プール雨

幽霊について

2017 年 11 月に見た映画メモ

11 月 6 日『パターソン』@新所沢レッツシネパーク

パターソン(字幕版)

パターソン市でバスの運転手をしているパターソンさんは、毎朝目覚まし時計なしで、妻よりすこし早く起きる。それから出勤し、バスを走らせ、帰ってくると妻が日中に行った模様替えに目を白黒させ、夕飯後には犬の散歩に出かけ、一杯だけビールを飲んで帰ってくる。そして、詩を書く。

パターソンさんのことはよく知っているような気がします。

パターソンさんは毎日決まった時間に起き、出勤し、帰ってきますが、かといって平穏で退屈な毎日というわけではないようです。むしろ退屈な毎日を切望していて、それが得られないでいるのかもしれません。

パターソンさんにとって、この世界はどこか慕わしくない、安心できない、はらはらするようなところです。毎日同じ時間に目を覚ましますが、さて、この一日を無事に暮らせるかどうか彼には今ひとつ自信が持てません。

パターソンさんは詩を書きます。準備の整ったバスを発車させる前に、昼休みに、帰宅後のほんのすこしの時間に一人で詩を書くのです。

どちらが前か後ろか、上か下かもわからない暗闇に白く光る石を見つけてその上を飛び歩くように詩を書くパターソンさんです。

そんなパターソンさんがいつもほんの少し、笑みを浮かべているのがおもしろい。彼はぎこちなく世界と相対しているけれども、少しも不機嫌ではない。ご機嫌というほどではないけれども、毎日見かける人なら「あ、これがこの人の微笑みなんだな」と気づく程度の薄い笑みを浮かべて、愚痴ったりため息をついたりすることもなく、毎日毎日詩を書くのでした。

 

11 月 27 日『密偵』@立川シネマシティ

密偵(字幕版)

日本警察から義烈団監視と摘発の特命を受けたイ・ジョンチルは、その連絡場所と噂される古物商に目をつける。古物商の主人、キム・ウジンはイ・ジョンチルを逆に仲間に引き入れ、警察からの情報を得ようと企む。

このイ・ジョンチル(ソン・ガンホ)という人がおもしろかったです。

まず彼は祖国を裏切って日本警察に雇われ、次には雇い主の警察を裏切って義烈団を支援することになるわけだから、二重三重に嘘をつかなければいけません。そこだけ見れば、嘘にまみれた人と呼ぶこともできるはずです。それが、作中で明白な嘘をつくシーンがそれほど多くない。特に、義烈団のリーダー(イ・ビョンホン)と会談に至るシーンが印象的です。キム・ジウンらに仕組まれたその会談で、彼らの言葉に巻き込まれ、一言交わすたびにあともどりできなくなっていき、イ・ジョンチルは「後戻りできないこと」に苦悶するのです。言い逃れできないことに苦しむわけではなく、もう、自分が前に進んでしまっていることを知り、驚き戦く。このテーブルで交わされた視線と言葉の織物の真ん中にイ・ジョンチルがいて、彼の意志ではもうどうにもできないというところが圧巻でした。

イ・ジョンチルが苦労の末嘘を発する場面は見ていて震えてしまいました。

好みでなかったのは音楽。音楽による演出が過剰で、もう少し控えめであったなら、この、巻き込まれたら巻き込まれた先で実直に生きる主人公がより生きたのではないかな、などと想像してしまいました。