プール雨

幽霊について

2017 年 12 月に見た映画メモ

12 月 6 日「MASTER / マスター」@ TOHO シネマズ新宿

MASTER/マスター(字幕版)

とにかくイ・ビョンホンが強そう。おそろしい。

イ・ビョンホンは金融投資会社の代表。巨額の投資を集めて裏金を使い政財界にも影響力があり、警察ではなかなか捜査が進められずいらだっていた。その警察の特別捜査班リーダーがカン・ドンウォンイ・ビョンホンの部下で、カン・ドンウォンに弱みを握られ警察に捜査協力することになるハッカーをキム・ウビン。カン・ドンウォンとキム・ウビンの若手二人がとてもイ・ビョンホンに太刀打ちできるようには見えないので、とにかくはらはらする。

実話を元にしているとはいえ、映画の観客の生理に寄り添ってくれるオーソドックスさがあって、物語としてきちっとしている。そのオーソドックスなクライムサスペンスの構造の上に、俳優陣の魅力が重なり、華やかな一級のアイドル映画になっています。カーチェイスあり、路地や階段、トンネルといった狭い場所でのアクションあり、縦にも横にも移動ありで、とても楽しい一本でした。

 

12 月 9 日「否定と肯定」@ TOHO シネマズシャンテ

否定と肯定 (字幕版)

この映画には否認論者の主張を研究者の主張と両論併記すべきではない、「と」でつないではいけないという主張があるので、この邦題はどうしたことかなと思います。原作本の訳もそうなっているので、「そういうことならしょうがない」と思わされるような事情なり理由なりがあるのだろうとは思います。が、仮にそうだとしても、この映画で「ホロコーストはあったのか?」というCMが流れていたこととも合わせて、不見識なのではないかと考えています。

この映画はまず、法廷ものとしてかなりおもしろかった。歴史否認論者が歴史家を訴えるのですが、そこではなく、主人公と主人公の弁護団の中にある対立に主眼が置かれています。法律家の文体と研究者の文体が違うので、なかなか話し合いが成立しない。研究者である彼女は良心に従い仕事をし、その良心を他者にあずけたことなんかないし、とてもできそうにない。でも、学界と法廷は違う。法廷では代理人を信じ、良心をあずけるしかない。この過程が、もちろん時には激しいやりとりや怒号すら含みながらも、基本的には静かに、地道な作業の積み重ねとして描かれるのがとてもおもしろかった。

実際には否認論者たちからの激しい攻撃がもっとあったのだろうと思いますが、そこには焦点が当たっていないというのも参考になりました。

辛いことだけれど参考になることが多かったです。「両論併記」の問題点、ヘイトスピーチなどへの対応方法など。

 

 

12 月 12 日「ローガン・ラッキー」@ TOHO シネマズ新宿

ローガン・ラッキー (字幕版)

運の悪いきょうだい(妹もいる)が大泥棒をするのですが……これはもう、完璧な映画でした。

「映画として欠点がない」とかいうけちくさい意味ではなく、「現実に対して(メタファーではなく)オルタナでありえている」という意味で完璧でした。

などと、おおげさなことを言いたくなってしまうほど、見るとそれだけで壮大に気が大きくなる、すばらしい映画です。

この映画に出てくるにんげん、全員大好き。

なにげにヒラリー・スワンクも大好きなんです。 

 

12 月 12 日「オリエント急行殺人事件」@ TOHO シネマズ新宿

オリエント急行殺人事件 (字幕版)

縦の動きがふんだんにあって、より華やかな「オリエント」になっていたんじゃないかと思います。

このポアロは、信仰に対してフラットで、かつ現行の法に対しても今ひとつ信頼をおいておらず、しかし抽象的な意味での「法」や「理想」といったものを軸として、フェアであることに主軸を置いています。ロマンチストで、情熱的です。そこがかつてのドラマ版のポアロシドニー・ルメット版のポアロとはちょっと違います。

このポアロの視線にさらされるので、犯人たちは生身の個人として振る舞うしかなく、その姿はこれまでの「オリエント」よりずっと痛ましい。でも、現行の法や警察機構を信頼していないポアロを今現在撮る積極的な意味って何だろうと考えてしまいました。ちょっと危ういことのような気がして、もしシリーズ化するならそこが足かせになるんじゃないかなあ、と。

ひとつ言えるのは、このポアロだからこそ犯人の痛ましい告白が引き出せたというのはあるだろうということです(原作でもポアロという人はロマンティストで、この映画はそこに焦点を当てています)。犯罪被害に遭ったとき、その被害が回復することはないわけで、その痛ましさは日常において蓋をされているのですが、やはり語られ、じっと寄り添われるべきことと思います。でも過酷であればあるほど、当事者は語ることができない。そんな困難を抱えた人が、言うべきことを過不足なく吐露できる相手として、このポアロはよかった。人々から敬愛されているポアロで、その点が新鮮でした。

そして、だからこそ、そこまで改変を加えるなら、ラストも変えるべきだったのでは、などと想像しています。

 

12 月 16 日「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」@立川シネマシティ

スター・ウォーズ/最後のジェダイ (字幕版)

冒頭の作戦でいきなり、がっかりするものがあったのですが、カイロ・レンとレイのやりとりでがっかりがふっとんでしましました。好き嫌いで言うと好きです。出来は悪いと思います。でも、レイのあきらめの悪さに希望を感じました。レイのような、理想の師弟関係を切望している人が、努力に努力を重ねてもそれを得られず、そして、カイロ・レンのような人に待望されるというのがリアルで寂しく、そこが突出してよかったです。

寂しい映画でした。

これは孤児たちの物語で、彼ら彼女らをめぐる「取り返しのつかないこと」に関するドラマであるというところに魅力を感じました。

 

12 月 20 日「MR. LONG ミスター・ロン」@新宿武蔵野館

Mr.Long/ミスター・ロン

チャン・チェンの新作だ〜と、予告すら見ず、前情報が限りなく無に近い状態で行ったのでびっっっっっっっっくりしました。普段、ネタバレなんか気にしませんっていう構えで暮らしているのですが、気にする人の気持ちがわかりました。何も知らないで映画を見るの、楽しい!

ローガン家の兄弟姉妹レベルで運の悪い殺し屋が日本の北関東のどこかに流れ着いてそこで屋台を引く事態に至るという、説話もののような経緯。そこには、人身売買被害に遭って日本につれてこられ、流れ着いた台湾人女性とその息子もいて、というお話です。

日本語、わからない。ここがどこかも、今ひとつわからない。そんなロンさんの目を通して見る日本と日本語の怖さともろさと貧しさその他もろもろ。日本の映画館で日本語を聞いていながら、母語の外に出たような感覚を味わいました。

 

 12 月 23 日「カンフー・ヨガ」@ TOHO シネマズ新宿

カンフー・ヨガ(字幕版)

底抜けでした。

登場人物の中に 4〜5 人、若くて見目麗しい女性がいるのですが、これが年の頃、背格好が似ていて誰が誰やらおぼえられないまま終わりました。

正月に見ればめでたいかもしれませんが、つい気がせいて、冬至の頃に見てしまいました。

見るこっちの陰の気がほぼマックスだったのがいけないのかもしれません。夏至に見たらよかったんですかね。

このところのジャッキー映画は「大丈夫なやつかそうでないやつか」という、映画の楽しみ以前の問題があって、これは大丈夫じゃないやつでした。辛い、寂しいことです。

でもジャッキーが好きです。好きだからって何をしてもいいというわけではありませんが。

 

12 月 23 日「ダンシング・ベートーヴェン」@新宿武蔵野館

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インタビュアーがジル・ロマンの娘、マリヤ・ロマンだったのがおもしろかったです。ベジャールバレエ団で育ちながら、自身はバレエの道に進まなかった彼女の、バレエ団の中にいながら部外者としてのぞき見しているような視線が独特で、その視線のために、映画が味わい深く、複雑なものになっていました。映像的にも随所にのぞき見のようなショットが入るのが印象的で、バレエに身を投じて、献身的に日々を送る人々のそばで、その世界に憧れを抱くちょっと淋しい視線も追体験できました。

ラストに Star Wars みたいになるのは、ほほえんでしまいました。