プール雨

幽霊について

診療所のウィルソン 3

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 部活か生徒会に参加していれば推薦もできるんだけどな、と学校で一度ならず言われた。学校側からすると、「浪人できない」「国公立しか受験できない」という条件が私にはハードに見えたらしく、ついついそういうことを本人に言ってしまったということなのだと思う。

 それでむっとしたりしゅんとしたりする余裕もなかった。

 今言われてもな、という気はしたけれど、それを高一のときに言われていても私は動かなかったと思う。

 部活動については生徒手帳に「参加できる」とだけ書いてあったので、参加したければ参加できるということなんだなと考えてどこの部にも入らなかった。一年のときに同級生に「どこの部に入る?」と聞かれて「入らない」と答えたらすごく驚かれて、それっきりだった。

 何部に所属することもなく、また塾や予備校にも通っていなかったから、私には友だちができないのではないかと危惧する声もあった。友だちはできた。元子だ。自分で書いた小説を彼女と交換して読み合うのが高一の終わり頃からずっと続き、それが私の部活といえば部活なのだった。

 元子は物理部に所属していて、当時パソコンを作っていた。おもしろそうだった。私もやってみたいと思わないではなかったが、とにかくみんなで何かするというのが難しそうに思えて断念した。

 私は放課後、図書室でちょっと何か読んだり書いたりして、元子と待ち合わせていっしょに帰るのが習慣だった。

 元子は劇的な恋愛小説を書いていた。ちょっとずつ進む主人公たちの関係にじりじりしながら読み進めていると、突然いちどきに関係が進み、びっくりすることがあった。どうしてそうなるかわからない、というよりは、そこに向かって話が進んでいるのは冒頭からわかっているんだけど、まだずっと先のことだと思っていると急にそうなるのだった。あるとき、そんな風にやっぱりびっくりする展開があったあと、主人公が食べるバタートーストの詳細な描写に笑った。

 元子は偏食で、食べられるものが限られるうえに味の好みも偏っていて、焼いたパンに七味や黒胡椒をたっぷりかけて食べるような人なのに、そのバタートーストはふつうのバタートーストで、焼き方や焼き加減、バターの量、温度などが詳細でおかしかった。それを伝えると、「調べたんだよ、バタートーストの焼き方、本で!」と彼女は胸をはった。

 「あー、給食のパンでいいから今食べたい」

 と元子は言った。

 「バター、冷えてるけどいいの?」

 と聞くと、

 「あれがな〜」

 と悲しげな声を出した。

 私の方は女の人が二人で暮らしている話を書いていた。三十歳くらいで、姉妹でもない二人が働きながら暮らしているので、町の人は「結婚しないのか」とか言ってくるのだけど、二人は二人でちゃんと暮らしているのだった。

 書いている間は楽しく、自分で読んでも楽しいのだが、私はそれをどうやって「おわり」にしたらいいかわからなかった。

 「いいよ、ずっと続ければいいじゃん、大長編!」

 と元子は言った。

 その小説には私より小さいけど、私みたいな女の子が出てきて、時々二人の家に遊びに行って色々と話を聞いてもらっていた。その女の子には両親がいた。その人たちが、元子が言うには「恭子のお父さん、お母さんってきっとこんな人なんだろうなって感じでびっくりした。想像通りだったから」ということだった。

 小説の中の両親は理想の両親だった。こんな風に言ってくれたらいいなとか、こんな風に放っておいてくれないかなとか想像したことを書いていた。実際は全然違う。私は親がこわくて家もこわかったので、家に元子を呼んだことがなかった。彼女と私の家は高校を中心にしてちょうど反対方向にあって、気軽に遊びに行ける距離でもなかったから、特にそれで互いにさみしいということもなかったのだけれど。第一私には色々と相談できる町はずれの魔女もいないし。小説は全部想像の産物だ。

 だから、元子に「想像どおり! あんなお母さん、いいなあ」と言われると不思議な気持ちがした。元子の前にいる私は「私が想像している私」に結構近いのかもと思えてうれしかった。