。サノスの言葉に耳を傾けてなにかこうかくっとずらされたような感じを味わいつつ、現状において彼との対話は無理であることを予測しつつ、対話を試みるが、サノスのシンプルな恫喝や脅しの前にリアルな事情や了見や愛情やまして、しがらみなどひとたまりもない。

そうこうしているうちに大事なものを失う。

自由と命を失うのだ。

サノスは全宇宙のバランスを保つためにジェノサイドを行わなければならないという意志に取り憑かれていて、この突拍子もないアイデアのために、アベンジャーズガーディアンズも最初から後手を踏まされている。

これはどこからどう見ても負け試合。

ただこちらには一つだけ希望が残っていて、それがトニー・スタークという人だ。トニーは整備士で、壊れた物を直し、改良し、そこからアイデアを得て新しい物を生み出し、そしてまた直し、ということを繰り返して生きている。彼は常に目の前の現実を整備することに尽力してきた。

トニーは意志と物語のロジックとは別のところにいて、決して大きな物語に回収されることがない。彼が紡ぐのは小さなスピーチに過ぎない。ほんの少し目の前のことをよくするだけの、小さな話の積み重ねがトニー・スタークで、そんな彼がいるということだけが、希望をつなぐ。

「インフィニティ・ウォー」とは、そんなお話。トニー・スタークに賭けてみようと映画は言っている。ぎりぎり、悪くない話なような気がする。

と、いうわけで「アベンジャーズ」はどこか、人を真面目な気持ちにさせてしまうシリーズです。

特に前作「エイジ・オブ・ウルトロン」はまじめが極まって、「早朝、産経日経読売毎日朝日東京赤旗と新聞をなめるように読み尽くし、その後ネットでもニュースをチェックした」くらいの疲労に包まれました。

それで「アベンジャーズは卒業しよう。まじめすぎる」と思ったのですが、「アントマン」と「ドクター・ストレンジ」「スパイダーマン:ホームカミング」「ブラックパンサー」によりまんまと引き戻され、「インフィニティ・ウォー」に至っては二回見てしまいました。トニーはじめ、どんどん人々の表情が研ぎ澄まされていって、今作に至っては全員天使なんじゃないかと思いました。特にロケットの目が印象に残りました。目の演技が印象に残るなんて、映画ならではだなあと思います。

そんなわけでびっくりしたし、とても悲しかったけど、大満足です。

 

※アップ時、サノスさんの名前を間違えて「サウル」としていました。申し訳ありません。サウルさんは息子を担いで移動した人でした。「サ」しかいっしょじゃなかったです。ごめんなさい。

 

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「歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい」かどうか。

日々へとへとで疲労回復の機会もないと、人はアイドルにはまりやすい状態になるといいます。もしそうなら今、日本全国でアイドルにはまりやすい状態がきわまっていると考えられ、誰もが「一歩先は沼」なのかもしれません。

私はこどものころからアイドル歌謡に親しんでおりまして、人生の岐路において突然はまったということはないのですが、この 15 年くらいはももちと Perfume がアイドル生活の中心にあります。ももちは史上初おばあちゃんアイドルになってくれると思っていたので、実はここだけの話、彼女の引退から何一つ立ち直っていません。と、同時に、テレビをつけると「こんな世界にももちはもったいない。引退してくれて良かった」とも思え、乱れるファン心です。

今年二月に解散したアイドルネッサンスは CD を買った途端解散だったので、びっくりしたのですが、この「途上にある人」というモチーフだと続けてあと一年くらいなのかなあとも思っていました。

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こんな作品がひとつでも出来れば十分成功だよなあとも思っていました。癖のない歌い方で、この歌なら未来があるんじゃないかなあ、アイドルグループとしては解散してボーカルグループとして再出発すればいいんじゃないかなあとか妄想しているうちに石野理子赤い公園のフロントに収まっていてこれまたびっくり。この数年アイドルポップスの周辺で起きた事件としては最高の部類に属す素敵なニュースでした。

Perfume の「If you wanna」は思いのほか胸の高まりが持続していて、発売後すぐに買ってしばらくはリピートが止まらず、それが若干治まった今でも「朝の一曲」に選ぶことが多いです。朝一はこれか、「ドリーム(Hidden Figures)」のサントラで元気出します。

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Perfume は顔が重くて好きです。芸能界以外で働いている、同じような年齢の女の子たちと変わらない重みのある顔で、かつ麗しい、理想のポップスターです。

私立恵比寿中学のこの『感情電車』もしょっちゅう聴きます。これで一本映画ができそうなスケールの大きさがあって、MV も映画のような雰囲気でとても素敵です。

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「歌いたいと思ってる人が歌いたいと心から思えることを歌っていける状況」が続くこと。それがアイドル歌謡に関して私の望んでいることで、Perfume みたいな特殊な状況を除けば、作詞作曲も自分でできるようにならない限りはそれは非常に難しいというのが現状なんだろうと思います。

たとえば、〈暴力に際して最初にノーって言わないならそれだって同罪だ、一旦受け入れたのなら自己責任だぞ〉というような歌詞を渡されてそれを歌わなければいけないとしたら、じゃあ、「ノー」です、私この歌詞に対して確信が持てない、この歌をリリースすることが良いことだと思えない、と若い人が毅然と言えるか、そしてそれが意見として受け入れられるかっていうとどうなのか。そんな歌詞を書いて、そんな歌詞のリリースを決定した以上は受け入れないと理屈が合わないんじゃないの。

このポイントでこういうリスクがあって、こっち行くとこういうリスクがあって、そっち行くとリスクどころの話じゃなくデンジャーがあって、というような話ばかりしているところに若い人をしばりつけておくのは酷だし、ましてや「自己責任」という加害者側に都合のいい言葉を歌い手にも聞き手にも飲み込ませるなんて、誰にもどこにもいいことがない。

モーニング娘。の話ですけど。若い人の無理や自己犠牲をあてにしたシステムなら今すぐ店じまいにした方がましだと思うほど、時々、ひどい曲をリリースする。「歌わされている」と解釈するのがベストであるようなひどい曲。作家(この場合はつんく)はメディアがあるんだから、自分の意見としてツイッターやなんかで発信する限りは自由だけど、例えば「A gonna」を今、このタイミングで若い人たちに歌わせているという事態を甘く考えすぎている。

トニー・スタークはピーター・パーカーをそんな風には扱わない。トニーがピーターの顔を見る度「家に帰れ」「学校に行け」というのは「安全を確保しろ」「力を蓄えろ」ということで、さらに言うと、「矢面には私が立っているし、責任は私が取るから、心配なんかしないで君はそこで力を蓄えていなさい。助けてほしいときは言いなさい。私もそうするから」と言っているわけで、そのトニーがいてこそ、アベンジャーズチームの中でスパイダーマンはアイドルとして輝くわけで、ついでにいうとロケットがいるからグルートはかわいいわけで。

竹中夏海先生の名著『IDOL DANCE !!! 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい』のタイトルは「歌いたい、踊りたいという女の子が歌って踊っていられる世界なら、その世界は間違いなく楽しい」という意味であって、「歌って踊るカワイイ女の子」が「楽しい世界」を創るわけではないと思う。女の子は世界の部品じゃない。「歌って踊るカワイイ女の子」がいるためには、先に世界が楽しくならなきゃいけないし、世界が楽しく、優雅に、静かに維持されて初めて、「歌って踊りたい」っていう夢が現実になるんだと思います。若い子に奉仕を求めないで。

 

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花粉症をこれで耐えました 2018

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こ〜と〜し〜かふんがつらかった〜。

ライディーンの節で歌ってしまうほど、花粉が大量でした。毎年さほど辛いということもなく、ただ「あ、花粉が飛んでいるな」と感知できて、目がかゆい、多少、目を取りだして洗濯したい気がする程度で収まっていたのですが、今年は大爆発。息が止まりました。

話は変わるのですが、子どもの頃から面倒くさがりで薬を飲まない。たまたま、かかりつけ医も風邪くらいでは薬を処方しない方。

そんなわけで花粉症発症より 20 年くらいずっと薬を飲まずにやってきました。

が、今年はなにせ息が止まりましたので、薬を摂取しました。そのときの私のテーマソング。

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「薬よ頼む、効いてくれ」という曲です。さすが病弱バンド。

薬は効きました。ほんとにすばらしい。化学ばんざい。

このようにして薬を飲んで、なんとか息が出来るところまで症状を抑え込むことはできたものの、基本的に自分のまわりに膜があり、ぼわんとしており、ぼわんとしておるわりにはちくちくしている日々。

そんな日々に聞いていたのがこの曲です。

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なにを考えているのかさっぱりわかりませんが、ラブがバーンアウトしてフェイダウェ〜〜〜〜〜イなのは痛いほどわかります。

私もこの春は世界に居場所を失っておりましたので。世界との一体感はゼロでした。

そして、うすらぼんやりした頭にはこの曲も相当いい感じに響きました。

と、kirinji の "Mr. BOOGIEMAN" を紹介しようとしたらこの曲はヴィデオを作っていないのですね。なんということでしょう! 今からでもいい、つくるべきです。この曲が収められているアルバム『ネオ』は 2016 年発売だったのですが、今春、私のなかで突然の大ブレイク。

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とはいえ、うすらぼんやりとえへらえへらしてばかりもいられないので、ときにはこんな曲を聴いてがんばりました。

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よし! やるぞー! と一瞬本気を出して、夜にはへとへとになってこんな曲。

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最高。Laura Veirs の新曲。これだけ今年リリースの曲。この新譜を待ち望んでいました。買った日は待ちきれず、マンションの入り口でべりべりと袋から出して、部屋にたどりつくなり聞きました。

この、ちょっとぱさぱさした質感の声で夜はほっとしていました。このアルバム、12曲入りで 40 分ない。おしみない。

落ちた後でうっかり立ち直る

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原題:Centaur

監督:アクタン・アリム・クバト

2017 年 キルギス、フランス、ドイツ、オランダ、日本

馬の神話を信じる男が、馬で財を築く男の家に忍び込んで馬を野に放つ。

予告と違って、主人公には秘密といえるような秘密はないし(村中が知っている)、信念といえるほどの強固な思いもありません。

ただ、馬が好きで、女性が好きで、映画がちょっと好き。馬は度を超して好き。野を駆ける馬の背で両手を広げる彼は空を駆けるような解放感を見せてくれます。でもその馬、この後どうするのかな? と思って見ていると……

出来事だけ追っていけば、村をめぐる情勢の変化についていけなかった男が、ちょいちょい逸脱した行動をしてしまい、なんとか彼に共同体の中で居場所をもってほしいと人々が尽力するものの、男は神の領域に足の小指の先の爪くらいはつっこんでいたので、供物になるしかなかった、と、とてもシンプルなお話だということになります。

ひとつの文化が失われていくなか、その変化についていく人々と、ついていけない男がいて、という対立に着目すれば、単純ですし、あらすじだけ追うと、ドラマの起点には必ずこの男の逸脱行為があるわけですから、そういう話に見えなくもない。

でも、そんな風に明確に対立しているわけではないのです。村の他の人々がグローバリゼーションにぐいぐい対応して、自分たちの文化をどんどん手放しているなんてことはなく、イスラム教とロシア正教の他に、昔からこの地に伝わっている信仰を大切にし、女たちが守ってきたというこの地の歴史に耳を傾け、伝統食を食べて、飲んで、働いて暮らしています。

それで「ケンタウロス」と呼ばれることもあるこの男が、じゃあ、どうかって言うと、家業とは全然関係のない映像技師の仕事をしていたこともあるし、妻子がいながら、とうに夫を亡くしたという美女の前でかっこつけてくどかんばかりのことをしている。

別に、全然状況の変化についていけていないわけではなく、どうもただちょっと、欲望に忠実なだけなような気がするケンタウロスさんです。

このケンタウロスさんが終盤、ある奇跡にかかわるのですが、そこのつながりはあるようなないような、まあ、多分、全然ないのだろうけど、あるということにしてもかまわないというのが村の総意です、という展開を見せます(「あるということにしてもかまわないというのが村の総意です」の部分は私の想像)。

特に高潔でもなければ純粋でもないダメ人間が右往左往している間に、ひっそりと奇跡が起こっていました。それがおもしろくて、見終わってちょっと経つのですがちょいちょい思い出してしまいます。

また、この映画を見たとき、私にもちょっとした奇跡が起こっていました。

この二年ほど、悩み事があって、どうにもならなくなったら病院に行くことも視野に入れなきゃなあ、というくらいのところにいました。その苦しみの原因は自分の考え方の誤りにあるということはわかっていたので、ずっと頭の中でそれをただすよう、「これとこれは別問題、つなげて考えない」「私ができるのはここまで」「やれることを一所懸命やる」「自分の能力をこえたことにかんしては考えない」といったことを呪文のように日々言い聞かせていました。でもその言葉が体から浮いたような状態が続いて、どうもうまくいかない日々を送っていたところ、この映画を見て、友人とお茶をして、彼女の話を聞きながら、その指先を見ているうちに、す〜〜〜っと、腑に落ちたのです。それでぱっと目の前が開けたような感じになってしまいました。

ケンタウロスさんはわりと最後、大変なことになるんですけど、でも、映画が終わったあと、新しく展開があるんじゃないかな、って未来を思わせるような鷹揚さと豊かさが『馬を放つ』にはあって、その雰囲気の中で友人が話して聞かせてくれた言葉が、ちょうど『スリー・ビルボード』でディクソンが遅れて届いた手紙を読んだときのような奇跡を私に起こしました。

 

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原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri

監督:マーティン・マクドナー

2017 年 イギリス

ミルドレッドは娘を殺されて 7 ヶ月、進展しない捜査に業を煮やし、行動に出た。

これはほんとに最高でした。

今、予告を改めて見て、また見たくなってしまいました。

主人公ミルドレッドに、レイシストコップ、ディクソンがくってかかります。このディクソンがほんとにダメで情けなくて、出てきて即観客に伝わる「つける薬がない」感じ……。

ところがこのディクソンに、そしてミルドレッドに、それぞれひとつの奇跡が起きるのです。

ディクソンのところに遅れて届いた手紙。ミルドレッドの耳に届いた、思いがけない人物による思いがけない言葉。長く苦しんできた二人に起きたちょっとした奇跡がひらかれたラストにつながります。

ディクソンの中で苦しみと愛情が結びついて、未来がひらかれた瞬間、「ああ、こんなことが、あの人にも起きたらいいのにな」なんて、ある人のことを思っていました。なのに、奇跡は自分の身に起こってしまいました。うまく行かないものです。

ディクソンもミルドレッドも私も、この先どうなるかわからないけど、今は以前よりずっとずっと、ましな気分です。二人が運転している車に、今も自分が乗っているような気がしています。

春の「私、今何を見ているのかしら?」映画祭り 2018

『修羅 黒衣の反逆』

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原題:繡春刀 修羅戦場 Brotherhood of Blades Ⅱ : The Infernal Battlefield

監督:ルー・ヤン

2017 年 中国

明朝末期。錦衣衛(公安みたいな感じかな)に務める沈煉は絵師・北斎の逮捕を命じられる。絵を通じて政治批判をしたからだという。北斎の絵を愛する沈煉は任務との板挟みに苦しみ……

と、あらすじをしたためようとして、この後(ここまでで映画開始 20 分ほどでしょうか。シークエンスとしては上記のエピソードは三つ目。ここまでにサルフの戦いなど、時代状況の説明がありました。時代状況の説明をされたところで謎は深まるばかりなのですが……)起こったことを一言で言うと、

流されて……

としか言いようがないため、あらすじに要約できませんでした。

予告を見ると、「よくわかんないけど、実直なお役人であるところのチャン・チェンが腐敗した権力という巨悪と戦うのかな?」って感じなんですけど、初手からどうもそういう感じでもなく、それなりに主人公も、

流されて……

流されて……はっと気づくと、殺人、流されて……行きがかり上まさかの、放火、流されて……何がどうしてそうなったかよくわかんないけど、逃亡、流されて、流されて、流されて…………

とにかく、チャン・チェン演じる沈煉という人が、すぐに流されてしまうのです。いい人なのかもしれないけど、ふにゃふにゃしている。雨の中、傘を女性にさしてもらうとそれだけであっというまに恋に落ち、その女性が政治犯としておわれる身になっていると聞くとよく考えもせず救出に向かいよく考えもせず同僚の首をしめ、そして同僚が死ぬと慌てる。

あまりに慌てるので、「あれっ? 人間の首をしめてどうするつもりだった?」と不思議な気持ちになります。

みどころは、極度に口数の少ないこの沈煉という人の眉間の辺りに、すべての情報が浮かぶこと。眉間にじわ〜んと感情が浮かぶこと度々なので、見逃さないで。そこを見て、「あっ、困っているな」とか「あっ、多少、頭に来てるな」とか「好きになっちゃったのだな」とか判断できます。だからといって話が見えるわけではないのですが。また、裴綸という、非常に職務に忠実で、乗りかかった船にはきっちり最後まで乗り切るという見上げた御仁が登場するので、これからご覧になる方は彼に頼るのがよろしいのでは。「見る/見ない」の二者択一で迷っておられるのなら、ご覧になった方がさっぱりするでしょう。以上です。

 

マンハント

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原題:追捕 Manhunt

監督:ジョン・ウー

2018 年 中国

ドゥ・チゥ(チャン・ハンユー)は顧問弁護士を務める製薬会社のパーティから帰ったところで何者かに襲われ意識を失った。目覚めると横に死体があり、まもなくその嫌疑が自分にかけられていると知る。罠にはめられたと気づいた彼は逃亡を図る。刑事・矢村(福山雅治)もまた被疑者ドゥ・チゥを追う過程で違和感に気づく。

始まった瞬間、「ここはいつ? これはどこ? 私は何?」という気持ちになります。

いきなり。

比喩ではなく「いつのどこのだれ」かわからない。

そして、「この映画はどこに行ってしまうのー!?」と思っているとあっという間に鳩が舞います。今回、鳩の出番が早く、思いがけない。真っ昼間、小高い丘の上に謎の鳩小屋があり、まずその絵面が怪談チック。そして、ジョン・ウー史上でも他に類を見ない……

……

まあ、そんなこ細かいことはどうでもいい。

細かいですよ。

鳩の飛ぶタイミングと飛び方なんて。

突然のことで恐縮ですが、お嬢様んちには馬がたくさんいるのです。床の間には刀剣があるのです。それ、まじ刀剣。飾りじゃないの、刀剣は。矢村こと福山雅治っていうか、福山雅治がぽーんと蹴り飛ばして華麗に刀で舞うという。BUSHIDO。そんで、お嬢様んちで働いている人たちが、なぜ、どうしてそうなのかはわからないのですが、特にヤクザというわけでも特殊部隊というわけでもない、ごく普通の方々なのですが、まあこれがほんとにすんばらしー身のこなしを見せる。

もちろん、二丁拳銃もあるよ!

ばかみたいに豪快。

ああ、でも涙がとまらない。自分の飢えに気づいてしまった。こういう豪快さに、私は飢えていたのです。

は〜〜〜〜〜さっぱりした! 実際にはかからない「Get Wild」が聞こえました。

もうとにかく見て。そして私をどうののしってくださってもかまわないわ。年がら年中おすすめです。

 

 『15 時 17 分、パリ行き』

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原題:The 15:17 to Paris

監督:クリント・イーストウッド

2018 年 アメリカ

スペンサー・ストーンは女手ひとつで自分を育ててくれている母を愛しながらも、問題ばかり起こしてしまう自分にうんざりしていた。やはり母子家庭で、隣に住むアレク・スカラトス、それにアンソニー・サドラーとは幼なじみで、アンソニーが公立の学校に転校してしまうまではいつも一緒だった。大人になり、軍の募兵センターのそばのジェラートショップで働くようになったスペンサーは自分も空軍パラレスキュー部隊に入りたいと思うようになる。その夢を聴いたアンソニーは「その腹じゃ無理だ」と笑う。奮起したスペンサーは体を鍛え……

 

2015 年にヨーロッパで起きた無差別テロの話を見に行ったつもりが、はっと気づくとぽっちゃりした、意志の弱そうな少年の悩みを聞いている。スペンサーくんです。スペンサーくん、別に悪い子じゃないんですが、まあ、ぼんやりしているのかなあ。本人に悪気はないのですが、気づくといろんなことをしっちゃかめっちゃかにしてしまう。でも、それで開き直ったりしないところが彼のいいところで、それはもう毎度毎度海より深く反省します。それだけでもえらい。ただ、ぼんくらです。いいぼんくら。人のせいにしないし。

この話、この調子で書いていくと日が暮れるので途中すっとばして……というわけにもいかない。

そういうわけにいかないのが不思議です。

要約できない。

見終わってしばらくして考えたのが、この主人公たちって、おそらく大統領選はトランプに投票したんだろうなあ、仮に投票しなくても、トランプさんの言うこと、一理あります、くらいには思っているんだろうなあってことで、そういう、自分とは縁もゆかりもない子たちの来し方とか、ちょっとしたバカンスとか、信じられないような一瞬とかをまざまざと見せられて、「幸あれ!」と心から思えたのが嬉しかったです。

すーごい、不思議な映像なので、「何これ!」ってなる方もいらっしゃると思いますが、おすすめです。これまた後でどれほどののしられようとかまいません。映画館でどうぞ!

 

空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』

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原題:妖猫伝 Legend of the Demon Cat

監督:チェン・カイコー

2017 年 中国・日本

若き僧侶、空海密教の教えを請うために唐に来ていたが、山門をくぐることすら許されず、「しょうがない、そろそろ帰るかな」と考えていた。そこに、病に伏す皇帝を診てほしいと依頼があり、参上してみると、黒猫の陰が……

 

巨匠チェン・カイコーが「長恨歌」に挑む!

ってことでえいやっと臨み、ぽーんと跳ね飛ばされました。

これは、私の塩梅の問題なのですが、途中の、猫ちゃんの「来し方」告白ターン=「長恨歌」ターンでかくーと寝てしまい、果たして「見た」と言っていい状態なのか、かなりあやしい状態です。

でもほら、「長恨歌」は知ってるから。

大丈夫大丈夫。

だいじょう……

告白すると、「ドクター・ストレンジ」でも寝そうにはなったのです。つまり私は、マジカルな映像に弱いのですね。

マジカルでしたよ!

ぱ〜〜〜っといろいろと花開いてねえ。ぱ〜〜〜〜っとなったよねえ、脳内麻薬が。

でも私、思うんです。

この「空海/妖猫伝」を見る人生と見ない人生、どっちがお好みかな? って。「ウルヴァリン:SAMURAI」を映画館で見る人生と見ない人生、あなたはどっちを選ぶのかな? ニコラス・ケイジの新作を映画館で見る人生と見ない人生、どっちがいい?

答えは風に吹かれています。

「親方! 空から女の子が!」2018@平昌オリンピック

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平昌オリンピック、全カテゴリー、すばらしかったです。

特にペアとアイスダンスの大団円は幸せな気持ちになりました。

もちろん私はマディソン・チョック/エヴァン・ベイツ組のファンなので泣き崩れてはしまいましたし、「うああ」ということもあるにはあったのですが、地元組が良い演技が出来て、PB、SB 続々更新のなか、メダル候補と目されていた選手たちが実力を発揮できたのだから、言うことないと思います。

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オリンピアンのみなさま、素敵でした。おめでとうございます。おつかれさまでした。

 

ざべすの気まぐれ日記『カンフートラベラー』

ざべすよ!

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おひさしぶりね。

雨子が見たばかりの「カンフー・トラベラー 南拳」のことをよくおぼえていない、思い出そうとすると眠くなるんだ、と言うので、ざべすが代わりにレポートします。

すっごくおもしろかったのよ!

宇宙人に攻められている地球が舞台で、この宇宙人が個別に近接戦をしかけてくるのよね。個々に向かってくるの。ざべす、そういえば、この時点で、なんでかなあと思いましたが(地球には損傷を与えず、人類のみ一掃したいからでは? ー雨子より)、それはおいといて、どうも宇宙人にはカンフーが効くらしいってことがわかって、みんなでカンフーをおぼえましょうって話になるんだけど、今からみんなでカンフーおぼえてたらその間に人類滅亡しますってことになって、じゃあ、AI 搭載のロボットにおぼえさせればいいんじゃない? ってことになるわけ。

ここまでいいかしら。

大丈夫よね。

まだこれで開始 10 分くらいよ。本題はこれからよ。

で、でも、もうこの時代にはカンフーのお師匠さんがいないって話になるの。不思議な髪型をした、主人公っぽい人が強そうに見えたのは何だったのか、とも思うんだけど、この人が「私の技では駄目」っていうの。じゃあ、タイムスリップすればってことになりまして、過去のどっかに AI を飛ばせて、そこでカンフーをマスターさせて、その、マスターしたカンフーのデータをチップだかなんだかに入力して、どっか決まったところに置いといたら回収できるから、それをロボットたちにおぼえさせて、宇宙人と戦わせると。

そういうお話でした。

ざべすこの時点で強烈に「あれっ」って思ったことがあるんだけど、雨子の目をのぞいたら「それを言ったらおしまいよ」って太ゴチックで書いてあったので言わないことにしました。

ざべす、タイムトラベルのお話はそういうわけでそれほど得意ではないんですけど、ほとんどずっとカンフーしてたのでおもしろかったわ。壁を上ったり、くるくる回ったり。爆発もたくさんしました。なんで爆発したのかしら? 雨子の話では愛もあったそうです。

おしまい。

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『勝手にふるえてろ』

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とどきますか、とどきません。光りかがやく手に入らないものばかり見つめているせいで、すでに手に入れたものたちは足元にころがるたくさんの屍になってライトさえ当たらず、私に踏まれてかかとの形にへこんでいるのです。             

          ……綿矢りさ勝手にふるえてろ』より、冒頭部分

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綿矢りさは新作を楽しみにしている作家で、『勝手にふるえてろ』も楽しくこそこそと読みました。開いたり閉じたりする表紙があって(つまり入り口と出口があって)、一人で読むしかなく、読んでいる間は他に何もできない、本という形態によく合った、ひそひそとした話が彼女の得意技で、であればこそ、映画化のニュースを聞いたときは「どうなるのかな」と思いました。映画は見ず知らずの人々と一緒に見るものだし、暗いところで見るとは言えちょっと気まずい思いをしそうだなあと、そんな心配をしていました。

たとえば、『ブリジット・ジョーンズの日記』は、小説と映画とでかなりトーンが違っていて、私は映画の方がちょっと苦手なのですが、なんでかなあと考えてみるに、小説の方はやっぱり一人で読むので、ためらいなくこの、日々じたばたしている女性の話にがぷりと寄り添えるのですが、映画だとすこし離れたところから見てしまうようなのです。原作は日記スタイルで、日々の彼女の失敗が「ああまたやってしまった」「反省した」「またやってしまった」と綴られていき、どういうわけか読んでいると読者である自分自身が日記帳それ自体であるような気分になってきて、「自分だけに打ち明けられている」という気持ちがするのです。それに、なんと言っても日記に「やってしまった」ということを書いては「明日からは」と決意表明を繰り返す彼女のことを考えると、書いていない部分も想像してしまうわけで、なんとかかんとか働いて生きているわけだから、傍から見たらそう、むちゃくちゃな人でもないんだろうとも思えるわけで、でもそれが映画だとほんとにむちゃくちゃな人で。

そういうことがこの『勝手にふるえてろ』でも起こってしまうのではないかなと心配していました。

原作の冒頭で、語り手=良香(よしか)はいきなりやけっぱちで、やけっぱちにもかかわらず「です・ます」の敬体で、そこに日々、彼女がその人生においてどこをどうして正気を保ってきたか、どうやってプライドを維持しているのかといったことがほのみえておもしろい。

この、内面では言葉が次から次へと出てきてとても饒舌で、じたばたあくせくしていながら、同時にきわめて堅実に暮らしている社会人であり、それなりに人間関係も安定してはいる良香さんがそっくりそのままスクリーンの中にいるのがおもしろかった。小説を読んでいるときに感じる親密さや、くすぐったい感じ、じれる感じ、恥ずかしさいらだたしさ、じんわりとした明るさがそのまま映画になっていて、こんなこと、映画で実現するんだあ、と思いました。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を見て私も考えた

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みょうちきりんな映画でした。

思わず二回見てしまいました。字幕版と吹き替え版で一回ずつ。

おもしろかったです。

あっ、これは、も……

 

 

 

 

 

 

       ……っのすごく、変わった映画だな! と思いました。

まとまった感想がどうしても書けませんので、思いつくままに書きます。

 

1.まず最初に、ローズ問題

最初に小さな問題から。

ローズには人間味を感じませんでした。

「ディズニー映画を食わず嫌いで見ていない人が想像するディズニープリンセス」、あるいはやはり「食わず嫌いで宮崎あおいの出てくる映画を見ていない人が想像する宮崎あおいがやりそうな人物」で、人間というよりは物語の型のようでした。

もうちょっとくわしく言うと、ディズニーが捨てた古い物語の型、宮崎あおいが(おそらく)脱ぎすてた古いイメージそのもののような感じで、ローズだけちょっと抽象度が違っていて、出てくるたび不思議でした。

だから、キスシーンは逆におもしろいと言えば言えるのかなあ、という気もしないでもないです。

フィンという人は徹頭徹尾自分で考えて(あるいは反射的に)、自分で動く人で、なんとも言えない魅力があり、私にとってはほぼ「親戚の子」程度の重みがあり、完全に、個別具体的な一人の人なのですが、この人に、「物語の象徴」がキッスをした……といった感じの驚きがありました。

その後のフィンの戸惑いも含めて、びっくりシーンでした。

映画にとって必要なシーンかというと「いらない」としか言えませんのですが、まあ、びっくりしたよ。

 

2.性格と運命

「生まれつき」ってことを考えさせられる映画でした。

マザー・テレサが言ったとされる、いいかげんな言葉遣いをしているといいかげんな行動につながり、いいかげんな行動はいいかげんな習慣につながり、いいかげんな習慣はいいかげんな性格になり、いいかげんな性格はそれなりの運命を呼ぶ、的な言葉がありますでしょう。

いや、誰が言ったかはっきりしないけど、違うね、テレサ(仮)! とよその幼子を見るたび思います。

人間って固有の人格を背負って生まれてくるんだなあ、と。

「子どもって、存外親に似ていないな」「思いっきり別人だな」と、子どもたちを見るたび思います。みんなすくすくそのまま大きくなりますように。

でもなかなか「そのまま」でいさせてくれない。それが環境で、フィンはファーストオーダーに拉致されて洗脳されてしまったし、レイは……(一応ネタバレに配慮)……たし。

それでその、フィンが革命軍から脱走して、そこでレイに会って、会ってすぐ「彼氏いる?」とか聞くのが変じゃないかって思う人もいるそうなんですけど、変じゃないと思う。

フィンは、生まれつきああいう人なんだと思う。

レイが、……(一応ネタバレに配慮)……という過去がありながら、あんな風にまっすぐな目をして明るい性格なのは変だという人もいるかもしれないですけど、あれは生まれつきだからしょうがない。

 「生まれつき」という言葉はどうしてもネガティブな情報と結びつきがちですが、「生まれつき賢い」「生まれつき明るい」「どうしても、いい奴」ということもあると思います。

そして、おもしろいのは、それが血筋では語りきれないことだということ。SWはファミリー・アフェアの面があるのですが、フィンとレイはそこから切り離されています。血筋がドラマを呼ぶのではなく、ほかならぬフィンとレイだからドラマがうまれ、そしてそのために、宇宙のそこここでいつも何かが動いていることまで想像できるのです。

 

3. ルーク

ルーク、「4」のルークだった。お久しぶり!

 

4. レイア

美しい。

ルークとレイアの再会場面にハードボイルドを感じました。あの二人は、ハン・ソロもそうだけどハードボイルドですよね。

レイアは生まれつききちかちっとしているからまだいいけど、もしルークがハードボイルド味を身につけていなかったら、ほんと、ほんと、まじで、単にむかつくじじいですよ。中身は変わってないくせにかっこつけてるから愛せるわけで。

ああして現れてサ、「(新しい髪型)よく似合ってる」とか言っちゃってサ、C-3PO にウィンクしちゃってサ、あいつに「またな」かなんか言っちゃってサ。

ルークとレイアがああしてお互いを慈しみあってサ。

私の人間性が目覚めました。

やっぱり、ある程度の年齢をこえたら臆面もなくかっこつけることができて、それが板についていて、っていう状態に至ってないと…………多分、きつい……つらい……。

レイアと、レイアの兄貴が大好きです。

 

5. 若造 & 小娘

それに比べるとヤンガーな面々はかっこわるいところばっかりで、恥をかかされることも続くし、見ていて辛いところも多かったです。レイがケアテイカーに一言も謝らないのなんか、そんな、レイ! レイはそんな人じゃないでしょ! あれ〜? そういうところもあるの〜? と私の心は千々に乱れました。

 

6. その他

思い出せば思い出すほど変な味わいの映画でした。音楽の入るタイミングがかっこわるいとか、アクションシーンがかっこわるいとか、いくら何でもフィンとローズがよその星飛んで……のくだりはいろいろとひどくないかとか、トロ様はだってトロ様なのだものとか、言い出したらキリがないのですが、まあ、二回見て、「……あっ、そういうことかあ」と思い、また、二回目にも限らず

 

 

 

泣いた

 

なんていうことのあった映画なのだから、捨て置くのももったいないかなと思います。

 

おしまい