読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雨降り

幽霊について

ほどける、黒衣の刺客

映画

kokui-movie.com

原題:聶影娘 The Assassin

監督:ホウ・シャオシェン

出演:スー・チーチャン・チェン妻夫木聡、シュウ・ファンイー他

台湾・中国・香港・フランス合作 2015 年

唐時代末期。藩領(辺境を守備する義務と権限を与えられた地域)の勢力が増し、ややもすれば反唐の機運が兆し始めていたころの藩領の一つ、魏博が舞台。長官、田季安(チャン・チェン)は唐との関係も維持しつつ領内の反唐勢力との関係も維持しなければならないという難しい舵取りを迫られていた。

季安の母は身分の低い側室だったため、正室であった唐の代宗の娘、嘉誠公主の養子となっていた。季安の従妹、隠娘(スー・チー)を公主は非常に可愛がり、二人に婚約させるが、後に田季安には政略結婚でより有力な娘が迎えられる。そのため隠娘は魏博を離れ、公主の妹である道士に預けられ、そこで暮らすことになってしまった。田季安を暴君と見る道士は隠娘をアサシンとして訓練し、季安を暗殺するよう指示を出す。物語は、この隠娘が魏博に帰ってくるところから始まる。

 と、いうような話がわりと何の断りもなく始まるので、前公主様と道士が双子っていうことが脳の深部にたどりつくまで時間がかかりました。

実際に私が見ていてぱっとわかったことは、前述の一段落目の状況(さすがにテロップが入った。あれほど役に立ったテロップを他には知らないなあ)、隠娘が元いた場所を奪われて、その間に暗殺者に仕立てあげられて、幼なじみであり元許嫁である長官暗殺の任務を負っていること、長官には非常に力のある正妻以外に愛妃がいて、彼女は子を宿していること、魏博は……力はあるんだけど、唐との関係その他で舵取りが難しいところであること、妻夫木聡はどこか外からやってきて、何か鏡に関する技術者で、いずれはどこかに帰っていくということくらいです。

ぼんやりと見ていました。

隠娘は政治にに翻弄されて、許嫁を奪われただけでなくその暗殺まで負わされているという女性で、とても儚げ。軽やかで素早く、確かに強いのに、いつも心は公主様への思慕と田季安への情愛で揺れています。

そのゆらゆらと動く心を覆い隠すかのようにほとんど笑顔を見せず、背を向けた相手にのことは決して振り向きません。

この隠娘の背中にそっと触れ、公主様への思慕を語らせるのが妻夫木聡演じる鏡磨きの青年で、彼は隠娘の傷を治療し、そして日本に帰るため新羅まで送ってくれるという約束をとりつけます。この約束を叶えるためには隠娘は少なくとも死んではならないわけで、親たちの因縁に絡め取られる彼女に、もう一つ糸がかけられることになります。

一方、ちらしなどのあらすじでは「暴君」と紹介されている季安は暴君というよりは、様々な勢力に翻弄される若い君主といった感じで、もう一人の隠娘のような人物です。

彼らを搦め捕る因縁を真上から見ればあまりにきつく、決して解けることなく、どちらかが死ぬまで解放され得ないように見えますが、実際は決してそうではないということが全編を通じて映像で示されていきます。

誰かと誰かがにらみ合い、場合によっては組み合い、そしてまたにらみ合って、ぱっと離れる、立ち去るという場面が幾度か繰り返されます。組み合った瞬間、その時その場で組み合わなければならない事情や因縁はあるけれども、そこを離れれば決して殺しあわなければならない二人ではない、そういう可能性がそこに見えています。だから彼らは時間をおこうとするわけです。

公主様は隠娘に次のような故事を歌って聞かせます。

「昔どこかの国の王が一話の青鸞を手に入れたが、その青鸞が鳴かない。すると夫人が『鳥は仲間を見ると鳴くとか。鏡を見せては』と言い、そうしてみると、青鸞は鏡を見て鳴き、一晩中鏡に向かって舞い、息絶えた」

隠娘はこのときのことが忘れられず、公主様こそがまるでその青鸞のようだったと涙を流します。

それは隠娘にも季安にも言えることで、その故事が彼ら彼女らの行く末を示しているようで緊張感があります。

そこにぱっと入ってくるのが鏡磨の青年で、柔らかく鏡を磨いて隠娘たちの運命を変えるのでした。

最初から最後まで美しい(チャン・チェン演じる季安の舞も見事でした)映画でしたが、終盤ははっとするような美しさの連続で、すーっと因縁の糸が一箇所に集まった後、ゆるりとほどけていく様はとても良かったです。