プール雨

幽霊について

『音楽が聴けなくなる日』を拝読しました

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あじさいと木漏れ日

 

poolame.hatenablog.com

 ピエール瀧逮捕が 2019 年 3 月 12 日深夜。その翌日、株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ電気グルーヴ全音源、映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を発表しました。

そして、永田夏来氏とかがりはるき氏による出荷停止、回収、配信停止の「撤回」を求める署名活動が始まったのが 3 月 15 日でした。

私はこの署名活動に賛同し、署名しただけでしたが、このほど、経緯と背景が一冊の本にまとめられましたので、さっそく拝読しました。歴史的経緯をおぼえておくための資料/史料としても、また二人の社会学者と一人の音楽研究家が外に向けてその活動を語ったものとしても、読みごたえがあり、おすすめです。コンパクトさ、速さをも備えていて、あっという間に読めるものですが、今現在の状況に関してすこしでも「これは困ったことになったのだ」と思っていらっしゃる方なら、必ずやこの本で「うむうむ」と元気になれる部分があると思います。

ピエール瀧田口淳之介、KenKen、JESSE、鎮座DOPNESS、そして沢尻エリカと、2019 年は芸能人の麻薬、大麻取締法違反が相次ぎ、その度に彼らの作品が発売停止・回収されたり、番組降板による様々な影響が取り沙汰されたりし、またカメラなどを通じて当人による謝罪が報道されたりしました。

その度に私は、作品を撤収しなくていいし、ましてや謝罪なんて必要ないとぶりぶり腹を立ててきました。

撤収不要だと思うのは、作品は作り手だけのものではないからです。この点に関して、見識を示す企業がないという現状が残念です。

謝罪不要だと思うのは、だれに向けてのどのような構造をもった謝罪なのか、頭を下げさせている人間にもはっきりと明言できないような謝罪など、漠然と悪質なだけで、いいことがないと思うからです。

友人や仕事仲間、自分自身には謝る必要があるかもしれませんが、「世間」「世の中」「人びと」なんて、実体/実態のよくわからないものの前で頭を下げている姿を見せられるのは不快です。

麻薬常習者が逮捕、起訴されたら、現行の法に照らして公正かつオープンに裁かれてほしいし、その後は治療に臨んで社会に復帰していってほしいと思います。

ピエール瀧がコカインで逮捕されたときは、まず「コカイン」の四文字の重さにどきっとしました。コカインは効きが持続しないので、中毒になりやすいと聞きます。ほんとに、ある日突然死なれたりしなくてよかった。突然亡くなってしまったスターたちの面影がよぎりました。そうして空いた穴は回復不能なものです。何度でも言いますが、ほんとに、瀧に死なれなくてよかったです。現在は執行猶予中で、治療もすすめているということですから、断薬が続くことを祈ります。

この、裁判を受けて、刑が確定し、現在執行猶予中かつ治療中の人に、更に「世間」や「社会通念」が罰を与える必要はないと思います。

そして、こうした考え方を「寛容にすぎる」と捉えるのは筋違いなように思います。

麻薬やギャンブルなどによるアディクションは公衆衛生や医療の問題であって、懲罰的アプローチでは片付けられないことです。

厳罰化して、例えば刑期を延ばし、そして例えば、彼ら彼女から生産手段や生産の場を奪い、といったことをしても、問題は解決しません。

私は問題が解決しないのは気持ちが悪いと感じる方なので、おそらく私の方が不寛容なのだと思います。罰して終わり、バッシングして終わり、では何にもならないと思います。この社会で生きていけなくなる人が大勢いて、基本的にその人たちが「問題ない」「適正に対処している」と無視されている現況にはうんざりです。

 『麻薬とは何か』の第四章「覚せい剤と日本 もうひとつの戦後史」には、もともと公衆衛生の問題として議論されつつあった覚せい剤問題が、次第に懲罰、刑事罰の問題へとスライドしていく経緯が書かれています。その過程で、日本の市民社会覚せい剤の被害者にすぎないかのような位置を得ていくところは、covid-19 など、感染症の件でも似たような構造があったと考えられます。

ところで、この一連の経緯のなかで、いくつかほっとするような、心強く思うようなことがありました。上記の署名が短期間で 6万筆を超えたこともそうですが、やはり何と言っても、石野卓球の「友人を支える」という一貫した態度に改めて知性や創造性を感じてほっとしましたし、この「えー、なんでそうなる〜」ということが毎日毎日起こるバカみたいな社会で、その枠組みの外からぽいっと何かやらかしてくれる芸術家の存在と活動こそが、命を支えているなあと本気で感じました。

以上です。 

麻薬の文化史―女神の贈り物

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