プール雨

幽霊について

コーヒー映像 (6) あのコーヒーを飲みたい 『悪魔を憐れむ歌』

 

 

原題:Fallen

監督:グレゴリー・ホブリット

脚本:ニコラス・カザン

1998 年 アメリ

ジョン・ホブズ刑事(デンゼル・ワシントン)が逮捕した連続殺人犯のリースに死刑判決が出た。死刑執行はホブズや上司のスタントン警部補などの立会いのもと、行われた。リースは処刑間際に謎の言葉を唱え、ローリング・ストーンズの "Time is on my side" を歌い、自分を取り囲む人々を挑発しながら息絶えた。

このリース死後、彼と同じ手口の連続殺人が発生し、ホブズとジョーンジーは捜査にとりかかる。彼らは捜査の行く先々でリースの歌った "Time is on my side" を聞かされることになる。

リースに死刑判決が出た日、ホブズが出向くとそこには上司の警部補がいて、コーヒーの紙コップを二つ携えていた。ホブズは警部補からコーヒーを受け取り、無造作に口にする。そして警部補は「これで 6 人死刑台に送ったか」と嫌味に尋ね、ホブズはただ「 8 人」と訂正した。

この警部補が事件の解明や事実、真実といったことにはさほど興味を示さず、組織の安定的な運営、上司の顔色、世間の期待といったことばかりを優先させる人で、しかもそのことが全く自然なことだと考えており、当然のような顔をして捜査に横槍を入れる。自身の言動には自信があるため、特に大声を出したり、威圧的に振る舞ったりもしない。表情は微妙でごくごくまじめな勤め人のような顔を見せることもあれば、とても醜い表情を見せることもある。そのどれもがしかし「正視できない」というほどのことはなく、控えめで繊細な表情が、こうした人物の描写としては個性的だと思う。とても、とても、リアルに嫌な人だった。悪魔的に。

ホブズはリースとの接見を終え、刑の執行を見届けるとビールを傾ける同僚たちに合流する。この場面は示唆に富んでいる。まずは同僚たちの煙草の煙に「禁煙中なんだ」と言って笑う。そして、テーブルにずらりと並べた輸入ビールからどれでも選べと言われ、それを拒否して国産のバドワイザーを注文する。さらに、汚職だらけのこの管内で、お前は本当に賄賂を受け取らないのか、少しも? 何故だ? と詰め寄られる。ホブズはビールを飲みながら、賄賂は受け取らない、だが俺は知っているぞ、賄賂を受け取ろうが受け取るまいが警察官がどれほどハードに働いているか、どんな法律家よりも資産家よりも、権力者よりも、我々は職務に忠実じゃないかと。

ホブズは誘惑され、それを拒むだけでなく誘惑者と和解までしてみせる。この場面にはこうしたホブズの高潔さと優しさが示されている。誘惑は拒むが、それをする者に対して理解を示し、緊張を緩和する。物語は彼に嫉妬した悪魔が、彼を乗っ取り、(タイトルが示すように)貶しめることを狙っては失敗するというくだりを反復しながら進む。ビールを間に交わされるやりとりはこのテーマをシンプルに、そして魅力的に映している。

このときのホブズの相棒、ジョーンジーの控えめで静かな態度が印象的だ。この映画はこの二人のバディものという側面もあるわけだけど、他のバディものと違って、その描写はとても控えめだ。ごく普通の会社のごく普通の距離感の、だが互いに信頼し協力し合える同僚という感じで、それがとても良い。また、同じ場面で彼に詰め寄り、そして最後には乾杯したルーも、常に何かもぐもぐしつつ、嫌味を言いながらも何気なく彼をアシストしてくれる。

ホブズはいかに彼らに支えられていると言っても、腐った権力機構や、腐ってるのが自然ですらある上司、それに殺人犯などと向き合うだけでなく、彼の周りを巡っていく悪魔とも対峙しなければならず、次第に追い込まれていく。悪魔、悪霊などがいなくとも、人間は十分に悪魔的であるということも示されながら。

極度の緊張状態の最中、彼は行く先々でコーヒーを飲む。かつての事件の関係者宅で出されたコーヒー、捜査資料をチェックしながら自分で入れたコーヒー、職場のまずいコーヒー。コーヒーを飲みながら何とか正気を維持しようと努めている。

だがついに決定的なことが起こる。ホブズの甥、サムの友だちに悪魔が取り付き、彼を追いかけるうちに、発砲事件に至り、ホブズは相手を撃ってしまう。先に発砲したのは相手だという証言があるにもかかわらず、上司は「お前が犯人だ」と追い込む。雨が降っている。疲労困憊で薄暗いオフィスに戻ると、ジョーンジーが「正当防衛だ」と言いながら、「コーヒー飲むか」と尋ねてくる。ホブズは力なく首を横に振る。どんなことがあろうと、コーヒーを、あるいはビールを一口含んで正気を保ってきた男が、今、疲れきっている。

悪魔はもちろん、このタイミングを見逃さない。

ジョーンジーが「夜中の二時だぞ、(言いたいことを)言えよ」と話しかけ、疲れた声で二人の同僚が「決断の時」について話す。そのとき、電話が鳴る。この後、ホブズはまさに決断を迫られる。決断を迫られた時にはすでに決断していないと出し抜かれる、そんな速度で事態は進行していく。

この映画の見どころは、接触によって悪魔が人から人へと移っていける、悪は伝わるという素朴だが太いモチーフや、そうしたゲーム的とも言える法則でも、見る人が白けない重い人物描写なのは間違いないが、登場人物たちの誰かがひっきりなしに何かを口にしているのも良い。コーヒー、ビール、ダイエットコーラ、オレンジジュース、ミルク、謎の骨付き肉などがごくごく自然に、ふさわしい場面でふさわしい人物の口に入る。

そして、ホブズが口にしなかった冒頭の煙草と、雨の夜のコーヒーが特に印象的だ。「体に悪い」からと口にしなかった煙草と、ジョーンズが口にして「ドロみたいにまずい」と愚痴をこぼしたあの、午前二時のコーヒーと、そこで交わされた会話。

そこに悪魔を出し抜くチャンスがあった。