プール雨

幽霊について

友だちはこの 4 人しかいない

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朝鮮半島を南北に戦線が移動する 1951 年。巨済(コジェ)捕虜収容所では、帰国を望まない捕虜たちと、彼らを反動分子と呼ぶ者たちとの間で諍いが絶えなかった。ロ・ギスは英雄の弟として、祖国に忠誠を誓う仲間たちを支える立場にあった。ある日、ギスは仲間と食料庫に忍び込み、そこで、ジャクソンの流す音楽に耳を止める。ジャクソンはギスの視線に気づかず、何かを確かめるように踊り始める。ギスは目を離すことができなかった。

 ギスは、本当に言いたいことを、それが伝わる相手に母語で口にすることはできませんでした。ギスが本当に言いたいことを言う相手、それはいつもジャクソンでした。一度目はジャクソンにはわからない朝鮮語で、二度目はギスの拙い英語で。ジャクソンはその言葉を聞いていました。

ジャクソンはそのギスとパンネ、ビョンサム、シャオパンをステージでこう紹介しました。戦争がなかったらカーネギーに立っていたであろう少年、戦争がなかったらその賢さと強さで多くのことを成し遂げられたであろう女性、戦争がなかったら妻と二人幸せに生きたであろう男性、戦争がなかったら中国の舞台でその才能をふるったであろう天才振付師、そして、この 4 人しか友だちがいない私。そんな私たちが踊ります。

どこから言えばいいのかわからないのですが、見て一週間以上経った今でも喉の奥がつまるような感じがします。

朝鮮戦争が日本では戦争特需を呼び、高度経済成長につながり、今もその亡霊に政治と経済の世界が取り憑かれていることを考え合わせると一層、言葉のおいつかなさを感じます。

日本で暮らしていると、第二次世界大戦が終わって解放が訪れてそれで終わり、という歴史観でうっかり生きてしまうのですが、アジアを覆ったイデオロギー闘争は今も私たちを苦しめています。

ファッキンなことです。

この映画は、反戦映画として成功していると思います。反戦映画はどこでもいつでも創られてきて、たくさんの語りそこねや失敗があり、死屍累々としていると言ってもいいでしょう。『この世界の片隅に』ですら、「これは反戦映画ではない(だからすばらしい)」と言われなければならなかったくらい、私たちはずっと語り損ねて、傷ついてきたのだと思います。

『スウィング・キッズ』には具体的でない人はひとりも出てきませんでした。

立場で運命が変わり、だれもが何かの代表として言葉を口にしなければならない、徹底して具体性と個別性、単独性を剥ぎ取られていく戦時下にあって、ぎりぎりの言葉と身体の闘争がそこにはありました。

アジアで撮られた戦争ものを見る際に、他言語圏の人(多くは英語圏の人)が出てくると映像のテンションが落ちるということが繰り返しあったのですが、この映画にはそれがなかったです。

ジャクソンたちを差別し、衝動的に暴力をふるう白人米兵すら、定型的ではありませんでした。最初は型にはまった言葉を口にする彼が自分の言葉を取り戻しかける、取り戻そうとする戦いがありました。

どの人物もそのように描かれて、そのように生きていました。

だから忘れられない映画になったのだと思います。

人生を、自分を支える物語を、自分が物語を紡いでいくという営みを奪われつつあった人びとによる、圧巻のダンス。

ジャクソンがたどり着いた、友だちはこの 4 人しかいないという、その境地、その場所が光り輝いて、その光が炸裂するまでの長い長い、失敗の積み重ねも含めて、いつまでも消えない光になりました。

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パンフレットもおすすめです

同じ日に『PMC:ザ・バンカー』も拝見しておりました。ハ・ジョンウが特殊部隊のリーダー、イ・ソンギュンが北朝鮮のエリート医師で、ハ・ジョンウを「韓国人、無事か!」と呼びつけます。固有名で呼び合わないこの二人のバディものです。中国とアメリカに翻弄される朝鮮半島という図式が脚本に跡として残っていて、そのせいで映画全体がこどもっぽくなってしまったのはちょっと残念ですが、バディものとしては色々とちょこちょこ、満点です。午後ローでかかったらテレビの前に集合です。

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どうしてもうまく撮れなかった

 『PMC』、『スウィング・キッズ』の二本立てにかなりへとへとになり、一緒に行った友人に「今、わたしは、かなり風邪をひきやすい状態にあります」と、告白。彼女はそれを受けとめ、「なにかあたたまるものを食べに行きましょう」と言ってくれました。

そして我々はビールを飲みました。ワインも飲みました。

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たくさん飲みました

おわかりいただけたでしょうか。

加速度的に酔っ払っていったということを。

まあ、とにかく、『PMC』を見て「ハ・ジョンウのかっこよさを人びとに伝えたい」と思い、『スウィング・キッズ』を見て「あわわわ」となり、ビールを飲み、ワインを飲みつつおしゃべりをして、とてもすてきな一日でしたよ。この一日を経て、私の身心は確実に健康になりました。

 

おわり