ホーローの洗面器を持って立っている。
洗面器には水がたまっている。歩くと、時折水紋が広がる。天井から雨が漏っているのだ。漏っていうはずの水は見えないが、洗面器にぽつーんと輪ができる。洗面器をよけると何も起こらない。ただ時々風が吹いているような気がする。
ここは自宅だ。
ずっと家族で住んでいる。
自分は小学校高学年くらい。自分のうしろで弟が声をひそめている。
洗面器は水で一杯だ。あとしばらく水を受けていると溢れてしまいそうだ。溢れ出したら、どうなるのだろうか。
また歩いて、雨が漏る場所を探す。
その下に洗面器を持っていったときだけ漏る雨を。
障子の前に立った時、突如ぽつぽつぽつっと雨漏りの勢いが増した。
そうか、この土地のこの場所にこの家が出来たのはこの土地の歴史から言えばごくごく最近なんだよなと突如思う。
私たちがここに住み出す前からずっとここに住んでいた者たちがいたのだ。
溢れそうな洗面器の上に間断なくできる水紋をみつめながら、その洗面器に私の顔が映る。さらにその背後に何か映る。それを見ようとしたとき、視界が切り替わり、洗面器を持っている自分が目に入る。自分の後ろには弟がいる。
かわいそうに。
なぜかそう思った。