発表します。
第 3 位 長野県松本市
飛騨山脈と筑摩山地の間にある松本盆地。奈良井川が街を東西につっきるように流れ、わりと豪快な街です。
「文化香るアルプスの城下町」のキャッチコピーにふさわしく、徒歩で充実の町歩きができ、いかにも住みやすそうです。また、この土地にあふれる、「旅人を迎え慣れている感じ」 は特筆すべきものがあります。「親切の底辺が高い」と言ったらいいでしょうか。あ、困っている人がいるな、助けなきゃ! みたいなことを力みがまったくなく、無表情に、ほぼ生理現象レベルで行う、親切な街のみなさんです。はっきり言って、海外から大勢観光客がお見えの昨今、東京のようなアンチバリアフリーな不便な場所ではなく、松本へ! 松本をおすすめしたい!
話はずれましたが、この街の人の「生まれつき都会人」「歴史を大事にする、当たり前」という構えがあれば、いつ首都になっても大丈夫。無理な開発などはねのけ、洗練された美しい首都が出現することでありましょう。
第 2 位 富山県富山市
日本国内を旅行していると、駅を降りた瞬間、「あっ、空襲があったんだな」と思うことがままあります。「この街は一回更地になってしまったんだな」という感じが、道路の走り方や建物の並び方に傷跡として残っています。
ここ、富山市もそうです。
でも同時にここは「昨日今日の都会じゃないんだなあ」と言いますか、歴史の厚みみたいなものがすごくて、一言で言うと、「街の肝が太い」ということになるでしょうか。
なにもかも、大きいです。
けちくさくない。
富山湾に立つと、日本海側が表玄関だったことがリアルに思えてきます。あ、かつて日本は、こっち側を向いていたんだなと思いながら歩くことができます。
そして市街地を歩いていると、「根っから都会だなあ」という感じが足下からむくむくと起こってきて、自分もかっこよくなった錯覚に陥れます。おまけにごはんが極度においしい。海外からのお客様にはぜひこのようなかっこいい街で遊んでいただきたい。せっかくのバカンス、ゆっくりしてほしいです。
ちょっと心配なのは、ここの市議会はかなり保守的で、ここに首都機能が移転したらずぶずぶのだらだらになってしまうのではないかということです。ですが、そこは歴史の厚みではねのけてほしいです。
第 1 位 福島県会津若松市
会津盆地南東部に位置し、阿賀川、湯川、不動川、古川などが流れ豊かな水系をなし、おまけに猪苗代湖に面している。山も川もあって湖もあります。当然ですが温泉も充実。すばらしいです。
会津を旅したのはかなり前で、もはや写真がどこかに行ってしまったのが無念ですが、戊辰戦争のときにひどい目にあいはしたものの、街は美しく、明治以降に建てられた洋館なども大切に残されています。市内はバスでどこにでも行け、市民の方々はバスで観光客をみかけると優しく話しかけて下さる、そういうナイスな土地です。
会津旅行、おすすめです!
そんなナイスな土地、会津若松市の公式行事に 2019 年、長州の市長が初出席しました。
会津若松市と萩市の間には戊辰戦争、明治維新の経緯をめぐって、今も続く禍根があるのだそうです。当事者がいない以上、こうした禍根はきちんと評価、反省して記述していかない限りは先々まで残ってしまうだろうなと思います。
戊辰戦争のくだりはよくテレビドラマになっているのですが、これらフィクションの時代劇からしてさっぱりよくわからない。筋が通らない。幕末の話はどれも物語的に筋が通せないことばかりで、「ま、なんだかんだいって、クーデターだったんだな」という感じで、単に「勝てば官軍」であったにすぎないものを、かっこよく描写しようとするものだからわけのわからないことになるのでしょう。
そういった、若き志士が青春と我が身を投じて、新しい国造りに邁進した、というだけではない幕末、維新像を描いていかない限り、会津に限らず東北や江戸に根強く残る「また長州の奴らが好き勝手やってる」といった漠然とした反感は残り続けるのではないでしょうか。当事者でないからなおさら許せなくなるということもありますし。
現政府は「明治維新をもう一度」とでもいうように、明治政府を高く評価しています。そこで単に称揚するだけでなく、きちんと評価し、どのような構造下でどのような問題が生じていったかを記述し、考えていくならば、そのとき初めて知的な営みとして、内外から評価され、まさに「未来志向」と認められることになるでしょう。
いっそここで会津に首都機能を移転してしまえば、明治維新、太平洋戦争、そして戦後政治に関してちょっとは内省的な構えも醸成されるのではないでしょうか。
まあ、会津の人が「まじ勘弁」っておっしゃるでしょうけれど。