プール雨

幽霊について

ハッピーエンド

夏休みらしく、「婚前特急」(2011 前田弘二)と「スコット・プルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」(2010 エドガー・ライト)という、ロマンティック・コメディ二本立てを見てきました。
どちらも未熟な主人公が愛する人の手を取るために奮闘する、とてもオーソドックスな話。もちろん、主人公を助ける親友と、愛する人を主人公から奪う敵が登場します。その敵に打ち勝ち、愛を得るまでの成長ものになっています。
 

 
婚前特急」は主人公チエが五人の彼から一人を選ぶ話。
感想としては「意外とちゃんとした映画だった」ということをまずあげたい。ドタバタが退屈で、途中で飽きるのは確実とはいえ、ところどころ演出がしっかりしていて、登場人物の魅力が伝わってきます。
例えばチエが、彼の一人、西尾みのるに、なぜ自分を自由にさせておくのだ、他の男から奪ってでも自分のものにしたいと思わないのかと言い募る場面があります。西尾みのるは離婚していて、一人暮らしですが、子どもが一人います。自分のそういう状況が足かせになるのか、誰かを縛ることはできないと答え、チエは激昂します。いつまでもそうして一人でいればいいじゃん! とかなんとか言ってたかな。テーブルを叩いて立ち上がり、怒りに任せて立ち去ろうとしたところ、彼女の目に、西尾とこどもが一緒に映っている写真が目に入ります。その写真では実に西尾も子どもも楽しそうに屈託なさそうにしており、シャッターを押したであろう人物に最高の笑顔を見せています。
この場面でのチエ役の吉高由里子の動きと表情が生々しくて良かったです。写真を見て、あらためてその笑顔にどきっとしてしまう彼女。まるで初めてその写真の真実に出会ったかのような表情。最前の自分の行動について迷いが生じる。このまま、立ち去るべきか、もう一度席について改めて話すべきか。だが自分に話す資格があるのか……。
彼女は何も言葉にしないし、西尾もそれに関してはただ「チエにはまだわからないよ」と言うだけなのですが、少なくとも、チエが人のことを慮れる人間だということだけはわかります。
この映画にとってはそれが重要なことです。五人の彼と同時に付き合い、それぞれのメリット、デメリットを査定して一人ずつ別れていこうとしている女性に、普通は感情移入できないものです。しかし、この映画は、物語上、主人公の成長ものになっているので、主人公が魅力的に見えないと観客の興味を持続させることは出来ません。
彼女は少なくとも、仕事はきちんとしてる。部屋は仕事の勉強のためか、資料や本でそこそこのちらかり具合だし、かつ一人暮らしとしてもきちんと色々頑張ってる。付き合いの長い親友がいる。その親友の結婚式で感動して泣いてる。何だかんだ言って優しいとこある。
魅力的な場面がいくつかあり、その度に、「ちょっといい子だな」とか、「チエも不安なんだな」とか感じる。
ただ、チエが結論に至るまでの展開で、もっと内面上ドラマティックなものがあればおもしろかったのになというのが残念でした。自分が何から目をそらしていて、ほんとは何を欲しいと思っているのか、それを自覚する場面がもっともっとドラマティックであれば。できれば映像的に。いい場面はあるんですけども、それが大きなうねりにならなくて、結構アリバイ的なつなぎのシーンがある。五人もいる必然性はなかったし。物足りなかった。
 

 
一方、「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」はその辺りがわりとしっかり面白かったです。
主人公はやはり人に対するときに何かが欠落してる人。だが良い所もあって、信頼できる友人もいる。その辺りは「婚前特急」と一緒です。「婚前特急」と違うのは、スコットがラモーナに気持ちを伝える過程で、自分の何がいけないか、何を間違って生きてきたかをはっきりと自覚し、克服しようと格闘するところ。
映像では、ゲームで勝負しているのですが、おそらくはリアルで粘り強い話し合いが行われてるのだろうなと想像できるような、かなりきちきちっとしたバトルでした。
ラモーナに惹かれて、ラモーナに気持ちを伝えようとする過程で自分自身に出会う。自分が何を間違えて来たか、誰をどれだけ傷つけて来たかをはっきりと自覚する。そして世界から弾き飛ばされ、傷つき倒れながら、自覚をもって立ち上がり、再度挑んだ。そのドラマのうねりがあるからこそ、観客は最後の場面で喜べる。
この映画で一つ、とても「効いてる」要素が主人公の支援者、同居してる親友のウォレスです。ウォレスはスコットに助言する役回りで、バトル中、彼の一言がスコットにすごいパワーを与えたり、敵にダメージを負わせたりします。彼は愛について確信のある人間で、だからこそ、スコットは彼を頼りにし、助言を求めます。おもしろいのは、物語が展開していく中でスコットがこのウォレスの言葉を内面化していき、最終的に自立したこと。ラストのシークエンスでは、ウォレスは登場しない。スコットはスコットの言葉で勝負する。
おもしろかった。
 
映画は二本ともハッピーエンドだったけれども、ハッピーエンドで観客を満足させるのは難しいんだなとも思いました。特に恋愛についての映画では、観客はハッピーエンドではなかなか満足できないようです。ハッピーエンドを求めはしても、そこに納得できるかいうと大変に難しい。
バッドエンドは説明しやすいけれども(あるいは、バッドエンドには必ずしも理由が求められないというか)、ハッピーエンドは説明しづらい。あるのは誠意とか情熱とかユーモアとか。勢いとか。うまく行ってるカップルは大抵、どううまく行ってるかについては沈黙してる。説明できないし需要もないから。そもそもそこにあるのは大いなる飛躍なので、乗り越えた経験のある人はちょっと言えば納得するけれども、その前で立ちすくんでる人を納得させるのはとても難しい。
スコット・ピルグリム〜」はトリッキーに見せかけて、かなりオーソドックスにその困難に立ち向かった気持ちの良い映画でした。残念ながら、「婚前特急」はそこまで届かなかった。チエは可愛かったけれども。