プール雨

幽霊について

別世界、富岡製糸場

いつかは行きたいと思っていた富岡製糸場にたどり着きました。 

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券売所として使われている検査人館。

券売所の前を過ぎるとすぐに東繭置所に出ます。一階は現在展示場や売店として使われています。ここでいきなり脈絡なく富岡シルク石けんなどを購入していまいました。

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ばばーん。
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入り口のちょっとゆがんでいる窓と、タイルっぽい素材の注意書き

裏手から二階に上がれるようになっていて、乾燥させた繭を貯蔵したところが見られます。木骨煉瓦造の、この繭所の美しい骨組みをしげしげと拝見しまして、雨子感激です。

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二階に上がれます。
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繭を置いたところ。

 

繭所の向いには女工館と呼ばれる建物があります。工女さんたちに技術を教えるためにフランスから呼ばれた先生の住居だったようです。ベランダの天井に変わった工法が見られるとか。ゆくゆくは整備されて、中も見学できるようになるといいなあ。

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中に入ってみたい〜。

そして、いよいよ、操糸所です。繭から生糸を取る作業が行われていたところです。

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奥になが〜い。

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ばばーん

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ばばーん!
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あちらこちらから採光

これらは 1966 年以降に設置された自動操糸機。壮観です。

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お好きな方にはたまらないかと

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ここから先は行けません。

トラス構造で、内部に柱を用いない小屋組で、広々としている上に、採光のために工夫がこらされていて、隅々まで光が入ります。

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きれいです。

こちらは指導者、ポール・ブリュナと家族が暮らしていた住居で、首長館あるいはブリュナ館と呼ばれています。のちに工女さんたちがここで読み書きなどを学ぶ、学校になったそうです。

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中に入りたいです。

そして、あれに見えるは、寄宿舎です。

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ここから先は立ち入り禁止です。

近寄れないので、ズームイン。中にはまだ、働いていた方々が残したアイドルのポスターなどが残っているそうです。

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ゆくゆくは整備するのでしょうか。

いくつかの施設は修復中で、入れないところも多いのですが、115 年創業し続けた製糸場だけあって、ここで暮らして学んで働いていた人々の雰囲気がそこここに感じられます。ゆっくりとでも整備していって、見られるところが増えていったらいいなと思います。現状でもかなり見応えがあるのですが、西置繭所や乾燥場などの修復が済んだら、また来たいです。

製糸場のそばにある甘楽教会にも足を伸ばしました。蚕糸業、織物業とともに、キリスト教もこの土地では長い歴史があるそうです。

蚕糸業を中心として文化的にも経済的にも豊かな時代を経たこの町の、不思議な落ち着きというか、静けさは、こういうところからも生じているのかなと思いました。

 

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工女さんたちも礼拝に来たとか。

くたびれちゃったので、CAFE DROMEで甘いものをいただきました。私は底にお味噌でつくったカラメルが入っているプリン、雨夫さんはオレンジが香るクレープです。味噌のカラメル、おいしかったです。私は味噌が好きですので、わりと、味噌をつかった甘い物、味噌ソフトクリームなどは食べたい方です。

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おいしかったし、きれいだった!

商店街をてくてく歩いていると魅惑的なカレーパンが売られており、揚げたてをいただきました。カリッとしてもちっとしてしっとりしておいしかった。

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お肉屋さんのカレーパン、おいしかったです。

町のそここに木造三階建ての建物や、レンガ倉庫、古い建物を利用した市場などがあります。

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古い建物を直しつつ、増築しつつ使っていきます。

たっぷりお散歩をして、富岡を後にしました。ちょっとずついろんなものを整備しながら、静かに暮らしている感じが印象に残りました。

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かわいいホームです。

高崎に戻るとぐんまちゃんがお出迎え。

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ぐんまちゃん!

俊敏にお酒や甘い物、焼き鳥などをキープして新幹線に乗り込みました。新幹線はやっぱり快適です。

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帰りの新幹線ですばやく宴会。

家へのおみやげはお菓子とヨーグルトと石けん。うどんも買いました。これでしばらく家でも群馬の雰囲気に包まれそうです。

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石けん、さっそく使っています。

 

富岡製糸場をめざして

行きがかり上というのでもないのですが、突然富岡を訪ねることになり、朝、ばたばたと出かけました。

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新幹線で朝ごはん

高崎に到着すると、ぐんまちゃんがお出迎え。

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一所懸命はたらくぐんまちゃん。

心ゆくまでぐんまちゃんと遊びたいところですが、この日目指していたのは富岡製糸場。ここで乗り換えです。

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上信電鉄上州富岡を目指します。

上信電鉄高崎駅にはふしぎな待合室がありました。「電車型待合室」。

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使っていない車両を休憩室がわりにしています。

中はこんな感じ。テーブルと、自動販売機が親切です。

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すきあらばぐんまちゃんな群馬県です。

単線を楽しむため、車両の先頭、俗に言う「アリーナ」で風景にかぶりつきました。

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上信電鉄の車窓から

川は先日の台風の影響でまだ濁流のまま。流されたのか、橋桁だけが残っている場所などもありました。

そんな中をすいすい走る電車に乗って、富岡に到着しました。静かな街で、そこここに古い建物に改築や増築を重ねた建物がすっくと建っていました。

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元から建っていた蔵のかたちが残っています。

こちらは現役の釦専門店。

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釦専門店!

こちらは現在使われていないようなのですが、すてきな建物です。改築などの計画はないのかしら。

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もう閉めてしまったお店のようですが、屋根裏かなにかの明かり取りのかたちがかわいいです。

駅から富岡製糸場まではさほど離れていないはずなのに、あちらこちらで建物に目を奪われて、なかなかたどり着けません。とりあえず、見かけた食堂でしょうゆおにぎりといなり寿司が売られていたので、お店の軒先でぱくぱく食べました。ひんやりしているのにしっとりもちもちしていておいしかったです。

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脈絡無く、おむすびとおいなりさんを食べる。

さあ、では今度こそ製糸場に! というわけでもなく、酒屋さんにふらっと入りそこで群馬県みなかみ町クラフトビール月夜野クラフトビールをいただきました。店主の方に「台風はたいへんでしたか?」と尋ねると、ほんのいちブロック先のところまで避難勧告が出たり、これまたほんのちょっと先で土砂崩れがあったりして怖かったそうなのですが、製糸場付近はなんとか浸水もなくもちこたえられたそうです。避難勧告は、出ていたのではないかと思いますが、被害がなく、何よりです。

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喉がかわいたからと突然ビールを飲む。

というわけで今宵はここまでにいたしとうございます。

朝でかけるとき、鉄道でトラブルが続いたもんで、ちょっとくたびれちゃった。富岡製糸場は素晴らしかったので、また明日ゆっくり書きます。

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この近道は帰りに通りました。

のり弁追究中

 

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ざべす辺境伯、勉強中

仕事でちょっと受けとめきれないことがあって、その影響で一日お弁当をさぼったもので、この週のお弁当は控えめです。

初日はおむすび弁当。沖縄土産のおいしいお塩と梅干しのがひとつと、もうひとつは山椒ふりかけの。牛蒡を煮といたのが心の支えになりました。春巻きは生協で買った冷凍の。

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春巻き、切らない方がよかったかな?

二日目はのり弁。ちょっとのり弁らしくできたかな? ごはんに青じそと鰹節でつくったふりかけを乗せて、その上に焼いた海苔とさつま揚げの生姜焼き、椎茸のネギ味噌焼きです。はんぺんに詰めたのは、水菜ときゅうりのサラダ。引き続き、心の支えは牛蒡の煮物。場所を取るから。きゅうりはそこいらに生えている草をイメージして添えました。

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さつま揚げ、どーん

そして三日目。私はいつもごはんを三合くらいまとめて炊いて、それを一膳ずつにわけて冷凍庫にいれとくんですが、この日、あると思った冷凍ごはんが一人分しかなかったのです。それで雨夫さんの分だけ作りました。内容が前の日と大体同じ。はんぺんが卵焼きになって、心の支え、牛蒡がない。

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デジャヴのおかず弁当

そして、雨夫さんが前日とほぼ同じ弁当をもぐもぐと食べていた頃、私はスーパーでお寿司を買ってきてそれを食べてました。これで 600 円ちょっと。後で考えると、台風が近づいていたので、生もの売り尽くしセールみたいなことをしていたのかな? 右上の鰺なんか、けっこう大きくておいしかった。おほほ。

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すし、どーん

と、ここで台風が到着しましたので、雨夫さんの勤め先お休みのため、お弁当はここまで。あんまりお弁当つくらない週でした。

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台風が心配なぬるり鳥

台風 15 号、19 号とこわかったです。

ベランダのものを中にしまったり、停電に備えて備蓄やお手洗いのチェックをしたり、避難所を確認したり、そんな程度のことでも気ぜわしかったです。

SNS をのぞくと一人暮らしの人がずっと河川のライブ映像やニュースをチェックしていて、こわいだろうなあと思ってました。

私はこの間、家で仕事をしていたのですが、どうも台風にエネルギーが持っていかれていたみたいで、普段なら一日で終えるものに二日かかりました。「ゆっくりやった」という感じもしたので、仕事としては悪くなかったような気がしているのですが、まあ、やっぱりなるべくなら、あんまりハードな心配事がないところで働いていたいですね。

みなさんにお見舞い申し上げます。

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いつもと違うところで寝たみなさん

 

印象派のリアル

今、上野は「ハプスブルク展」で大盛り上がり。駅の改札を出ると、ばばーん! とベラスケスですわ。「青いドレスの王女マルガリータテレサ」。

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ざべすのライバル

しかしこの日のお目当てはベラスケスではありませんでした。

看板の前をわくわくと通過し、夕陽やパンダの気配を楽しみながら、

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上野で日が暮れます

「コートールド美術館展 魅惑の印象派」を見てきました。

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このスペースが好きである

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じゃじゃーん!

サミュエル・コートールド(1876〜1947)は代々絹織物業を営んできた実業家。イギリスで印象派がそれほど評価されていなかった 1920 年代、お気に入りの絵の収集を始め、10 年ほどでコレクションを築きました。芸術を人々と分かち合いたいと願った彼は、自分のコレクションをつくるだけでなく、国立の美術館にも積極的に援助したそうです。また、ロンドン大学に美術研究所ができると、コレクションの多くを寄贈し、1932 年、ロンドン大学付属コートールド美術館が誕生しました。現在のロンドン大学でのイギリス美術史研究の礎を築いたひとりということもできる、そんなお人だそうです。

印象派は比較的触れる機会が多かったのですが、今回初めて、自分なりに「印象派的な状態」になることができました。この展覧会に行って以来、壁の白も白く見えなくなりました。昔、ちょろっと日本画を描いていたのですが、多分、今このタイミングで描いたら私相当下手だろうなと思えるほど、色彩が複雑に見えるようになってしまいました。セザンヌが描きかけのまま終えてしまった風景画を見た後、飾られていたきれいな壁に目をやったら、そこにいろんな色が反射しているのが見えて、そうか、これをこのまま描こうとするとああなるのだなと思いました。

何と言ってもやはり印象深いのは、ポスターにもなっているマネの「フォリー=ベルジェールのバー」。 

吸い寄せられるのは、画面中央にいる彼女の一瞬の表情。「一瞬の表情なのだろうな」という感じのする、外に気持ちの向いていない、思わず出てしまった素顔の、何かと何かの間にある表情です。一方、彼女の後ろにある大きな鏡は、この彼女ではなく、一瞬前なのか、一瞬後なのかわかりませんが、この彼女が肩を落として男性と話しているところを映しています。一枚の絵の中で、ほんの一瞬なのですが時間が動いていて、本人と鏡の映った像にずれが生じています。それで鏡に映る他の客達の動きにも興味が出てしまいます。彼女に流れる時間を目にしてから見ると、彼ら彼女らもまた動いているように見えるのです。

この独特なリアルがすごい。

19 世紀、視線革命の世紀だったのですねえ。

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コートールドさんがお気に入りで詩まで捧げたという「桟敷席」

外に出ると月がぴかぴかと輝いていましたが、うまく写真に収めることができませんでした。

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心眼プリーズ

次はこの秋話題のゴッホかな? 「コートールド美術館展」でも一枚だけゴッホがありました。おっしゃれ〜、うま〜いと思いました。ゴッホはおしゃれで好きなのですが、この私の軽々しい印象が変わってしまうのではとこわくもあります。

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映画もある、ゴッホたん

駅のそばにある、チキンがおいしいお店でごはんをいただきました。ワインも飲んだし、いい気分になりました。

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最後は結局肉

 

泣くな、風呂入って寝ろ、そして元気出せ

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人として、記事に花や実を添えてみます

『毒戦 BELIEVER』(原題:"BELIEVER")を一体いつから楽しみにしていたことでしょう。ジョニー・トーの『ドラッグ・ウォー 毒戦』のリメイク。『ドラッグ・ウォー 毒戦』は当然見ました。公開初日かけつけたら満席で入れなかった。そのため、日を改めて見に行った……あれは確か『ドラッグ・ウォー 毒戦』ではなかっただろうか。 

poolame.hatenablog.com

「初日に行って満席だった『ドラッグ・ウォー 毒戦』に再挑戦してきました!」って書いているから間違いないようです。そして自分の書いた感想を自分で読んでも内容が今ひとつはっきりしません。でも、めちゃくちゃおもしろいらしいです。ばっちり思いだせるのは、麻薬製造を営む兄弟の華麗なアクションと、ルイス・クーの不気味なヤク中表現です。

www.youtube.com

あっ、やっぱりおもしろそうだなあ! 

こうして、改めて原典映像を見てみると『毒戦 BELIEVER』は全然雰囲気が違うことがわかります。このハードさと不穏さは香港ノワールならでは。『毒戦 BELIEVER』はきーんとしていました。

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見て見て、おもしろそうでしょ

雪壁の間、雪の谷間を行く一題の車から映画はスタート。この雪原はどこ? 雪の、ほそい谷間を渡ってこの人はどこに行くの? 行く先があるようには見えない……と雪で頭のねじが抜かれ、ぼんやりしてしまいました。おそらくこのシーンの後、タイトルが入った……のだと思いますが、タイトル、もしかして最後に出たかなあ?

とにかく。

横長の雪景色がとてもきれいで不安。ここがどこだかわからない。

そんな風に始まって、完全に引き込まれました。

「イ先生」と呼ばれる謎の人物がコントロールする麻薬組織があって、しかし、組織の人間でもそのイ先生にほとんど会えず、本名すら知られていない。主人公はこの組織とイ先生を追う刑事、ウォノ。ウォノが未成年のスジョンに捜査協力させたあげく、彼女を死なせてしまうところから話は始まります。

ウォノがスジュン死亡の責任を追及されていたころ、山間で工場が爆破事故を起こします。麻薬製造工場でした。全員死亡か、というところで発見されたひとりの青年、ラク。彼がもうひとりの主人公で、ラクは工場爆破により自分の母が死んでしまったこと、飼い犬が大やけどを負ってしまったことを知り、組織への忠誠を翻し、情報を提供します。このラクとウォノが潜入捜査で協力しあうなかで、いつしか友情を育て……

というわけではないところが魅力。

ラクとウォノはあらゆる意味で非対称で、互いのことを信じるかどうかという議論の俎上にものれません。

ウォノという人はかっとしやすく、捜査ではつっぱしってしまうところもありますが、基本的に嘘をつく能力がなく、口にする言葉には確信が宿る人で、そのため、打ち明け話に弱く、すぐ涙ぐんでしまいます。

ラクにはそういう彼のことは理解できなかっただろうと思います。麻薬製造工場育ちで、選択肢もなく麻薬組織の下っ端で、当然、意志や意見を尊重される機会などなく、ひとつ、イレギュラーな言動を取っただけで殴り飛ばされる日々です。ラクの、身の上を語る短い言葉に目を潤ませるウォノを見て、彼は大きくため息をつきます。驚きにも似た生体反応としてのため息が印象的です。

しかし、「信じる」という言葉を口にするのは、ウォノではなくラクの方だというのが、また「信じる」という言葉の不思議さだなあと思います。

私は「信じる」ということがよくわかりません。

と、書いてみて、あっ、そうでもないなと思いました。

私はおそらく、誰かの言うことは信じ、別の誰かの言うことは疑ってかかり、そして、大抵のことは(かっこ)にくくって、わかるまで置いておくという、ごくごく標準的な仕方で「信じる」という言葉のまわりにいると思います。

めったやたらに「信じる」とは口にしていないと思います。

「わかった/わからない」とは言っていると思う。

これは、ウォノの言語体系に近いと感じる。あえて言うなら、ふつうの人の言葉。誰かと誰かと誰か……の間で働いて生きていくうちにできあがり、更新されていく、自分が所有しているわけではない言葉。その体系のなかでは「信じる」は論理的に、そしてときに倫理的に飛躍が要求される分、分が悪く、登場回数は「疑う」より断然すくない。決断、勇気、あるいは盲信や狂気のそばにある言葉です。

ラクはこの「信じる」という言葉をよく口にしました。これが後から振り返ってみると切ない。

彼があることに関して言った「信じる」という言葉には嘘がなかったということは、その後の経緯が証明している。それはほとんど信仰だったと思う。

彼が何を待ち望み、期待し、そしてそのとき、何が起こったのか、ということが映画のすべてになります。

というわけで、話をもどして、とにかくこの映画、風景がきれいでした。とくに、冒頭の雪原と、塩田のなかにぽつんとたたずむ通称「塩工場」の風景。塩田に映る青空、夕映え、そして夜空。そのなかで、ラクは仲間に母親が死んだことを伝え、仲間達はささやかな葬儀をあげてくれます。ラクは線香代わりの煙草をあげたあと、額ずいて、長いこと顔をあげませんでした。そのとき、彼が何をどう思っていたのか、わからないのに、ウォノは涙ぐんでしまいます。でも、額を床に押しつけたままじっとしているラクの姿をただ黙って見ているウォノと、ラクの横顔を交互に見ながら、私もまた、何も考えられませんでした。

というわけで、おすすめです!

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ひゃ〜〜かっこい〜〜〜〜!

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満を持してメインのポスターを撮ります

 それでこの感想文のタイトルなのですが、どこがどうしてそうなるのかわからないものの、見ている間中、映画からそう言われているような気がしたので、こう書きました。私はたまに夜中、死んでしまいたいなと思うことがあって、その気持ちが 10 数えても続いたら、隣で寝ている夫を起こして、打ち明けようと覚悟して、深呼吸しながら 1、2 と数えて、数えているうちに寝てしまいます。そしてさっぱりと目覚めます。だから、「死んでしまいたいな」は多分、「疲れた」と「死にたくない」と「こわい」とその他いろいろが混ざった結果、間違って出てくる言葉なのでしょう。だから今は大丈夫。でもこの先、自分が疲れ切ってしまうようなことがもしあったら、そのとき自分は、自分の言葉はどうなってしまうんだろう。ラクのように、「信じる」と言ったりするんでしょうか。

この映画は「疲れ切ってしまう」ということについて描いている部分もあって、あらためて、私たちの誰もがそうなってしまうことをこわいと切実に感じました。それで繰り返しなのですが、どこがどうしてそうなるのかわからないものの、この『BELIEVER』を見ていたら、泣くな、風呂入って寝ろ、元気出せ、と言われているような気になった、という不思議な映画体験だったのです。

秋の贅沢弁当

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秋ですわ

珍しく朝から揚げました。といっても、茹で鶏を揚げたのでかんたん。友だちからわけてもらったかぼすが贅沢です。

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唐揚げどーん

きのこにかぼちゃと、まあまあ秋っぽいなかに、いちじくをどーんと入れて、秋の贅沢を決めました。今年はそこそこいちじくを食べる機会があってうれしかった。去年は「もうちょっと安くなったら買おう」とか思っているうちに市場から消えたので、今年は出始めから勢いよく食べてました。主に生で。皮ごと。

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チーズハンバーグどーん

たまにつくるサンドウィッチ。この日はまだまだ残っていたハンバーグと、たまごの二種類。サンドウィッチ弁当のときは、前日のうちにきゅうりを切ってふきんに包んでおいたり、タマネギを塩でもんでおいたりといった準備をします。

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撮り方がいまひとつわからない

この週ののり弁は、メカジキの西京漬けをメインにしました。西京漬け、かならずおいしくなるから好き。のり弁に備えて蓮根と人参のきんぴらや小松菜のごま和えを用意しましたが、やはりのり弁にはちくわの磯辺揚げとかないと開けた瞬間の「うわあ」って気持ちが半減しますね。次回はなにかを揚げます。

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めかじきの西京漬けがおいしかった

夫が突然高級スーパーで買ってきたセミドライトマトとオリーブのマリネ。ちょこちょこ食べていたんだけど、なかなか食べ尽くせなくて、最後は卵焼きになりました。おいしかったです。

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たまにつくるおむすび弁当

 ところで、生協を利用しているのですが、配達が週に一度で、そのときに食材を一週間分どどんとおさえるという、そういう生活をしています。そのため、配達日の朝ともなれば、冷蔵庫の食材が大分さみしい状態になっています。「冷蔵庫にたまねぎしかない」とか、そういうことになることも。この日も選択の余地がなく、とにかくあるものにすべて火を通して詰める以外に選択肢がなかったので、栄養が偏っています。

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無計画に詰めました

思い切って一度、「なだ万の弁当を買ってきて、それを弁当箱に詰め直す」くらいの大胆さをもって臨まないと、私の弁当は一生こんな感じかもしれませんね。さっき、崎陽軒の焼売弁当を食べたら完璧においしかったです。開けた瞬間のうれしさ、最後のひとくちまで飽きが来ない構成。すばらしいと思います。私もあのような弁当を作りたいものです。

 

秋の小金井公園

小金井公園ではお月見&大茶会で屋台が出ていて、なかなかのにぎわいです。

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二胡の演奏などがありました

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見るだけでわくわくする屋台のみなさん

近くのお店からカレー、焼き鳥、たこ焼き、ジェラートなどなどたくさん屋台が出ておりまして、昼から生ビールとたこ焼きをいただきました。このたこ焼きは和菓子屋さんが作っている、こういうときでなければ食べられないもので、とにかくおいしいのです。お祭りのときだけ食べられる、たまごたっぷりたこ焼き。雨夫さんは大判焼きをアテにして日本酒を飲みました。

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公園ごはんのお楽しみ

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猛暑、暴風雨、台風などを生き抜きました

ゴンズイ(権翠)の実が熟していました。夏になると地味な、花かどうかもわからないような黄緑色の花を咲かせるこの木がゴンズイという名前だとわかり、たいへんにさっぱりしました。

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ゴンズイという名前の木

小金井公園には「たてもの園」といって、東京のあちこちから古い建物を移築した広場があります。すてきなところですが、有料なのです。今日は無料で、中でお茶会などをやっていました。

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台東区にあった小間物問屋さん

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玄関から奥まで風が抜けるのはすてきです

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明治初期に創業した文具屋さん

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荒物屋さんの店先

たてもの園はまじめにひとめぐりしてしまうと小一時間かかるので、今日は半分くらい拝見して、あとにしました。

表に出ると、この園のまわりを囲んでいる堀のところにアオサギが来ていて、優雅にぼんやりなさっていました。よく来ているのかな?

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アオサギさん来てました

来週辺り、コスモスまつりが始まります。今はこんな感じ。

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モネっぽく撮れたとご満悦

満開になるとなかなかの見応えなので、楽しみです。

天気がよくて、充実のお散歩でした。家に帰ってみると喉がからからだったので、三ツ矢サイダーをごくごく飲んでお昼寝しました。













下書き大放出

ちょこっとメモをブログの「下書き」に置いておいて、「後でちゃんと書こう」なんて思っても「後で」はやってきませんでした。下書きは何週間も何ヶ月も、時には何年もそこにありました。この辺りで諦めて、放出して、きれいな体になりたいと思います。 

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秋ですね

2017 年 4 月 24 日

ちょうど前日、「エイドリア〜ン」のことを考えていたのである。ロッキー・バルボアさんがあれもこれもそっちのけで叫んだ「エイドリア〜ン」のことを。

あるいは、『激戦 ハート・オブ・ファイト』でチン・ファイのところにシウタンが帰ってきたときのことを、『ビフォア・サンセット』でセリーヌの歌を聞きながら考え込むジェシーのことを、『マーゴット・ウェディング』で髪を振り乱してバスに乗り込むマーゴットのことを。

つまり、「帰る」ということと「流れる」ということについて、うっすらと考えつつ、『イップマン 継承』を見て、ぴたっとはまったのです。

『イップマン 継承』の感想でした。記事はここで止まっている。そして、この後何を書くつもりだったかびたいちもん思い出せません。このとき一気に最後まで書くべきでした。

 

 2019 年 2 月 18 日

タイトル:「ジェリー」

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ジェリーは一見おとなしくて優しげだけど、プライドが高くて

J. D. サリンジャー

記憶だけで J. D. サリンジャーについて言うと、戦後『ライ麦畑でつかまえて』が大ヒットし、若者の代弁者のような地位を確立するも、人付き合いを嫌い、森の奥の一軒家に引きこもり、若くして隠遁生活に入り、ほとんど表でに出てくることはなかった……。

サリンジャーの『ライ麦』、『ナインストーリーズ』、その他グラース家のシリーズを高校のときに読んで、わりとまわりでは酷評寄りの読まれ方をして

ダイイングメッセージっぽい。

ニコラス・ホルトサリンジャーを演じた『ライ麦畑の反逆児』 の感想を書こうとしてめんどくさくなってしまったようです。

映画はおもしろかったです。サリンジャーを脱アイドル化することに成功していて、痛ましいような、腹が立つような、悲しいような、不思議な後味でした。

 

2019 年 6 月 8 日

タイトル:「おもしろくもないときに笑いたくない」

常に真顔でいたいと思ってまして、もし私があなたと相対して薄ら笑いを浮かべていたらそれはいちじるしく機嫌が良いとか、楽しいとか、そういうはっきりした理由があります。

おもしろくもないのに笑ったりはしません。

2019 年 2 月 13 日、19:17:27にはてなハイクに次のような投稿をしていたようです。

『ちいさな独裁者』("Der Hauptmann" ロベルト・シュベンケ)

 

・冒頭、脱走兵が命からがら逃げ出して、やはり脱走してきた男と二人、互いを監視するでもなく助け合うでもなく行動をともにするようになったくだりで、「あ、この二人が無言で生き残りをかけてどうのこうのしていくのだな」とか思ってしまったので、ま〜〜びっくりしましたけど、帰りによく見たらポスターに全部書いてありました。
・素朴な話で恐縮ですが、空気なんか読んでまわりに合わせて巨大な機械の一部になったりしたらもう後戻りできないんだってことにかんして人類は共通理解がもうそろそろ、いいかげん、必要。

・だって、全然、第二次世界対戦から立ち直れないじゃん。

(引用注:「今日観た映画に 3 行コメント!」というキーワードに書き込んだので、感想が 3 項目の箇条書きになっています。)

 第二次世界大戦末期、軍隊を脱走したヘロルトは、逃走中に大尉の軍服を発見した。それを身にまとい、大尉に成りすまし、偶然出会った兵士に「密命を受けている」と言ってしまう。軍規を破った兵士の裁判と処刑を一任されていると。最初はほんの二人だったが、歩を進めるたびに親衛隊の人数は増え、処刑される兵士の人数も増え、いつしかヘロルトは

すごいところで終わっている。経緯じゃなくて、自分の気分みたいなものを書きたいんだけど、と思って書くのを一旦やめてしまったようです。最後まで書いとけばよかった。

『ちいさな独裁者』で、「いつでもどこでも、こういうことに関してはみんな一緒なんだな」って思うシーンがあったのです。「こういうこと」というのは権力と笑いについてで、差別ギャグをみんなで一斉に笑うことで、暴力共同体みたいなものが強固になっていくというのかな、そういう手法や構造というのは、人類共通だなあって思ったのでした。

 

 2019 年 8 月 14 日

タイトル:「情報と人をつなぐ」

図書館はちょくちょく利用します。大体4〜5件の図書館を併用していまして、たまにこの資料はあっちの図書館、この資料はあっちの図書館と行く方向がばらけていたりすると、まあ、大変かな、と思いつつ、図書館そのものがなくなっちゃうよりはましです。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』に映されている図書館は「公共」図書館で、税金と寄付の両方で成り立っていて、そこがまず強いなと思います。

 

この映画を見ながら、「公共」って何だろうな、私たちの「公共」って今、どうなっているだろうってことを考えていました。

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充実のパンフレット

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赤くておしゃれな椅子

 これに関係して読みかけの本もあって、結論が出ていないので、ずっとここで止まったままです。

「公共の」という言葉が即「国の」という意味、用法になってしまったりすると危険だなあと日頃思っていまして、今、そこに近づいているんじゃないかと思います。「個と公」という言葉が即「国民と国」という意味で通じてしまうような世の中だと息苦しい。「私」と「国」がぴたっと接触していて、常に頭の隅に「国」があるような日本語の体系になってしまうときつい。

「公共の」とは、「私たちの」「一般の」「社会の」といった意味で、私たちひとりひとりが生きていく際に、つながりうる様々な機構を指していて、そこには「情報」や「歴史」や「文化」「芸術」、ありとあらゆることが含まれると思う。

図書館は、ひとりひとりの人とそういったものを繋ぐ役目をしていて、そのとき、どんな情報とひとを繋ぐかという議論に政府はなるべく立ち入ってほしくない。大元のところで情報を見えないようにしたり改竄したりするのは重大な権利侵害だし、そもそも「制限」だとか「監視」「管理」といった創造的でないことにエネルギーを割くのを見ているのはきつい。

あいちトリエンナーレのような美術祭に税金が投入されるのは、作家のためというよりは私たちひとりひとりのためで、情報や文化や芸術と人々を繋ぐ「公共空間」の創出と維持、調整は私たちひとりひとりの重要な役割。

と、いうようなことをつらつらと考えているだけで、まとまらない毎日です。毎日いろんなことが起こるし、基本的にこの五、六年、ずっとくらっとしているの。

ひさしぶりのお弁当

海も行ったしフェスも行った。弁当も休んだ。晩ごはんは基本的に麵だった。

そんな夏もおわりました。そして弁当生活に復帰しました。

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お弁当の中身を推理中のくまぽー。

十数年、お弁当ライフを続けているのに、一夏休んだだけで今ひとつ作り方がわからなくなり、最初の数日は「あれ、こういう感じだっけ?」とぼんやりしていました。

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作り方も撮り方も忘れた弁当。

作り置きで用意していたのは、かぼちゃの煮物、ピーマンの肉詰め、きのこと蓮根の炒め物、クレソンをゆでたのなどでした。

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撮り方を思い出した弁当。

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たまに食べたいチャーハン弁当。

この日は私が昼間、名画座二本立てにでかけたので、夫だけお弁当。塩豚を仕込んであったので、切って焼いてごはんに乗せた。ごはんと肉の間には紫蘇とタマネギ。

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肉の存在感。

そして私に突然ののり弁ブーム到来。のり弁を作りたい欲が高まったものの、よく考えたらそもそものり弁をあまり食べたことがなく、想像でつくっています。初日はごはんが二段で、真ん中に豚肉とタマネギの生姜焼きを敷き詰めました。食べた感想は「想像通りの味だが、これでよいのだろうか」です。なにせゴールがわからないので。

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憧れの目玉焼きのせ弁当。

二日目は、鶏の味噌漬けをのせました。これはヨーグルトと味噌でもみもみした鶏をしばし放置しといて、焼いたもの。かんたんでおいしい。ごはんは一段で、上にタマネギ・紫蘇・かつおぶしにめんつゆをちょろっと混ぜたのをかけて、その上に海苔を敷きました。おいしかった気がします。海苔とごはんの間にある何かが肝要だということにこの日気づきました。茗荷はお花をイメージしています。

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もうちょっと売ってる弁当みたいにしたかった。

のり弁への挑戦はまだまだ続きます。現時点では、お弁当のふたをぱかっとあけたとき、そこに海苔がちらっと見えていた方がのり弁らしい感じになることがわかったのですが、雨夫さんのお弁当箱は表面積が小さいのでそれをするのはちょっと難しいのかなあ、難しくないのかなあ、という気持ちです。

 

ふりかえる

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スターがいっぱい

ちょっと前、"ONCE UPON A TIME IN HOLLYWOOD" を見に行ってました。

1969 年のお話。

若い美貌の俳優シャロン・テート、主人公リックと共演する子役のトルーディ、そしてリックのスタントマン、クリフが街で拾うプッシーキャットと呼ばれる女の子。この三人は初登場かあるいはそれに近いシーンで同じ姿勢を取っています。シャロン、トルーディ、プッシーキャットと繰り返される同じ姿勢。同じ姿勢を取るのだから、基本的には同じ役割ないし同じ人物として登場していると考えられます。それはすこし低めの視点から映されていて、映画の中の彼女たちに素朴に憧れるすこし小さな人の、女性たちをまぶしく感じ、どきどきする時間を追体験させてくれる演出です。

彼女たちの足の裏は汚れています。小さい子にはそれがよく見える。さすがに衣装に身を包むトルーディの足の裏は汚れていないだろうけど、リックが提案した演出により、彼女は汚れた床にたたきつけられます。まばゆいまでに美しい人の、ほこりにまみれる姿が画面中央に現れるや、彼女はけろっとして立ち上がり、リックのアイデアと演技を褒め称えます。するとリックときたら顔をほころばせ、涙ぐみさえするのです。

シャロン・テートもトルーディもプッシーキャットもまず最初に一瞬、「女性」として現象します。そのことが画面を輝かせ、彼女たちをめぐる登場人物たちを輝かせますが、その後、つるりと彼女たちは固有名のある存在として、よりはっきりとした輪郭を見せるのです。

トルーディという聞き手の前でリックはホラ話に精を出します。自分でふいたホラで涙ぐむリック。でもトルーディが聞いてくれて、感想を述べ、彼を励まそうとするので、その涙も半ば本物になります。リックの話の聞き手として登場するのは基本的にはこのトルーディとクリフしかいません。彼女と彼以外の前ではリックはただ黙って話を聞き、ときには偉そうな説教めいたものまでされても笑顔を絶やさず聞いています。そして、一人の部屋で台詞を必死におぼえ、一人のトレーラーで自分のふがいなさに涙します。リックは基本的には一人でいようとする人。その彼にトルーディやクリフといった飄々とした人物が二人組マジックのようなものを与えてくれる、というのがすてきです。

シャロン・テートはほとんど台詞がありません。メインとなるのは、彼女が休日を一人で楽しむ場面。街に出て、ゆったりと歩き、映画館にふらりと入る。そこでは自分が出演した映画がかけられている。客入りはまあまあ、とはいえない。昼間だし、がらがら。そのがらがらの客席にシャロンはわくわくとすわり、ゆったりと肢体を伸ばします。そして自分の出演シーンに目を輝かせ、まわりの観客たちと一緒に控えめに笑ったり拍手したりするのです。そのときのとびきりの笑顔が胸にやきついています。彼女の夢がぱっと花開く瞬間です。

この映画は「これは昔々のお話です」と始まっておいて、そのなかから個々人の現実と今が立ち上がっていくというつくりになっています。「昔々」が「今の話」になったなあという瞬間の積み重ねにわくわくします。

この、今の話だ、今の映画だという自分の感慨は何なのかなと思う。

たぶんそれは映画と観客の間に生じる必然性と切実さの度合いのことで、"ONCE UPON A TIME IN HOLLYWOOD" と私の組み合わせは、結構切実だったのです。

1969 年。私はまだ生まれていません。だから、私より年上の人たちが言う「昔はよかった」という感慨が私にはありません。この映画は私より年上の人が子どもだった時のお話。大人たちの多くは煙草をスパスパ吸っていて、吸い殻をぽいっと地面に投げつけていた。強いお酒でカクテルをつくり、ストローでちう〜と吸ったり、ずずずっと飲んだりしていた。男の子と女の子はやっかいな手続きをふまずに、目と目で語り合い、それで了解を得、デートを重ねた。屋根に上がりアンテナを直そうとしたら、隣家から聞こえる大音量の音楽。それを聞きながらいい気分でビールを飲む。膝から下はゴミための、ぱさぱさした街で車に乗り込めば、何の悩みもないような気がしていた。とはいえ、大人たちには悩みがあったのかも。実際、リックはトレーラーで咆吼していたし、クリフは道端でゴミをあさる子どもたちのことを気にしていた。映画界は二人をおきざりにしつつあった。でも、クリフが運転し、助手席にリックがいる車の後部座席に乗って、彼らの間を渡ってくる風を受けると、なんだかそれだけで幸せな気持ちが胸にあふれて、そうだ、私もクリフのような大人になって、リックのような友だちを車に乗せてどこまでもどこまで二人で行ってみたい、そんな風に思えました。

それがかけがえのないことだったと思う、という体験でした。

そんな体験をいま、この年齢ですること。

会ったこともない人が子どもだったころの視点に立って、現実には味わったことのない安心感と希望を感じました。同時に、自分は現代の大人だから、ゴミを道端に捨てないし、常に自分の公共性を気にしている。すこしでもましな言動を取りたいし、相手がいやだと思うようなことはしたくない。

でも、晴れた日にベランダで靴を磨きながら、隣家から流れてくる大音量の 80 年代ポップスに耳を傾けてみたい。まるでそこにいないような体で互いに気を遣い合って暮らすんじゃなく、もっとオープンでいたい。互いの出す雑音を聞き合いながら元気よく暮らしたい。

"ONCE UPON A TIME IN HOLLYWOOD" を見ることは、そういう気分を味わうという体験でした。

同時に、『イングロリアス・バスターズ』や『ジャンゴ 繋がれざる者』を見たときには感じなかったためらいも感じました。

それは単純に「現実には起こらなかったことを映画の中で起こす」ことと「現実に起こったことをなかったことにする」こととの違いに起因していて、そのためらいは完全に倫理的なレベルで生じるものです。「これはやっていいことなのか」というためらいがずっと消えません。

でも、あんなことがなければ、あの夢のようなハリウッドの世界が続いたとは、この映画も言ってはいない。あの事件が起こる以前に変化は訪れていて、リックもクリフもそれを受け入れざるをえないし、そこで何とか生き延びようとしている。だから、あの事件の結末が違ったとしても、結局、1969 年にはまだかろうじて吹いていた風がやんでしまうことにかわりはありません。

私たちが失ったのは、街を歩くときにわきおこる、自分たちの先行きに対するわくわくとした期待や、誰かの運転する車で安心しきって過ごすことや、汚れた床や土の上を素足で歩くこと、その足を人に見せること、夢を全身で楽しむこと。

シャロン・テートが現実にいないということを自分の片側で意識しながら見ると、「私たちはこれを失ったんだ」とシーン毎に思います。

だから、結局は、ただ単に、あんなこと起こってほしくなかった、と何十年も胸を痛めつづけ、後悔に似た気持ちにさいなまれている人の姿が見える。

あんなこと、なかったらよかった、とぽつんと口にした人がいて、ぽつんぽつんと思い出にライトを当てていったら、ああいう映画になりました。

そういうことなのかな、というところまでしか考えられない。

従妹の運転する車でドライブするのが好きでした。二、三回しかないのですが、決まって後部座席に叔母と、従妹の子を乗せて、私は助手席でけらけら笑っていました。最後にドライブしてからもう 5 年くらい経っていて、その間に私が生まれた家では大きなトラブルが複数起こり、私は帰れなくなりました。従妹にもアクシデントがあり、多分、彼女の運転する車の助手席に乗ることはもうないだろうと思うのですが、私は時々、あのドライブを思い出します。「あのときはよかったな」とかそんな怠けた気分ではなく、ただ、切実に思い出します。そして自分が失ったものをじっくり考えます。失ったのだ、ということを受け入れます。たまにそういうことをします。