なんとなく気分を変えたいなと思っていた。そこに、ライター仲間数人で山奥の古いホテルにこもろうという話が出たので飛びついた。特別に親しい仲間でもなく、中には初めて会う人もいたが、気を使わなければならないような相手もいないし、気楽にすごせそうだ。
ホテルは落ち着いた雰囲気で、迷路のように変に凝ったつくりをのぞけば、こもるにはなかなかいいのではないかということで皆気に入っていた。
ところが数日たつうちに、目に見えて元気のない人や、やつれたような表情を見せる人が現れはじめた。
彼らは「ここはなんとなく疲れる」のだと言う。
「どこがどうとは言えないが、落ち着かない、そろそろ帰ろうかな。」
一人が言い出すと、残りの人たちも「そうだなあ」と賛同し始めた。
窓の外では針葉樹が西日に照らされて、長い影を互いに押し付けあっていた。
同じ木ばかりが並ぶ緑の砂漠。
やせてひょろ長い木々に対してやけにその影が濃く、太い気がした。
その私の視線を後から追って、一人が窓の外に自分も目をやって、それから他の者たちもちらりちらりと窓の外を見遣り、それぞれにため息をついたり、眉間に神経質そうなしわをつくったりした。
そして彼女が言った。
「ここは地影が深すぎて、字影が消えないのよ。書きにくいわ。」
「地影」と彼女が口にするとその文字が影をともなって目の前にうかんだ。この土地は影が一日中強くて、文字を書くごとに、その文字の影が紙に映し出されて書きづらかったのだ。
それでみんな、じゃあ、今日は遅いし、明日ひきあげようか、ということで話がまとまりかけたところへ、新たな宿泊客がやってきたようだった。見るともなくそちらを見ると、新しい客はペ・ヨンジュンだった。
ペ・ヨンジュンは例のあの格好で満面の笑顔をこちらに向けた。
顔が光っている。
「すげえ、ペ、顔、明るい…」
誰かが言った。
はっきりと口にしたわけではないのだが、ペがいるなら影も弱まるし、もう少し宿泊してもいいかなあと私たちは考えている。