プール雨

幽霊について

新語に追い抜かれて

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ひさしぶりに読んだ本

 かつて寿司は「カン」とは呼ばれていなかった。

 寿司は1つ、1個と呼んでいた。普通の助数詞を使っていたのだ。それがある時期から急に「カン」と呼ばれ出した。

 どうも落ち着かない。

 それは「私が若いころにはそうは言わなかった」からだ。人生、あとから来た言葉というのは信用ならない。

       堀井憲一郎ホリイのずんずん調査 かつで誰も調べなかった100の謎』より

そして堀井憲一郎は 1983 年から 2009 年までの雑誌で「寿司」とタイトルに入っている記事の総ざらえをやって、1985 年までは用例がなく、1991 年ころから勢力を伸ばし始め、2003 年ついに「カン」による統一が行われたことをつきとめたのであった。

すごいですね。

そのくわしい経緯と背景は上掲の本にスピーディーかつドラマチックに報告されていますので、ぜひ読んでみて下さい。

「人生、あとから来た言葉というのは信用ならない」という心情には、この「カン」のように、語自体の根拠が不透明なため、自分で使用できるまでに至らない(理解できないから口にできない)というものから、発生の現場を目の前で見てはいたが、その軽薄な語感が恥ずかしくてとても口にできないというものまで様々な状況が想定できます。なかには「新語は観察しはするが極力使わない」という人もいると思います。新語には大抵、代替表現になりうる、元からある語があり、新語を無批判に使うことでその歴史性を無視することになりかねないからです。

三省堂の「辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」からこの数年話題だった新語を少し引用してみます。

今年の新語 2016:大賞「ほぼほぼ」 第2位「エモい」 第3位「ゲスい」

今年の新語 2017:大賞「忖度」 第2位「インフルエンサー」 第3位「パワーワード

今年の新語 2018:大賞「ばえる」 第2位「モヤる」 第3位「わかりみ」

今年の新語 2019:大賞「ーペイ」 第2位「にわか」 第3位「あおり運転」

 「忖度」のように特殊な用例によって、新たな意味が加わったものや、「インフルエンサー」、「ーペイ」、「あおり運転」のように、新たな状況や現象に合わせて登場したものなど、「新語」といっても色々です。

「ほぼほぼ」は以前から不思議な言葉だと思っていました。「ほぼ」という副詞を重ねて強調する口語的な表現なのだと思いますが、どうしても、「ほぼ」より「ほぼ」性が下がるように感じられて、正しく発語できません。「ほぼ」が仮に 9割方だとすると「ほぼほぼ」はほぼ 0.9 × ほぼ 0.9 で八割方になってしまうような気がするのです。おかしなことを言っていると自分でも思います。なぜ自分がそのように感じるか考えてみると、「ほぼほぼ」と人が口にしているのを耳にすると、その人の言論全体に対する信用性がちょっぴり落ちてしまうからなのだということに思い当たります。「簡単で結構ですので、進捗状況を教えてください」に対して「ほぼほぼってところです」と言われたら、「全然できていなんだな」と解釈してしまいます。

「モヤる」「わかりみ(が深い)」なんかも、真剣で真面目なやりとりにその語が出てくると、ちゃぶ台をひっくり返されたような心象になります。それは所詮、私のその場の「心象」なのでたいした問題ではないですし、メッセージがまるまる全部受信できなくなるわけでもありません。ふむふむ、そうかそうか、モヤる、つまり、モヤッとする、どうしても看過できないひっかかりを感じているが、それをつまびらかに言語化できないのかあ、そうかあ、とちゃんと受けとめてはいます。が、頭の隅で「せめて『モヤッとする』ではだめなのか」と考えるのは止められないです。

この数年の新語、新表現で例外的に「洒落ているなあ」と思ったのは「ろくろをまわす」です。主に中高年男性がインタビューを受ける際につい手を動かしてしまうさまを指す表現で、非常にわかりやすい。でも、平素使う状況がないので、消えていく表現かもしれません。残念です。

と、こんなことを貧血気味の頭でつらつらと考えました。

きっかけとなったこちらの本を、改めてご紹介します。

 最近、本を整理しまして、300 冊ほど処分を決めたのですが、そのなかで「いや、やっぱりこれはおもしろいから取っておこう」と復活した一冊です。「これどうなのかな」と思ったらすぐ調べる筆者の粘り強い調査にびっくりすること度々の本です。

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ねばりづよい

時事性が強い本は数年もすると、「これはもう置いといてもしょうがないな」とバザーや古書店に出すことになってしまいます。でも、この『かつて誰も調べなかった100の謎』は意外にも時代をこえて楽しめる、不朽の名作となっていました。

はやりには乗らないその姿勢が美しいです。おすすめです!

それでは最後に「エモい」の語源であるところの、ロックのサブジャンル「エモ」から Weezer の曲をはっつけておわります。


Weezer - Say It Ain't So (Official Music Video)

おしまい