プール雨

幽霊について

思い出の風景が変わる瞬間

 夫は犬が苦手です。

 苦手というか、ダメです。

 先日もいつも通り犬への嫌悪感をあらわにしていたのですが、その気持ちを私も共有しているかのように彼が語り出したので、「私別に犬嫌いじゃないよ」と告げたところ、ものすごくびっくりしてました。以後、時々、「雨ちゃんが、犬、嫌いじゃないなんて……」とつぶやきます。雨夫さんにしてみれば、知り合って 25 年くらい、ずっと仲間だと思っていた妻の突然の裏切り……思い出の風景が変わった瞬間です。

 私からすると、犬と卵、牛乳あたりに対する気持ちは完全にフラットなので、話題にする必要性がなかっただけのことで、特段裏切ったつもりはないのですが、雨夫さんの衝撃は想像できます。

 「一生アイドル」と言っていたももちがすぱっと芸能界をやめる宣言をしたときに、無理矢理一言で言うなら「裏切られた」という気持ちになりました。「ちょっと待て、今までの話はどうした。ももちの還暦ライブに行く私の予定はどうしてくれる」とショックを受けまして、そのときタワレコに予約していたももちの DVD を思わずキャンセルし(のち、無事購入)、「これでハロプロから完全に足が洗える。あばよ!」と思った(のち、ずるずると復帰)ときに、私の内面世界に起こっていた激変のちっこいバージョンが雨夫さんにもやってきたんだなあと思います。

 なお、私の「裏切られた」の内訳は以下の通りです。

 十数年もももちに併走し(ているつもりで)、同じ風景を夢見ていると思っていた(幻想)。ももちはアイドルの概念を変える。結婚しようがしなかろうが出産しようがしなかろうが、三十代、四十代の壁をばんばん越え、アイドルソングを歌い続け、ついにはアイドルとして還暦をむかえる。私(たち)はそのときオールスタンディングのライブに耐えるため、足腰を鍛えるのじゃ。がんばろう、おー!

 と思っていたのにナ。

 まさかそのももちが「辞めどき」を考えていたとは驚きだ。三十代、四十代の壁をばんばん越えるどころか、「ハロプロ 25 歳定年説」すら越えなかった。

 「じゃあ、じゃあ、アイドルってなにか、ちょっとハードな部活かよ!」

 とそのとき初めて口汚くももちを罵りました。

 もちろん心中で。「アイドル活動って気合いの入った稽古事なのですか?」と思いました。

 こういう気持ちをアイドル本人に直接ぶつけるファンもいるようです。

(大学入学はハロー! プロジェクトでは) 現役では私(ももち)が初めて。ファンの皆さん免疫がないから、当時、“裏切られた” とか言われてしまいましたね。“アイドルやってるくせに、大学行って保険かけるんだ” とか……。私の中で、アイドルなのに恋愛して裏切られたと言われるのは理解できるんです。でも、大学に行くことが裏切り行為だと思われたのがどうしても理解できなくて。そういう言葉がすごく悔しかったですね。

 

嗣永桃子卒業アルバム』より。(かっこ)内は引用注。

  大学に入ったくらいで「裏切り」と言われてしまうなんて理不尽すぎます。ももちは理解していたようですが、私は恋愛でも裏切りだとは思えないので、理解できません。いわんや、進学でそんなことを言われてしまうとは、大変すぎる。

 まあでも、ちょっと想像できるのは、記憶の風景がそれで変わっちゃって、受けとめきれないんだろうなということです。

 アイドルが自分に見せている表情以外のものがあることは、平素想定してはいても、大学受験して合格して通い始めたという事実によって、午前三時、四時まで勉強してちょっと寝て学校行って放課後仕事して夜帰ってきてまたそのあと勉強してた、っていうのが急にがーんとリアルに、露わになって、びっくりしちゃったんだろうなあ。

 ……そうなのかな?

 まあ、想像なので、よくわかりませんが、そういうことはありそうに思います。