雨降り

幽霊について

デンジャラス・バディを観ました

日曜日、「せっかくだから映画館で映画を見よう」と予定より早く出かけて都会に行ったら、見たいと思うものはどれも満席で困りました。ぶらぶらするにもひどく暑いし、人混みもきつい。ということで、比較的席に余裕のあった『デンジャラズ・バディ』(ポール・フェイグ) に飛び込みました。
するとどうも客席は私と似たような人で一杯で、そこそこ混んだ客席にわくわくしたムードはほとんどゼロ。始まる前にこの映画の話をしてる人がいないし、とにかく暑い、むしむしするといった声ばかり。
たしかに、この映画(の予告)にはわくわくさせるものがない。……ような気がする。FBI 捜査官アッシュバーンを演じるサンドラ・ブロックが、アメリカの映画やドラマに出てくる、口をへの字にしてやたらに鼻をすする警官のモノマネをしているだけに見えるし、警官のマリンズ演じるメリッサ・マッカーシーはいつも通りだけど、でも結局バディもののコメディ映画の主人公を女にしただけでしょう? という感じだ。
そして果たしてその通りだったのだけど……。
予告が流れていたときはかっちかちだった会場の雰囲気がじわじわ変わっていって、あちこちから笑いが漏れ、主人公が失敗するたびに「あー……」という落胆の声が出、最終的には「やめとけ!」「誘拐かよ!」とつっこみが入るに至り、単に『ホット・ファズ』の彼らをサンドラ・ブロックメリッサ・マッカーシーにした「だけ」にしてはあまりに楽しい映画体験だった。
特に、ちょっとしたスプラッタ……? なシーンもあって、そのときには「ひーーー」「やめて」といった悲鳴があがり、私も一緒に「まじで……」と声を漏らせて良かったです。
いくつかはっきりした成功ポイントがあって、そのうち一つが二人の美声にあると思う。バディものが好きであろうアッシュバーンとマリンズはそこここで「モノマネ」としか言いようのない、板についていない仕草をするのだけど(特にアッシュバーンが)、それが不快ではないのは、二人が感じのいい人だから。感じのいい人が感じのいい声であくせくやった結果、まちがう。それで見てる方は「あー……(いわんこっちゃない)」と苦悶する。嫌な奴だったら、そこでどうなろうとかまわないもの。この映画では特に、主演のサンドラ・ブロックの「大味かつ繊細」という持ち味がいかんなく発揮されていて、彼女の出演映画をあらためて見ていってみようかなとまで思いました。
同じ監督の『ブライズメイズ』は賛否両論あるけど、私は好き。冒頭近くに、主人公の女性が一人でカップケーキをつくって、一人で食べて、一人で片付けるシーンがあって、そこがとてもいいから。やたらと弁の立つ人が、言い訳をしたり、言い負かしたりする必要のある相手が目の前にいないときに、黙々と何かをする姿を描いていること、そしてそこが実に魅力的であることに 5億点だ。
アッシュバーンにもやはりそういうシーンがあって、冒頭近く、ひとりで部屋でテレビを見ながら猫をかわいがっているショットが入る。このシーンのアッシュバーンはとにかく美しい。自分を攻撃するかもしれない相手がいないところで、となりの家の猫をかわいがるアッシュバーンはとても幸せそうだ。
そういう人が、職場では全然人望がなかったり、驚くほどの不器用さで次から次へと失敗したり、それでいて優秀な部分に関してはきっちり優秀だったり、最初は嫌な奴と思った相手と夜通し飲んだりしたりするのは、それが男だろうと女だろうと、やっぱり楽しいものだ。
ここはどうなんだろうな、と思った点は、時折彼女が思い出したように、口をへの字口にして鼻をすすったりする、型にはまったあのしぐさが、どこから来たかを描いても良かったのかな、ということ。様々な家庭をたらいまわしにされた幼少期を過ごして、それでもイェール大学に入学して学士号をとって、FBI に勤め続けている彼女が師と仰いでいる人は誰なんだろう。いつでも自分を見ていてくれる親を持たなかった彼女の胸に自尊心をもたらしたのは誰だったのか、彼女が理想とする人は誰だったのか。必ずいるはず。
でも、「いるはず」と確信できるような映画にはなっているので、ない方が粋ってことかな、と思ったり。