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雨降り

幽霊について

今夜一晩生き延びて映画大賞 2017

映画には「ラン・オール・ナイト」(2015 監督:ジャウム・コレット=セラ)ですとか、「とにかく今夜一晩生き残れ」「今日さえ無事に過ぎれば明日は……」という感じのジャンルがあります。「とにかく今は生き延びることだけを考えろ」映画とでも言いましょうか。今年はそのジャンル、早々に大賞が決定しましたのでここに発表します。

 

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原題:Moonlight

監督・脚本:バリー・ジェンキンス

原案:タレル・アルビン・マクレイニー

2016 年 アメリカ

小柄で内気なシャロンは今日もいじめっ子たちに追いかけられていた。必死に逃げ、行く宛もなく廃墟に隠れていると「ここよりはマシだぞ、こいよ」とフアンが連れ出してくれた。フアンはほとんど何も話さないシャロンを連れて帰り、妻のテレサに紹介し、食事を出してやる。そして帰りたくないという彼を泊めてやり、翌朝家に送っていくのだった。そんなことを繰り返すうち、シャロンがフアンに懐いていくのだが、彼は麻薬の売人で、シャロンの母親はフアンから麻薬を買う常習者だった。安心できる場所のないシャロンにとって、ただ一人安心できる相手が友人のケヴィンだった。

優勝。

シャロンには少し癖があって、人と相対しているときすぐに俯いてしまう。 それで上目遣いになってしまったり、ただ押し黙ったりすることになる。テレサやケヴィンが「また俯いている」と指摘するとそのときだけ顎を上げる、といったこともなくやはり俯いてはいるのですが、それでも、ちょっと相手の方を見て困ったような、悲しいような、嬉しいような表情をするわけで、そういう顔をされるとこっちだって泣きたくもなります。半分くらいは人間だもの!

すぐ俯いてしまうシャロンのそばにいるから、画角が絶妙な狭さ、低さで、スタイリッシュな画角まであと三歩くらいのところでふわふわと揺らめいている。それが見たことあるようなないような、やっぱり見たことのない感じで、シャロンのそばから離れたくなくなる。

見終わって半日経った今でも目の前にシャロンがいるような気がする。

シャロンが追い込まれたある日の事件というのは、別に麻薬がらみとか、売人たちがどうこうとか、あるいは母親がどうこうとか、そういうことではなく、学校の中でのことで、他の人から見れば、何もそこまで思いつめることはないんじゃないか、標準的な手続きを踏んで問題を解決すればよかったんじゃないか、と言えるようなことかもしれないけれど、私はシャロンがあの日死んでしまわなくてよかったとしか思えない。間違ったかもしれないけど、まずはああして、生き延びて、その後もずっと間違っていたかもしれないけど、死なないで生き延びてくれてよかった。

 

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原題:The Edge of Seventeen

監督・脚本:ケリー・フレモン・クレイグ

2016 年 アメリカ

ネイディーンにはクリスタという親友がいる。小 2 のとき、クリスタが一緒に毛虫を育てることを提案し、ネイディーンが快諾したときからのつきあいだ。ネイディーンには出会い系サイトでダメ男にひっかかったりする眉毛のきれいな母と、せっせと筋肉を育てていること以外は特に欠点のない兄がいる。兄は勝ち組、私は負け組とネイディーンは子どもの頃からひがんできた。その兄がよりによって……

これはこれで優勝。

ピタゴラスウィッチかというほど見事なテンポと規模で重なるトラブル。ネイディーンは自殺を決心し、それを担任に伝える。担任は「今から自殺する」という彼女のスピーチを聴いた後、静かにこう言った。「偶然だな。俺もだよ」そして、遺書を読み上げるのだった。

上の「ムーンライト」と同じ日に見ました。

家では麻薬常習者の母に育児放棄され、学校ではいじめられ、というシャロンの姿を見た後では、プール付きの家に住み、クラスメイトの家にもプールがあるようなクラスの高校生がどたばたしているのを見てもぽかーんとしてしまうだけなのではと心配しつつ見始めました。心配は無用でした。始まってすぐ、ぐいぐいとネイディーンの生活に入りこむことに成功し、ラストでは涙をふりしぼられました。

ネイディーンはネイディーンで痛切でした。

始まりは「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」的な語りで、そこで卑屈さや自己嫌悪、ねじまがった自意識がぱっと露わになるので、最初から見る方が主人公よりちょっと上に立たされることに。どちらかというと担任の先生とか、お兄ちゃん、そして親友のクリスタあたりと同じ目線に立って、はらはらどきどき、ははは、ははは、たはははは、……あ〜あ……あーーーーー! と慌てていると終わる。

ネイディーンの最悪の一晩はなかなかの最悪さ。本人からすれば立ち直るのは難しそう。それでも、ある年上の人物が彼女にささやいた「私も最悪のときがあったのよ。時間が解決するわ」という言葉に嘘はないと見ている側はわかっているので、がんばれネイディーン、やけを起こさないで、とりあえず家帰って風呂入って寝ろ、と思う。

そしてこう、つらつらと思い起こしてみるに、大体の映画は「何とかこの時を、生き延びよう」というメッセージを含むと思われるので、この賞自体はまたおいおい考え直すとして、今日は「ムーンライト」と「スウィート 17 モンスター」を続けて見たら意外なことにどっちもとても優しい映画だと思えたよということを書いてもう終わりにします。