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雨降り

幽霊について

kooky クーキー

kooky-movie.com

監督・脚本:ヤン・スベラーク

原題:Kuky se vraci

2010年 チェコ

オンドラはある日、テディベアのクーキーを「ぜんそくに悪いから」と母親に捨てられてしまった。取り返そうとしたものの、結局はゴミ収集車に回収されてしまい、しょげかえるのだった。一方そのころ、クーキーには奇跡が起こっていた。ショベルカーにあわや潰されるかというとき、ぴょこんと立ち上がり、何とか逃げおおせ、そしてオンドラの元へと帰ろうと歩き出すのだった。

クーキーに生命が宿り、ぴょこんと立ち上がりゴミの山をへにょへにょと駆けていくときのかわいらしさは白眉で、思わず声をあげてしまいそうになるほど。

ところがこのとき、見ていて微かに頭の隅で気になってしょうがないことがある。この奇跡を起こしたのは誰(あるいは「何」)か、ということだ。

クーキーがぴょこんと立ち上がる直前に挿入されているのは、オンドラが「クーキーが帰ってきますように」と祈っている映像だから、いかにもその祈りが通じてクーキーが危機一髪助かったように見える。

だが、オンドラが祈っていたのは夜で、クーキーがぴょこんと立ち上がったのはすっかり夜が明けてからだ。このズレは何だろう。

この映画は原題にも示されているように、「クーキーがどこかに行って、そして帰ってきた」というのが基本モチーフではあるけれども、一体どこに帰っていくのかが判然としない。オンドラのところに帰るにしては、オンドラとクーキーの結びつきが弱く、森にしては森のヒーローとしてのクーキーの立ち位置や意味がわかりにくい。

まず、冒頭で映しだされるオンドラの部屋にはクーキー以外にもたくさんのおもちゃがあり、遊び方が乱暴なのか、床にちらばって壊れてすらいるそれらを母親は無造作にゴミ扱いする。

このことに対して、オンドラは大した抵抗を示すわけでもない。物語の経緯を見ると、どうもオンドラはそうしたおもちゃを「卒業」しつつあるらしく、彼にとってクーキーとはいつか別れを告げるべき相手なのだが、それはたった今ではない、という程度のことのようだ。

どうにもこのオンドラと、クーキーに起こった奇跡とは、釣り合いがとれない。

クーキーが冒険を重ねてオンドラの部屋に帰ろうとする映像と、オンドラの映像が交互に映されるし、オンドラ自身もクーキーの冒険を夢に見ていたようでそれが夢なのか現実なのか考えこむ。

オンドラがクーキーの夢を見ていたことは、本人がそう言っているから間違いないとしても、クーキーに起こった奇跡とオンドラの願いだか思いだかとは、冒頭の奇跡シーンを考えてみるまでもなく、思いの外関係が薄い。

では、森の政治に巻き込まれ、新たな指導者として現指導者から待望されるクーキーのヒーロー誕生譚として見るべきなのか。

確かに、中盤のマッドマックスのような展開は盛り上がらないわけでもない。が、現・森の指導者と前・森の指導者の息子との関係が思いのほか入り組んでいてややこしい。ここは真剣に何をどうしたいのかわからない。森のいきものたちにとってクーキーはゴミになりかけのおもちゃで、外部からやってきたというだけでなく、捕獲して破棄すべき対象である。そういうクーキーが森の指導者として生きるというのはどういう意味なのだろう。

もちろん、そういう物語はあっても良いし、なんなら現実にそういうことがあっても良いだろう。でももしそれを語るなら、オンドラの家に一旦帰るというのは一体何なのか。そしてオンドラの手によってまたどこかに送り出されるというのは、オンドラにとってクーキーにとってどういう意味があるのか。

というわけで正直に言うと、まったくこの映画の「物語」がわからなかった。

大人になっておもちゃに別れを告げる少年の話と、捨てられたおもちゃが新たに居場所を見つける話を平行して描こうとしたのはわかるけれども、そんな話は人間にとってあまりに都合が良すぎる。

どうにも見ていて居心地が悪く感じられるのがこの点だ。この物語があまりにオンドラにとって都合良すぎるように見えて、気になってしまう。オンドラは母に捨てられたクーキーを、今度は自分で捨てるのだけど、そのことに罪悪感を持たないで済むような話になっている。必要とする(と、オンドラが勝手に解釈した)誰かにクーキーを手渡し、自分はテディベアと一緒に暮らすような生活を卒業するわけだ。それは結構だけれども、子供時代の自分を支えたおもちゃを捨てるのに何の痛みもないとは、あまりに都合が良すぎる。単におもちゃを捨てるだけの話なのに、おもちゃ自身に苦労を追わせ過ぎではないか。クーキーは帰るためにマッドマックスばりの暴力的な目に遭うのだ。あんまりではないか。

そして、数多くのおもちゃを持ち、それらを無造作に扱い、壊したら即ゴミ箱行きという生活に対して特段罪悪感も持たないオンドラのために、一体なぜクーキーは帰ろうとするのか。

まったく釣り合いがとれない。