雨降り

幽霊について

ルッツとフリップ

フィギュアスケートを見るようになって、一番最初に覚えたジャンプがルッツだったかと思います。覚えようとして、わりとすぐ把握できたのはルッツでした。漫然と見てた時から印象に残りやすかったのだと思います。左足で後ろ向きに、アウトサイドに乗って滑って、右足のトウを突いて跳ぶ。助走は時計回りのカーブに乗っているから、その方向に遠心力が働いています。しかしジャンプは反時計周りですから、他のジャンプとちがって、助走と空中の回転方向が逆ということになります。一体、何の力を利用して跳ぶジャンプなのか、運動音痴の私にはさっぱり想像できません。
ルッツジャンプは、得意な選手は実によくコントロールされた美しいものを見せてくれるので、自分にとっては印象に残りやすいジャンプでしたし、特にそれを二回プログラムに組める女子シングルの選手となると貴重、ということもあって、特別な感じがあって、覚えやすかったのです。
その一方でフリップに関しては「ルッツじゃない」という雑な覚え方をしていました。直前にターンが入って、わりとそこからすぐ跳ぶ、といった雑なイメージ。
この見方が、このところ、変わって来ました。
いまさらですが、ルッツとフリップは全然違うジャンプなんですね。
それを理解させてくれたのは、エレーナ・グレボワでした。この半年、彼女がルッツとフリップ、両方をプログラムに組み込めるか、注目してきました。
ネーベルホルン杯でルッツとフリップの両方を入れてきたときは(フリップはダブルでしたが)、「お!」と驚いたものです。2009-2010 シーズンくらいまで、彼女のトリプルジャンプはループまでで、その後、ルッツは入れてきていたんですが、フリップまで入って、いよいよ、トリプルジャンプ 5 種を揃えていこうとしているんだなあ、とそれだけで胸が熱くなったものです。
でも、その後、エリックでもユーロでも、フリップははずしてしまったので、跳べるジャンプを新たにひとつ増やすというのは大変なことなんだなと改めて思いました。
それで、グレボワのルッツなのですが、これが、不正エッジをコールされることが多く、これまた難しいものだなあと。ルッツとフリップだったら、ルッツの方が得意なんだけど、エッジはフリップの方が正確といった事態。これは、彼女だけでなく、ときおり見かけます。ルッツかフリップ、どちらか片方だけをプログラムに組んでいて、それが不正エッジコールを受けやすいという事態。
私は当初、エッジが正確なフリップの方を生かして、ルッツをはずせばいいのに、と考えたりしていました。
グレボワは、まず前向きに滑って、ターンを入れて、左足、後ろ向き、アウトサイドのカーブに乗ります。ここはいつも、明白にアウトのカーブに乗ってます。そして、ぐいって右肩を後ろに引いて、構えて、トウを突くのも、まさにルッツのムーブメントです。でも突いた瞬間、軸足が内側に倒れて、インサイドのカーブに入ってしまう。それで、不正エッジのコールを受けることになってしまいます。
ほんとに、トウを突いて、跳び上がる瞬間、ぐらっと倒れてしまう。そこだけなんです。そこ以外は、ルッツの動き。
フリップはこうしたルッツのムーヴメントとは全然違って、左足で後ろ向き、インサイドのカーブに乗って、右足のトウを突いて跳ぶので、助走とジャンプの回転方向が同じ。見た目としてはこちらの方が断然スムーズです。トウを突くところ以外は、サルコウに似ています。サルコウの場合は、トウを突かないで、前に振り上げるような感じでしょうか。跳ぶ前、足のかたちがカタカナの「ハ」みたいになるのがサルコウで、ひらがなの「い」みたいになるのがフリップ。ルッツとは、跳び上がるときのエッジの向きだけでなく、動きの理屈みたいなものが全然違います。
傍目にはフリップの方が自然で跳びやすそうですが、「ルッツはできるけど、フリップはできない」選手はたくさんいて、その中に、「ルッツの方だけ跳べるが、不正エッジを時にコールされる」選手もいます。
多分、現在フリップをプログラムからはずしてる選手の中に、不正エッジになりがちだけど、それさえなければフリップは得意という選手もいると思います。当然、逆もあるでしょう。ルッツでは不正エッジをコールされるけど、それさえなければ、そんなに不得意じゃない、実はフリップより気持ちよく跳べる、そういう事態も。
跳び上がる際のエッジの厳格化で、そこばかりが注目されることの多いルッツとフリップですが、見慣れてくれば全然違うジャンプです。
ひとつのジャンプでも、跳んだ、降りた、だけでなく、前後の動き、氷上のカーブと空中のカーブの関係、軸の細さ、回転の速さ、高さ、幅等々、様々な要素があって、選手たちはそのひとつひとつをストイックに磨きをかけてプログラムに組み込むのだなあと思うと、胸が高まります。