雨降り

幽霊について

失う、(   )作る、それを繰り返す

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そのときトニー・スタークは、アフガニスタン駐留中の米軍のジープで移動中だった。車内では誰もが、軍事企業社長であり発明家である有名人、トニー・スタークを乗せていることで緊張していた。そこでトニーは「私と話すのは禁じられているのか?」と兵士に話しかけ、記念写真にジョーク交じりに応じ、護衛についていた彼ら彼女らを笑わせるのだった。ところが、そこをゲリラに襲われてしまう。ついさっき笑いあった若い兵士たちが次々と撃たれ倒れていく中、トニーに向けられた小型ミサイルには「スターク・インダストリーズ」の文字。その文字から目が離せないまま、激しい閃光と爆風の中、彼は意識を失った。

 トニー・スタークは日常を維持する天才だ。職場であろうと、戦場であろうと彼はそこをあっという間に慕わしさのこもった空間へと変える。戦場で警護されながら移動するその最中にも彼はジョークを言い、人々の気分を和らげる。おしゃべりと笑顔で囲まれていること、それがトニーの日常だ。「アイアンマン」シリーズではその日常が不法に侵入を受け、トニーは日常から外へ連れ去られ、攻撃され、何かを失う。何かを失って、それを回復することがかなわず、傷は癒えず、代替物が与えられる。そのため何らかの依存症に苦しみ、「しかし」なのか「ゆえに」なのか判然とはしないが、ひとまず彼は整備士として振る舞い、働き、次の話へと向かう。その息苦しい繰り返しがアイアンマンシリーズだ。

 トニーが日常を維持する天才だというのは、父親の会社をスタッフそのままのかたちで受け継ぎ、さらに会社を大きくしてきた一方で、自分自身はメカニックであり続けたことにも表れている。何か新しいものを生み出すこと、生み出したものを整備して使い続けること、彼の仕事ぶりはシンプルで強い。「考える、作る、試す、改良する」の繰り返しとスピーチで彼はその日常を維持していく。トニーは破壊しない。

 兵器産業の雄で、「強力な武器が平和と富を生む」「我々はアメリカの自由を武器によって創りだす」という信念を持ち、それを体現すらした父が死んだ時、彼はどうやって立ち直ったのだろう。その傷は今なお癒えていないように見える。窮地に立たされると彼は亡き父に話しかけ、父の残したノートや映像をたどる。偉大なる父に対する素朴な敬慕。親子とは思えないほど、ねじれがない。彼は、父よその信念に本当に迷いはなかったのかと一度だけ問いかける。一度だけなのだ。トニーはわかっている。その答えは父のものであって、自分のものではないと。トニーは武器で平和を維持することの矛盾について考えるだけでなく、何らかの結論を出し、メッセージとして発信し、さらにはそれ自体をビジネスに繫げていく義務を負っている。父の業績は目の前にあり、さらには実現しようとしてできなかったものを窺い知るための資料も大量に残されている。それらを手がかりの一つに加えてトニーは働き続けるのだが、「核兵器をもたらした男の息子」と呼ばれながらも、その苦しみや恨みを亡き父にぶつけたりはしない。このトニーの「父の苦しみは父のもの、私の苦しみは私のもの」という態度は、シリーズを通じて「トニーらしさ」を感じさせる核のようなものになっている。

 「アイアンマン」冒頭で、攻撃されたトニーの胸には文字通り大きな穴が空く。心臓付近に爆発したミサイルの破片が刺さり、そのままでは一週間で死ぬ。それを止めるには電磁石で破片を引き止め続けなければいけない。テロリストに攻撃され拉致されたトニーの胸には、ミサイルの破片、その破片を引きつけておくための電磁石が埋まっており、さらにその電磁石を動かすための車載用バッテリーに繫がれていた。

 死にかけたトニーの心臓にミサイルの破片が刺さるのを食い止めたのは、トニーと同じように拉致されてきたインセン博士だ。二人は誘拐犯たちに強要されて武器をつくることになる。もちろん、言われるがままに作るわけはなく、相手の目を盗んで後にアイアンマンと呼ばれることになるスーツを作るわけだが、この過程で彼らは非常に興味深いやりとりをする。インセンはトニーに、家族はあるかと尋ねる。トニーはいないという。両親も他界しているし、妻も子もいない。インセンはそれじゃ解放されても寂しいな、私には家族がいる、だから必ず帰ると、ひどいことを言う。

 だが、実際のところインセンに家族はなく、身を賭してトニーを助け、トニーを帰すことに尽力するのである。帰っても一人じゃ寂しいじゃないかと語りかけた男は、おそらくある時点で絶望しており、最後の力を振り絞ってトニーだけを戦場から日常へともどしてやる。注目すべきは、トニーがこのインセンの言外のメッセージを過たず受け取り生き残ったという事実である。

 インセンは家族のために生き、人のために生きた。トニーはしかし、このインセンとは全く相容れない生き方をしている。トニーは家族のない人生じゃ寂しいという考え方はしない。恋をし、結婚し、子どもを持ち、それが人生だという考え方はしない。彼はただ、今目の前にあるものを少しでもましなものにするために尽力する。彼の現在は過去や未来に奉仕するためにあるのではない。インセンがもしそんな考え方をしていたなら、二人で逃走を図ることも考えられただろうけれど、残念ながらそんな力は残っていない。インセンが最後の力を振り絞ってついた噓にトニーは付き合い、その痛みにそっと触れ、力を借り、帰る。この慈悲深い冒頭部分が、「アイアンマン」シリーズを支えている。

 トニー・スタークをひと目見たときから好きだ。そのトニーが延々ひどい目にあうのが「アイアンマン」シリーズで、トニー好きにはこのシリーズに付き合うのは大変な苦労を伴う。なんとか見続けられるのは彼が延々心情を吐露したり、煩悶したりせず、迷った時にはメカニックであるという自分の基本にもどり、生産の場に立ち続けるからだ。いざというときは「金で解決」というのもヒーローものの主人公としては斬新だ。どうやら「4」もあるらしい。今から辛い。今年はあまりに辛くて「シビル・ウォー」をスキップしてしまった。いつかは見なければなるまい。

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