雨降り

幽霊について

テキスト、テキスト、テキスト

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原題:The Big Short

監督:アダム・マッケイ

2015 年 アメリカ

アメリカで住宅市場が活況だった 2005 年。将来的に必ず高くなる住宅を今持てば、仮にローンが払えなくても家を売れば済むという触れ込みで、低所得者にも住宅購入が人気だった。大手投資銀行はそうしたローン債権を買い取っていた。商品化するためだ。彼らは低所得者向けの住宅ローンを買い取り、様々な商品と組み合わせて投資家に転売した。低所得者向けローンを含んだリスクの大きい不動産担保証券は市場をぐるぐると動きまわり、その影響を受ける範囲はどんどん広がっていた。根拠は一つ、「住宅の値は必ず上がる」ということだった。しかし彼らが信じて疑わない住宅の値もいつかは下がる。住宅市場は表面的には堅調な動きを見せていたが、実際は実態のないバブル景気だった。不動産担保証券はいずれ紙くずになる。そこに気づいた人間たちが市場の、ひいてはアメリカ経済の「負け」に賭けていった。

あらすじが説明できない……!

上のあらすじ(映画の前提部分)をまとめるのに小一時間かかりました。そしてまだどこか間違えているような気がする。なるべく専門用語を使わず、それでいて事実からあまり離れないように説明を試みましたが、何か根本的な勘違いをしているかもしれません。

要するに、リーマン・ショックのときに、破綻する方に賭けて、売り抜けて巨大な富を得た人たちがいたようなのです。映画は、そんな人たちにスポットを当てました。彼らが市場の犯した大きなミス(というか、こぞって行っている詐欺行為)に気づき、住宅市場が破綻する方に賭けてそして勝った、その数年の「苦闘」を活写したのがこの「マネー・ショート The Big Short」です。

この不愉快そうな話が、とにかくおもしろかった!

冒頭近く、マイケル(クリスチャン・ベール)が新人の面接をしながら、何かぼそぼそと話している。1930 年代の住宅市場の崩壊、市場に感じる違和感、自分の子どものこと……。考えながら訥々と、行ったり来たりしつつ彼の口から出てくる言葉には、違う水準のテキストが交錯していく。マイケルはその水準を決して無理に合わせようとはしない。気難しい詩人のように、あらゆるパラダイムから注意深く光るものだけを見つけ出して、口にしていく。面接を受ける方は大変だ。何の話かわからない。観客にとっても大変だ。なぜなら、この場面は「この映画はこういう風に語られていきます」という宣言だからだ。ビジネス用語で一貫させるわけでも、コメディ他のジャンル映画の文法をとるわけでも、またたとえば古典の、あるいはメロドラマの文体を排除するわけでもなく、あらゆるところからあらゆる言葉をもって語っていくし、まさか君の言語体系にすり合わせるなんてことはしないしできないよ、という宣言。「知ってる話」だと思っていたら大間違いだ。これだけでわくわくする。

しかも、これは全然「いい話」なんかじゃない。誰かと誰かが深く信頼しあっているとか、誰かが誰かをすんでのところで救出できるとか、そんなことは期待できない。ただ、必死に市場の中で負けまいとする人間たちが、一つ一つ順番に考えて行ったら、「住宅市場は破綻する」という結論に至り、好むと好まざるとにかかわらず、経済が混乱し、債権が紙くずになり、金融機関が倒産し、人々が路頭に迷う、つまり「アメリカ市場の負け」に賭けるしかなくなり、しかし、「負けに賭ける」人間を人々は信用しないから、当然嘲笑され、罵倒され、そうした中じっと「負けを待ち」、実際負けはやってきて、莫大な利益を得る、そんな、ダメにダメを重ね、グズにグズを掛けてさらにわけのわからないところからぼろぼろになってしまったドル紙幣の束を得る、そんなどうしようもない話。

彼らは住宅市場の欺瞞に気づくわけだから、その時点で言葉の水準が市場の中心とは違ってしまう。彼らの言葉を、市場関係者は理解できない。ボーダーをこえた言葉は荒唐無稽にしか聞こえない。彼ら同士の間でも、その水準は刻一刻変わっていく。

同じ英語だけれど、水準の違う言葉が矢継ぎ早に、口々に飛び出て、重なりそうで重ならない。それが、とにかくおもしろかった。何回でも見たい。

おすすめです。

おわり。

 

ところで、予告を見た段階では不愉快そう、めんどくさそうとしか思えず見るつもりがありませんでした。

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アウトロー、メタル系鬼才、怒り、反逆、伝説、不正を見破れ、常識を疑え、これがリーマン・ショックの真実だ、ウォール街を出し抜け! といった威勢のいい惹句にあふれてかっこいい……かと言うとやはりリーマン・ショックの記憶がまだ生々しいですから、「ふざけるな」という気しか起きない。ちなみに、元の予告も素材はほぼ同じ。でも沈鬱な雰囲気で、後味が全然違う。

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沈鬱なのは当然。観客は市場が大混乱して生活の場と生産手段を一時に失った人が大量に出て大変なことになったことを覚えているし、そして今となってはその破綻が2005 年、2006 年くらいの段階ではもう避けられなかったことを知っているし、その中で利益を得たということは、その人たちは「世界経済の負け」、思い切って大きく言ってしまうと「人間のダメさ」の方に賭けたことになるわけだから。華麗な天才大泥棒の痛快な話なんかじゃないわけです。

だから邦題と日本語版の予告は、良くないことをしたんじゃないかなと思います。「オデッセイ」の日本語版予告でも、主人公が地球に妻子を残してきているかのような印象を与える編集が行われていて、それは「悪いこと」に属するんじゃないかなと思ったんですけど、その手のミスリードは映画の予告では意図的になされる場合もあって、「オデッセイ」の場合は、主人公にそういった、ある種の動機付けがないということが最大のポイントになっていたので、そこを伏せた……と、とれないこともない。でも、「マネー・ショート」のはこの何年かで見た予告の中でも群を抜いて、良くなかった。

 

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