プール雨

幽霊について

降り続ける

『迫り来る嵐』公式サイト

www.youtube.com

原題:暴雪将至 The Looming Storm

監督・脚本:董越(ドン・ユエ)

2017 年 中国

2008 年、一人の男が刑務所を出、ID の申請をする。

1997 年、香港返還前夜、雨のやまない街の古い工場でユィは警備員として働いていた。そこで一度泥棒を捕まえたことで、「名探偵」と呼ばれるようになる。そんなとき、工場の近くで女性ばかりを狙った殺人事件が連続して起こる。ユィは捜査の手伝いを買って出、のめりこんでいく。

墨絵に多少彩色をほどこした程度の視界に雨が降り続ける。雨の音がずっとしている。

そんななかに壊れかけのバイクに乗って登場するユィは意外なほど快活だ。はきはきしているし、はりきってさえいる。まじめな人で、義務を欲している。仕事があれば何でも一所懸命やるだろう。大抵の仕事で成果を出すだろうし、成果を出せない仲間を叱咤激励したりもするだろう。

雨が降っていなければ、冬でなければ、このときこの場所でなければ、と思ってしまう。実直で一所懸命で、すぐまわりが見えなくなってしまうユィの、ちょっと遅れてやってきた青春ものであったっておかしくないはずのこの物語に、雨は降り続ける。

墨絵のような風景の中にそびえる工場でユィは義務にすがりつくように「警備」に邁進している。頼まれもしない殺人事件捜査の手伝いを買って出、「師匠」と慕ってあとをついてくる後輩をつれて彼があちこち出かけていくのを見ているうちに、「かわいらしいバディ・ムーヴィとして終わってくれないかな」などと期待してしまう。

そうであっても、全然おかしくない人物たちだ。ユィは必死だし、あとをついてまわるリゥは健気だ。ユィの恋人、イーイェンは「香港が返還したら行きやすくなるかしら」と素朴に夢を語り、ユィとの未来を語る。ジャン警部は淡々と捜査を進め、時折行き過ぎるユィにそっと釘をさす。ユィの現在に憧れるリゥがいて、ユィとの未来を夢見るイーイェンがいて、ユィとは違う目で捜査しそして事実にたどり着くジャン警部がいて、ユィひとりが時間の中で迷子になっている。

雨が降り続き、道がぬかるみ、そのなかを黙々と歩く人々に逆行しながらユィはひとつ、またひとつ、と一線を越えていく。

ユィがひとつ、またひとつと越えてほしくない一線を越える度に、見ているこちらもずぶずぶとゆっくり沈んでいくような気がする。

 晴れてほしいと望みながら、ユィが「迫り来る嵐」の主人公であることのどうしようもない重みにうちひしがれていると、雪が降る。