雨降り

幽霊について

落ちた後でうっかり立ち直る

www.youtube.com

原題:Centaur

監督:アクタン・アリム・クバト

2017 年 キルギス、フランス、ドイツ、オランダ、日本

馬の神話を信じる男が、馬で財を築く男の家に忍び込んで馬を野に放つ。

予告と違って、主人公には秘密といえるような秘密はないし(村中が知っている)、信念といえるほどの強固な思いもありません。

ただ、馬が好きで、女性が好きで、映画がちょっと好き。馬は度を超して好き。野を駆ける馬の背で両手を広げる彼は空を駆けるような解放感を見せてくれます。でもその馬、この後どうするのかな? と思って見ていると……

出来事だけ追っていけば、村をめぐる情勢の変化についていけなかった男が、ちょいちょい逸脱した行動をしてしまい、なんとか彼に共同体の中で居場所をもってほしいと人々が尽力するものの、男は神の領域に足の小指の先の爪くらいはつっこんでいたので、供物になるしかなかった、と、とてもシンプルなお話だということになります。

ひとつの文化が失われていくなか、その変化についていく人々と、ついていけない男がいて、という対立に着目すれば、単純ですし、あらすじだけ追うと、ドラマの起点には必ずこの男の逸脱行為があるわけですから、そういう話に見えなくもない。

でも、そんな風に明確に対立しているわけではないのです。村の他の人々がグローバリゼーションにぐいぐい対応して、自分たちの文化をどんどん手放しているなんてことはなく、イスラム教とロシア正教の他に、昔からこの地に伝わっている信仰を大切にし、女たちが守ってきたというこの地の歴史に耳を傾け、伝統食を食べて、飲んで、働いて暮らしています。

それで「ケンタウロス」と呼ばれることもあるこの男が、じゃあ、どうかって言うと、家業とは全然関係のない映像技師の仕事をしていたこともあるし、妻子がいながら、とうに夫を亡くしたという美女の前でかっこつけてくどかんばかりのことをしている。

別に、全然状況の変化についていけていないわけではなく、どうもただちょっと、欲望に忠実なだけなような気がするケンタウロスさんです。

このケンタウロスさんが終盤、ある奇跡にかかわるのですが、そこのつながりはあるようなないような、まあ、多分、全然ないのだろうけど、あるということにしてもかまわないというのが村の総意です、という展開を見せます(「あるということにしてもかまわないというのが村の総意です」の部分は私の想像)。

特に高潔でもなければ純粋でもないダメ人間が右往左往している間に、ひっそりと奇跡が起こっていました。それがおもしろくて、見終わってちょっと経つのですがちょいちょい思い出してしまいます。

また、この映画を見たとき、私にもちょっとした奇跡が起こっていました。

この二年ほど、悩み事があって、どうにもならなくなったら病院に行くことも視野に入れなきゃなあ、というくらいのところにいました。その苦しみの原因は自分の考え方の誤りにあるということはわかっていたので、ずっと頭の中でそれをただすよう、「これとこれは別問題、つなげて考えない」「私ができるのはここまで」「やれることを一所懸命やる」「自分の能力をこえたことにかんしては考えない」といったことを呪文のように日々言い聞かせていました。でもその言葉が体から浮いたような状態が続いて、どうもうまくいかない日々を送っていたところ、この映画を見て、友人とお茶をして、彼女の話を聞きながら、その指先を見ているうちに、す〜〜〜っと、腑に落ちたのです。それでぱっと目の前が開けたような感じになってしまいました。

ケンタウロスさんはわりと最後、大変なことになるんですけど、でも、映画が終わったあと、新しく展開があるんじゃないかな、って未来を思わせるような鷹揚さと豊かさが『馬を放つ』にはあって、その雰囲気の中で友人が話して聞かせてくれた言葉が、ちょうど『スリー・ビルボード』でディクソンが遅れて届いた手紙を読んだときのような奇跡を私に起こしました。

 

www.youtube.com

原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri

監督:マーティン・マクドナー

2017 年 イギリス

ミルドレッドは娘を殺されて 7 ヶ月、進展しない捜査に業を煮やし、行動に出た。

これはほんとに最高でした。

今、予告を改めて見て、また見たくなってしまいました。

主人公ミルドレッドに、レイシストコップ、ディクソンがくってかかります。このディクソンがほんとにダメで情けなくて、出てきて即観客に伝わる「つける薬がない」感じ……。

ところがこのディクソンに、そしてミルドレッドに、それぞれひとつの奇跡が起きるのです。

ディクソンのところに遅れて届いた手紙。ミルドレッドの耳に届いた、思いがけない人物による思いがけない言葉。長く苦しんできた二人に起きたちょっとした奇跡がひらかれたラストにつながります。

ディクソンの中で苦しみと愛情が結びついて、未来がひらかれた瞬間、「ああ、こんなことが、あの人にも起きたらいいのにな」なんて、ある人のことを思っていました。なのに、奇跡は自分の身に起こってしまいました。うまく行かないものです。

ディクソンもミルドレッドも私も、この先どうなるかわからないけど、今は以前よりずっとずっと、ましな気分です。二人が運転している車に、今も自分が乗っているような気がしています。

春の「私、今何を見ているのかしら?」映画祭り 2018

『修羅 黒衣の反逆』

www.youtube.com

原題:繡春刀 修羅戦場 Brotherhood of Blades Ⅱ : The Infernal Battlefield

監督:ルー・ヤン

2017 年 中国

明朝末期。錦衣衛(公安みたいな感じかな)に務める沈煉は絵師・北斎の逮捕を命じられる。絵を通じて政治批判をしたからだという。北斎の絵を愛する沈煉は任務との板挟みに苦しみ……

と、あらすじをしたためようとして、この後(ここまでで映画開始 20 分ほどでしょうか。シークエンスとしては上記のエピソードは三つ目。ここまでにサルフの戦いなど、時代状況の説明がありました。時代状況の説明をされたところで謎は深まるばかりなのですが……)起こったことを一言で言うと、

流されて……

としか言いようがないため、あらすじに要約できませんでした。

予告を見ると、「よくわかんないけど、実直なお役人であるところのチャン・チェンが腐敗した権力という巨悪と戦うのかな?」って感じなんですけど、初手からどうもそういう感じでもなく、それなりに主人公も、

流されて……

流されて……はっと気づくと、殺人、流されて……行きがかり上まさかの、放火、流されて……何がどうしてそうなったかよくわかんないけど、逃亡、流されて、流されて、流されて…………

とにかく、チャン・チェン演じる沈煉という人が、すぐに流されてしまうのです。いい人なのかもしれないけど、ふにゃふにゃしている。雨の中、傘を女性にさしてもらうとそれだけであっというまに恋に落ち、その女性が政治犯としておわれる身になっていると聞くとよく考えもせず救出に向かいよく考えもせず同僚の首をしめ、そして同僚が死ぬと慌てる。

あまりに慌てるので、「あれっ? 人間の首をしめてどうするつもりだった?」と不思議な気持ちになります。

みどころは、極度に口数の少ないこの沈煉という人の眉間の辺りに、すべての情報が浮かぶこと。眉間にじわ〜んと感情が浮かぶこと度々なので、見逃さないで。そこを見て、「あっ、困っているな」とか「あっ、多少、頭に来てるな」とか「好きになっちゃったのだな」とか判断できます。だからといって話が見えるわけではないのですが。また、裴綸という、非常に職務に忠実で、乗りかかった船にはきっちり最後まで乗り切るという見上げた御仁が登場するので、これからご覧になる方は彼に頼るのがよろしいのでは。「見る/見ない」の二者択一で迷っておられるのなら、ご覧になった方がさっぱりするでしょう。以上です。

 

マンハント

www.youtube.com

原題:追捕 Manhunt

監督:ジョン・ウー

2018 年 中国

ドゥ・チゥ(チャン・ハンユー)は顧問弁護士を務める製薬会社のパーティから帰ったところで何者かに襲われ意識を失った。目覚めると横に死体があり、まもなくその嫌疑が自分にかけられていると知る。罠にはめられたと気づいた彼は逃亡を図る。刑事・矢村(福山雅治)もまた被疑者ドゥ・チゥを追う過程で違和感に気づく。

始まった瞬間、「ここはいつ? これはどこ? 私は何?」という気持ちになります。

いきなり。

比喩ではなく「いつのどこのだれ」かわからない。

そして、「この映画はどこに行ってしまうのー!?」と思っているとあっという間に鳩が舞います。今回、鳩の出番が早く、思いがけない。真っ昼間、小高い丘の上に謎の鳩小屋があり、まずその絵面が怪談チック。そして、ジョン・ウー史上でも他に類を見ない……

……

まあ、そんなこ細かいことはどうでもいい。

細かいですよ。

鳩の飛ぶタイミングと飛び方なんて。

突然のことで恐縮ですが、お嬢様んちには馬がたくさんいるのです。床の間には刀剣があるのです。それ、まじ刀剣。飾りじゃないの、刀剣は。矢村こと福山雅治っていうか、福山雅治がぽーんと蹴り飛ばして華麗に刀で舞うという。BUSHIDO。そんで、お嬢様んちで働いている人たちが、なぜ、どうしてそうなのかはわからないのですが、特にヤクザというわけでも特殊部隊というわけでもない、ごく普通の方々なのですが、まあこれがほんとにすんばらしー身のこなしを見せる。

もちろん、二丁拳銃もあるよ!

ばかみたいに豪快。

ああ、でも涙がとまらない。自分の飢えに気づいてしまった。こういう豪快さに、私は飢えていたのです。

は〜〜〜〜〜さっぱりした! 実際にはかからない「Get Wild」が聞こえました。

もうとにかく見て。そして私をどうののしってくださってもかまわないわ。年がら年中おすすめです。

 

 『15 時 17 分、パリ行き』

 www.youtube.com

原題:The 15:17 to Paris

監督:クリント・イーストウッド

2018 年 アメリカ

スペンサー・ストーンは女手ひとつで自分を育ててくれている母を愛しながらも、問題ばかり起こしてしまう自分にうんざりしていた。やはり母子家庭で、隣に住むアレク・スカラトス、それにアンソニー・サドラーとは幼なじみで、アンソニーが公立の学校に転校してしまうまではいつも一緒だった。大人になり、軍の募兵センターのそばのジェラートショップで働くようになったスペンサーは自分も空軍パラレスキュー部隊に入りたいと思うようになる。その夢を聴いたアンソニーは「その腹じゃ無理だ」と笑う。奮起したスペンサーは体を鍛え……

 

2015 年にヨーロッパで起きた無差別テロの話を見に行ったつもりが、はっと気づくとぽっちゃりした、意志の弱そうな少年の悩みを聞いている。スペンサーくんです。スペンサーくん、別に悪い子じゃないんですが、まあ、ぼんやりしているのかなあ。本人に悪気はないのですが、気づくといろんなことをしっちゃかめっちゃかにしてしまう。でも、それで開き直ったりしないところが彼のいいところで、それはもう毎度毎度海より深く反省します。それだけでもえらい。ただ、ぼんくらです。いいぼんくら。人のせいにしないし。

この話、この調子で書いていくと日が暮れるので途中すっとばして……というわけにもいかない。

そういうわけにいかないのが不思議です。

要約できない。

見終わってしばらくして考えたのが、この主人公たちって、おそらく大統領選はトランプに投票したんだろうなあ、仮に投票しなくても、トランプさんの言うこと、一理あります、くらいには思っているんだろうなあってことで、そういう、自分とは縁もゆかりもない子たちの来し方とか、ちょっとしたバカンスとか、信じられないような一瞬とかをまざまざと見せられて、「幸あれ!」と心から思えたのが嬉しかったです。

すーごい、不思議な映像なので、「何これ!」ってなる方もいらっしゃると思いますが、おすすめです。これまた後でどれほどののしられようとかまいません。映画館でどうぞ!

 

空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』

www.youtube.com

原題:妖猫伝 Legend of the Demon Cat

監督:チェン・カイコー

2017 年 中国・日本

若き僧侶、空海密教の教えを請うために唐に来ていたが、山門をくぐることすら許されず、「しょうがない、そろそろ帰るかな」と考えていた。そこに、病に伏す皇帝を診てほしいと依頼があり、参上してみると、黒猫の陰が……

 

巨匠チェン・カイコーが「長恨歌」に挑む!

ってことでえいやっと臨み、ぽーんと跳ね飛ばされました。

これは、私の塩梅の問題なのですが、途中の、猫ちゃんの「来し方」告白ターン=「長恨歌」ターンでかくーと寝てしまい、果たして「見た」と言っていい状態なのか、かなりあやしい状態です。

でもほら、「長恨歌」は知ってるから。

大丈夫大丈夫。

だいじょう……

告白すると、「ドクター・ストレンジ」でも寝そうにはなったのです。つまり私は、マジカルな映像に弱いのですね。

マジカルでしたよ!

ぱ〜〜〜っといろいろと花開いてねえ。ぱ〜〜〜〜っとなったよねえ、脳内麻薬が。

でも私、思うんです。

この「空海/妖猫伝」を見る人生と見ない人生、どっちがお好みかな? って。「ウルヴァリン:SAMURAI」を映画館で見る人生と見ない人生、あなたはどっちを選ぶのかな? ニコラス・ケイジの新作を映画館で見る人生と見ない人生、どっちがいい?

答えは風に吹かれています。

「親方! 空から女の子が!」2018@平昌オリンピック

f:id:poolame:20180214122227p:plain

f:id:poolame:20180214131017p:plain

f:id:poolame:20180214134024p:plain

 

f:id:poolame:20180215115418p:plain

f:id:poolame:20180215115424p:plain

f:id:poolame:20180215115430p:plain

f:id:poolame:20180215125043p:plain

f:id:poolame:20180215125056p:plain

f:id:poolame:20180215125110p:plain

平昌オリンピック、全カテゴリー、すばらしかったです。

特にペアとアイスダンスの大団円は幸せな気持ちになりました。

もちろん私はマディソン・チョック/エヴァン・ベイツ組のファンなので泣き崩れてはしまいましたし、「うああ」ということもあるにはあったのですが、地元組が良い演技が出来て、PB、SB 続々更新のなか、メダル候補と目されていた選手たちが実力を発揮できたのだから、言うことないと思います。

f:id:poolame:20180215175036j:plain

オリンピアンのみなさま、素敵でした。おめでとうございます。おつかれさまでした。

 

ざべすの気まぐれ日記『カンフートラベラー』

ざべすよ!

f:id:poolame:20180210112007j:plain

おひさしぶりね。

雨子が見たばかりの「カンフー・トラベラー 南拳」のことをよくおぼえていない、思い出そうとすると眠くなるんだ、と言うので、ざべすが代わりにレポートします。

すっごくおもしろかったのよ!

宇宙人に攻められている地球が舞台で、この宇宙人が個別に近接戦をしかけてくるのよね。個々に向かってくるの。ざべす、そういえば、この時点で、なんでかなあと思いましたが(地球には損傷を与えず、人類のみ一掃したいからでは? ー雨子より)、それはおいといて、どうも宇宙人にはカンフーが効くらしいってことがわかって、みんなでカンフーをおぼえましょうって話になるんだけど、今からみんなでカンフーおぼえてたらその間に人類滅亡しますってことになって、じゃあ、AI 搭載のロボットにおぼえさせればいいんじゃない? ってことになるわけ。

ここまでいいかしら。

大丈夫よね。

まだこれで開始 10 分くらいよ。本題はこれからよ。

で、でも、もうこの時代にはカンフーのお師匠さんがいないって話になるの。不思議な髪型をした、主人公っぽい人が強そうに見えたのは何だったのか、とも思うんだけど、この人が「私の技では駄目」っていうの。じゃあ、タイムスリップすればってことになりまして、過去のどっかに AI を飛ばせて、そこでカンフーをマスターさせて、その、マスターしたカンフーのデータをチップだかなんだかに入力して、どっか決まったところに置いといたら回収できるから、それをロボットたちにおぼえさせて、宇宙人と戦わせると。

そういうお話でした。

ざべすこの時点で強烈に「あれっ」って思ったことがあるんだけど、雨子の目をのぞいたら「それを言ったらおしまいよ」って太ゴチックで書いてあったので言わないことにしました。

ざべす、タイムトラベルのお話はそういうわけでそれほど得意ではないんですけど、ほとんどずっとカンフーしてたのでおもしろかったわ。壁を上ったり、くるくる回ったり。爆発もたくさんしました。なんで爆発したのかしら? 雨子の話では愛もあったそうです。

おしまい。

www.youtube.com

『勝手にふるえてろ』

www.youtube.com

とどきますか、とどきません。光りかがやく手に入らないものばかり見つめているせいで、すでに手に入れたものたちは足元にころがるたくさんの屍になってライトさえ当たらず、私に踏まれてかかとの形にへこんでいるのです。             

          ……綿矢りさ勝手にふるえてろ』より、冒頭部分

books.bunshun.jp

綿矢りさは新作を楽しみにしている作家で、『勝手にふるえてろ』も楽しくこそこそと読みました。開いたり閉じたりする表紙があって(つまり入り口と出口があって)、一人で読むしかなく、読んでいる間は他に何もできない、本という形態によく合った、ひそひそとした話が彼女の得意技で、であればこそ、映画化のニュースを聞いたときは「どうなるのかな」と思いました。映画は見ず知らずの人々と一緒に見るものだし、暗いところで見るとは言えちょっと気まずい思いをしそうだなあと、そんな心配をしていました。

たとえば、『ブリジット・ジョーンズの日記』は、小説と映画とでかなりトーンが違っていて、私は映画の方がちょっと苦手なのですが、なんでかなあと考えてみるに、小説の方はやっぱり一人で読むので、ためらいなくこの、日々じたばたしている女性の話にがぷりと寄り添えるのですが、映画だとすこし離れたところから見てしまうようなのです。原作は日記スタイルで、日々の彼女の失敗が「ああまたやってしまった」「反省した」「またやってしまった」と綴られていき、どういうわけか読んでいると読者である自分自身が日記帳それ自体であるような気分になってきて、「自分だけに打ち明けられている」という気持ちがするのです。それに、なんと言っても日記に「やってしまった」ということを書いては「明日からは」と決意表明を繰り返す彼女のことを考えると、書いていない部分も想像してしまうわけで、なんとかかんとか働いて生きているわけだから、傍から見たらそう、むちゃくちゃな人でもないんだろうとも思えるわけで、でもそれが映画だとほんとにむちゃくちゃな人で。

そういうことがこの『勝手にふるえてろ』でも起こってしまうのではないかなと心配していました。

原作の冒頭で、語り手=良香(よしか)はいきなりやけっぱちで、やけっぱちにもかかわらず「です・ます」の敬体で、そこに日々、彼女がその人生においてどこをどうして正気を保ってきたか、どうやってプライドを維持しているのかといったことがほのみえておもしろい。

この、内面では言葉が次から次へと出てきてとても饒舌で、じたばたあくせくしていながら、同時にきわめて堅実に暮らしている社会人であり、それなりに人間関係も安定してはいる良香さんがそっくりそのままスクリーンの中にいるのがおもしろかった。小説を読んでいるときに感じる親密さや、くすぐったい感じ、じれる感じ、恥ずかしさいらだたしさ、じんわりとした明るさがそのまま映画になっていて、こんなこと、映画で実現するんだあ、と思いました。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を見て私も考えた

www.youtube.com

みょうちきりんな映画でした。

思わず二回見てしまいました。字幕版と吹き替え版で一回ずつ。

おもしろかったです。

あっ、これは、も……

 

 

 

 

 

 

       ……っのすごく、変わった映画だな! と思いました。

まとまった感想がどうしても書けませんので、思いつくままに書きます。

 

1.まず最初に、ローズ問題

最初に小さな問題から。

ローズには人間味を感じませんでした。

「ディズニー映画を食わず嫌いで見ていない人が想像するディズニープリンセス」、あるいはやはり「食わず嫌いで宮崎あおいの出てくる映画を見ていない人が想像する宮崎あおいがやりそうな人物」で、人間というよりは物語の型のようでした。

もうちょっとくわしく言うと、ディズニーが捨てた古い物語の型、宮崎あおいが(おそらく)脱ぎすてた古いイメージそのもののような感じで、ローズだけちょっと抽象度が違っていて、出てくるたび不思議でした。

だから、キスシーンは逆におもしろいと言えば言えるのかなあ、という気もしないでもないです。

フィンという人は徹頭徹尾自分で考えて(あるいは反射的に)、自分で動く人で、なんとも言えない魅力があり、私にとってはほぼ「親戚の子」程度の重みがあり、完全に、個別具体的な一人の人なのですが、この人に、「物語の象徴」がキッスをした……といった感じの驚きがありました。

その後のフィンの戸惑いも含めて、びっくりシーンでした。

映画にとって必要なシーンかというと「いらない」としか言えませんのですが、まあ、びっくりしたよ。

 

2.性格と運命

「生まれつき」ってことを考えさせられる映画でした。

マザー・テレサが言ったとされる、いいかげんな言葉遣いをしているといいかげんな行動につながり、いいかげんな行動はいいかげんな習慣につながり、いいかげんな習慣はいいかげんな性格になり、いいかげんな性格はそれなりの運命を呼ぶ、的な言葉がありますでしょう。

いや、誰が言ったかはっきりしないけど、違うね、テレサ(仮)! とよその幼子を見るたび思います。

人間って固有の人格を背負って生まれてくるんだなあ、と。

「子どもって、存外親に似ていないな」「思いっきり別人だな」と、子どもたちを見るたび思います。みんなすくすくそのまま大きくなりますように。

でもなかなか「そのまま」でいさせてくれない。それが環境で、フィンはファーストオーダーに拉致されて洗脳されてしまったし、レイは……(一応ネタバレに配慮)……たし。

それでその、フィンが革命軍から脱走して、そこでレイに会って、会ってすぐ「彼氏いる?」とか聞くのが変じゃないかって思う人もいるそうなんですけど、変じゃないと思う。

フィンは、生まれつきああいう人なんだと思う。

レイが、……(一応ネタバレに配慮)……という過去がありながら、あんな風にまっすぐな目をして明るい性格なのは変だという人もいるかもしれないですけど、あれは生まれつきだからしょうがない。

 「生まれつき」という言葉はどうしてもネガティブな情報と結びつきがちですが、「生まれつき賢い」「生まれつき明るい」「どうしても、いい奴」ということもあると思います。

そして、おもしろいのは、それが血筋では語りきれないことだということ。SWはファミリー・アフェアの面があるのですが、フィンとレイはそこから切り離されています。血筋がドラマを呼ぶのではなく、ほかならぬフィンとレイだからドラマがうまれ、そしてそのために、宇宙のそこここでいつも何かが動いていることまで想像できるのです。

 

3. ルーク

ルーク、「4」のルークだった。お久しぶり!

 

4. レイア

美しい。

ルークとレイアの再会場面にハードボイルドを感じました。あの二人は、ハン・ソロもそうだけどハードボイルドですよね。

レイアは生まれつききちかちっとしているからまだいいけど、もしルークがハードボイルド味を身につけていなかったら、ほんと、ほんと、まじで、単にむかつくじじいですよ。中身は変わってないくせにかっこつけてるから愛せるわけで。

ああして現れてサ、「(新しい髪型)よく似合ってる」とか言っちゃってサ、C-3PO にウィンクしちゃってサ、あいつに「またな」かなんか言っちゃってサ。

ルークとレイアがああしてお互いを慈しみあってサ。

私の人間性が目覚めました。

やっぱり、ある程度の年齢をこえたら臆面もなくかっこつけることができて、それが板についていて、っていう状態に至ってないと…………多分、きつい……つらい……。

レイアと、レイアの兄貴が大好きです。

 

5. 若造 & 小娘

それに比べるとヤンガーな面々はかっこわるいところばっかりで、恥をかかされることも続くし、見ていて辛いところも多かったです。レイがケアテイカーに一言も謝らないのなんか、そんな、レイ! レイはそんな人じゃないでしょ! あれ〜? そういうところもあるの〜? と私の心は千々に乱れました。

 

6. その他

思い出せば思い出すほど変な味わいの映画でした。音楽の入るタイミングがかっこわるいとか、アクションシーンがかっこわるいとか、いくら何でもフィンとローズがよその星飛んで……のくだりはいろいろとひどくないかとか、トロ様はだってトロ様なのだものとか、言い出したらキリがないのですが、まあ、二回見て、「……あっ、そういうことかあ」と思い、また、二回目にも限らず

 

 

 

泣いた

 

なんていうことのあった映画なのだから、捨て置くのももったいないかなと思います。

 

おしまい

晴れ渡る密室

www.youtube.com

原題:It

監督:アンドレス・ムシェッティ

2017 年 アメリカ

27 年に一度、人が消える町で、子どもたちの夏休みが始まった。

年明け一本目に何を見ようかな、おじさんが性転換してミシェル・ロドリゲスになっちゃうやつか、ビン・ラディンニコラス・ケイジが追いかけているやつか、どっちにしようと悩んでいたら、見損ねていた『IT』がまだやっていたのでいそいそと出かけてきました。

家で安心できない、学校でも居場所がないという「負け犬クラブ」の男の子たちと、一人でいじめっこグループと相対している女の子に夏休みがやってきて、ひととき解放感を味わう……ということもなく、彼ら彼女らに町自体がひとつの大きな密室として迫りくるのでした。

晴れ渡っている大通り、木々の間を風がさわやかに舞う川沿いの道は、それゆえに逃げ場がなく、子どもたちを恐怖に駆り立てます。

冒頭は雨で、主人公ビルの弟、ジョージィがお兄ちゃんに紙で舟をつくってもらい、それをもって元気いっぱい雨の大通りに遊びに出るところから始まります。このシーンを見てこの兄弟に好感を持たない人はいないでしょう。体の弱い、すこし吃音のあるお兄ちゃん、そのお兄ちゃんには逆らえない、かわいい弟が、家の中で互いに互いを頼っていて、お互いを大好きだということがわかります。かわいいな、と思って見ていると……

そんなわけで、子どもたちは親の暴力や、いじめっこたちの暴力ともうひとつ、「それ」がしかけるチェイスともたたかわなければならないわけで、大変な夏休みになってしまいました。

子どもたちが「お兄ちゃんに怒られる」とか「おやじに殺される」といった「○○に××される!」という恐怖をそれぞれ口にするのがポイントで、基本的にはその恐怖と対峙させられ、乗り越えたり、乗り越えられなかったりといったことが主軸になっています。そこに「それ」の恐怖が加わるのですが、彼ら彼女らが無謀にも「それ」と対峙することを選択するのは、どうせ家には家の、町には町の恐怖があって、安全な場所なんてどこにもないからです。

この辺りの、選択肢がなくて、閉じ込められて監視され脅されているような感覚に、見ているこっちもすっと入っていけるのが見事だなと思いました。

びっくりしたし、おもしろかったです!

これをちょっと見る前、DVD で『イット・フォローズ』も見ていました。『It』の方の「それ」とは違って、『イット・フォローズ』の「それ」は人間ぽくなくて、怖かったです。動きに迷いがなくて。

www.youtube.com

どっちもラストが良かったです。

寒中お見舞い申し上げます

f:id:poolame:20160409174358j:plain

今週のお題「2018年の抱負」

1.  ミニブログやブログのかたちで作文を収納してみて、わかったことがあります。

私は大体、月に二回「今年ベスト!」と言っている。これは映画の話ですけれども。「今年ベスト!」とハイクやブログで言う一歩前には「これは新しい、立派な成果だ」的なことを考えており、どうも「これは新しい」と月に二回、年に二五回程度思っているらしい。

冷静に考えてみると「そんな、ちょいちょい、斬新なものが生まれるわけなかろう」と

も思うのですが、多分、考え方の癖なのですね。感動したときに「新しい」と思うのが。あわせて、2017 年はよく「現実のメタファーじゃないところがいい、独立してる、素敵だわ」とも思っていました。これも冷静に考えると、果たしてきちきちっと説明できるかどうかかなりあやしいけど、「新しい」っていう感想と地続きのこと。

この辺りのことを、2018 年はすこし事細かに考えていこうかなと思っています。

 

2. 2017 年の正月に、両親の家で惰眠をむさぼりながらこう考えていました。

「あっ、あたしってとっくの昔に人生の折り返し地点を曲がっていたんだなあ。これから何か新しいことを勉強したり、達成したり、そういうことはまあ、無理だよね。そろそろ店じまいに向けて準備もしていかないとなあ」

どうもこれがよくなかった。何となく一年停滞ムードで、いつもいつもうっすら憂鬱で、死が身近になってしまった。

自分としてはかなり忙しい一年だったというのもあって、仕事以外のことでは非活発になってしまい、最終的には健康に悪影響が出ました。

「元気出さないとな」とは思っていたのですけれども。

今年のお正月に義母と話していたら、「あたし、何か新しいこと始めたい。人の役に立つようなことで。英会話もやりたいし(商売をやっていて、海外のお客さんと接することが増えたため)」と彼女が言い出したもんで、まぶしかったです。

それで自分もがんばらないとな、と思って。

今年は自分に対しても「新しい」を大事にしてやっていきたいです。

映画オリンピック2017

今年、2018 年は冬季オリンピック開催年に当たっているので、2017年映画ベストをフィギュアスケート、オリンピック風に組んでみました。

 

オリンピック表彰台大賞 2017

金メダル級の映画に贈ります。順不同です。ベスト候補 25 本から 1 本を選ぼうと考えているうちに年をまたいでしまい、これ以上しぼることができませんでした。

 

オリンピック最終組大賞 2017

オリンピックに出場して、FS に進めて、さらに最終グループ(6 組)ともなれば、見てる方にとっては「もう点数なんて関係ないよ(T-T) 全員優勝!」って感じです。そんな映画を集めてみました。ベスト 3 を組もうとして、どうしてもこれ以上しぼれなかったのです。

 

オリンピック8位入賞大賞 2017

オリンピック 8 位入賞のすごさというものを伝えたい。「世が世なら優勝」ということです。まず、ふつう、オリンピックに出場できない。そして、どうかすると FS に進めない。進めたところで、クリーンに滑り果せるかどうかは神のみぞ知る。2017 年は「トッド・ソロンズの子犬物語」、「マグニフィセント・セブン」で始まってどっちも「今年ベスト!」というテンションだったのです。

 

というわけで、2017 年ベストを決めようとしたら、ベスト候補が 25 本あって「うーん、うーん」と思っている間に新年になっていました。映画、楽しかったです。個人的には「イーサン・ホークの年」でした。子どもの食べ残しをナチュラルに食べるイーサン・ホーク、元妻に世話を焼かれるイーサン・ホーク、戦争のトラウマに苦しむイーサン・ホーク、脱走するイーサン・ホーク、相棒に「もどってくると思ってた」と言われるイーサン・ホーク、初対面でいきなり打ち明け話をするイーサン・ホークジョン・ウィックイーサン・ホーク版のような役をやるもなんか弱そうなイーサン・ホーク……etc. と、大豊作でした。今後に期待が高まります。以上です。

 

2017 年映画館で見た映画に送る各賞

f:id:poolame:20171225145841j:plain

コーヒー映像大賞 2017

作中でコーヒーが重要な役割を果たす映画に贈ります。

「マギーズ・プラン」

ベイビー・ドライバー

「マギーズ・プラン」はマギーが夫の前妻にいれてもらったバターコーヒーを飲んで目を白黒させるシーンが秀逸でした。

ベイビー・ドライバーでは一仕事終わった後、人数分のコーヒーを買ってみんなに渡すところまでがベイビーの仕事なのですが、その「人数」にベイビーが入っていないのです。ベイビーとコーヒーの関係はこの映画の外にあって、今後の人生で彼がどうコーヒーとつきあっていくかを想像するのも楽しいです。飲めないのかもしれないし、大好きになるかもしれない。

 

外に出る映画大賞 2017

 母語の外など、自分の入っている檻を発見してそこから外に出る映画に贈ります。

「未来を花束にして Suffragette」

スキップ・トレース

否定と肯定

「MR. LONG ミスター・ロン」

「ダンシング・ベートーヴェン

 「Suffragette」は主人公を演じたのがキャリー・マリガンだというところが秀逸でした。働きづめに働いてわずかな賃金しか得られないこと、男性からの要求にノーと言えないこと、そして娘もまた自分と同じような人生を歩むだろうこと、そのことを夫が当たり前のことと信じて疑いもしないこと、そんなことに「ノー」と言っていいんだ、言うべきなんだと飛び出していく女性を、キャリーが個性的に演じていました。

 否定と肯定では、ホロコーストの実在を否認する人間に対して、その否認がでたらめであることを論証してみせなければいけないという苦難に遭って、その場所が学界ではなく法廷だという、二重三重に外に引きずり出される主人公の苦闘が静かに描かれていました。

 「ミスター・ロン」は外の視点から日本語を聞けるのが魅力。母語の外で、どこへ自分が流されてしまうのか想像もつかないロンさん(チャン・チェン)の静かなうろたえぶりがおもしろかった。

 スキップ・トレース」「ダンシング・ベートーヴェン母語の外で、ファインだったりプアだったりといった、いろんなレベルの英語が行き交う中、我が道を模索する人々の姿が活写されていました。こういうのを見ると、英語、なんかすごいことになっているなと思います。

 

ファンクラブ映画大賞 2017

ひとりのカリスマあるいはスター、指導者などのまわりに集まる人々(ファンクラブ)の姿を追った映画に贈ります。

「はじまりへの旅」

ヴェンジェンス

スター・ウォーズ 最後のジェダイ

ジョン・ウィック:チャプター2」

 「はじまりへの旅」の家族は「お父さんファンクラブ」のようで、お父さんを真ん中にして安定していたかに見えたのだけど実は……というところがおもしろかったです。

 ヴェンジェンスニコラス・ケイジが一度バーで飲んだだけの女性とその娘のために奔走する刑事役を熱演。なんと「熱望されるニコラス・ケイジ」が見られました。新鮮。

 ジョン・ウィックは前作でもそうだったんですが、新作でジョン・ウィック・ファンクラブっぷりに勢いがついてしまい、くらくらしました。逆に「最後のジェダイはレイア・ファンクラブの弱いところや、ファンクラブとしてのファーストオーダーの瓦解(のようなもの)が描かれていて、長らくファンクラブ VS ファンクラブの様相を呈してきた SW の自己否定のような話になっていました。アンチ・ファンクラブもののような。その中でレイが師もいない、友人もいない、あたたかい思い出もないと、どんどん孤立していくのが印象的でした。

 

この二人組がすごい大賞 2017

「イップマン 継承」……イップ・マンさんとウィンシンさんご夫妻

「ナイスガイズ!」……ジャクソン・ヒーリーさんとホランド・マーチさん

ドクター・ストレンジ」……ドクター・ストレンジとマント

 「イップ・マン 継承」はとにかく、ウィンシンさんがエレベーターを降りて「私のイップ・マン」を再発見する場面につきます。

 「ナイスガイズ!」は予告の段階で楽しみだったのですが、まさかこれほどラッセル・クロウライアン・ゴズリングの相性がよいとは。そしてここまで書いて思い出したのですけど、2017 年は「ラ・ラ・ランド」「ナイスガイズ!」「ブレードランナー2049」と、ゴズやんの映画を三本も見ていて、「三本も見た」ことがとっさに思い出せないほど、徹底して味わいが違っていました。ゴズやんの裏声悲鳴がたくさん聞けて楽しかった。

 ドクター・ストレンジ。「マントになりたい」とうわごとを言う人々が続出。偉業。

 

この子どもがすごい大賞 2017

「ナイスガイズ!」の娘さん

ヴェンジェンス」の娘さん

「マギーズ・プラン」の娘さん

 「ナイスガイズ!」のゴズやん演じるホランド・マーチさんには、なぜか素晴らしく賢く、真面目で、かわいいお嬢様がいらして、この子がお父さんたちが捜査に行くとなると車のトランクに忍び込む、パーティーに潜り込んで捜査する、それ以前に対外的にお父さんがまずいことにならないよう確実にあちこち手を回しておく……こう書き出すと都合のよいできすぎちゃんのようですが、彼女も必死なので。真面目に必死にやってたら、ああ育ったんです。

 ヴェンジェンスの娘ちゃんもお母さんを守ってあげたくて必死なんですが、お母さんは娘ちゃんがかわいくてベイビー扱い。そんな彼女にニコラス刑事が言うのです。"I need your help." この一言でたたずまいがきりっとしてしまう彼女。泣きはらした後の赤い目で、ぐいっと背筋を伸ばしてしまう彼女。もう、抱きしめたい! 抱きしめたい大賞!

 「マギーズ・プラン」は親たちのどたばたに巻き込まれて、それでも粛々と状況を受け入れて(というか、ほかに選択肢はない)、とくにぐれもせず、それなりに親たちのどたばたに付き合っていた長女がかっとして、放った一言が秀逸でした。単純な言葉なんですけど、それを言われた親たちと観客の「おっしゃる通りです……」という空気が最高。

 

打ち明け話大賞 2017

シーモアさんと、大人のための人生入門」

「20 センチュリー・ウーマン」

「スウィート 17 モンスター」

「マギーズ・プラン」

「メッセージ」

 イーサン・ホークがインタビューで「なんのために働いているかって? それは酔って、そばにいる人の打ち明け話を聞くためだよ!」と言った……という記憶があるのですが、今般検索したらヒットするのは自分自身のミニブログばかり。

……私、ねつ造してる?

いや、確かにどこかでそんなようなことを言っていた。

こんな発言、嘘や空想で思いつかないもん。

ほとんどの映画は誰かの打ち明け話だということもできるのですが、これら 5 本はドラマの根幹に打ち明け話があって、それによって大きく話が動いていったので印象に残っています。