プール雨

幽霊について

7 月は山路を登りながら考えた

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7月、登った山路
 1. 「虞(おそれ)」ってなんで常用漢字表に入ってるんだっけ?

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「……虞アリ」

 上の写真ではルビがついていますが、いちおう常用漢字で、中学校で学習することになっている用法です。

 なんでこのおそろしげな絵面の字が常用漢字なんだっけ? と思ったら話は単純で、憲法の条文にあるのでした。

第八十二条

裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

  でも音読みの用法は常用漢字表に載っていないので、児童・生徒さんが読むものの場合には「虞美人草」「虞や虞や」など、ルビをふっておく必要があります。

 玉璽の「璽」なんかも常用漢字ですけど、日常的にちょいちょい使う字でもないし、大人が読む場合でもルビをつけたいところです。

 常用漢字表のコネタとしては「萌え」は常用漢字じゃないけど「萎え」は常用漢字だ、とかがあります。「とかが」と書きましたが、私の常用漢字小話はこれで以上です。 

 

2. 戦後を勘違いしていたなあ

 李登輝が亡くなったとき(7月30日)、日本の保守政治家が大東亜共栄圏的視点からコメントをし、それがだらだらと垂れ流されていく様を見て、「神国日本がアジアを目覚めさせる神話」の中で生きている人が今だにたくさんいて、そういう人たちが政治の要職についていて、発言力もあるという事態に、「戦後って何だったんだ」と戦慄しました。

 安藤彦太郎『中国語と日本近代』には次のようにあります。

陸軍は兵法・軍制ともに、はじめはフランス、のちにはドイツに範を求めていたので、一般に、中国語を学んだ将校は、ヨーロッパ語を学んだ者よりは、出世街道に遠かった、といわれている。(中略)ここにいう中国を学んでも「自己を益すること少な」(福島安正)い事情は、その後も基本的には改められなかったのである。その結果が無謀な戦争につながっていった、といえなくもない。

 (p.101)

 また、藤井省三『東京外語支那語部 交流と侵略のはざまで』には「五・四運動以後顕著となった中国の新しい知的息吹に共感」し「教科書革新運動」を開始したはずの東京外語支那語グループが、その活動が世に受け入れられていくにつれ、「日本の侵略に対し世論の先頭に立って抵抗する中国文化界の姿から視線をそらし」、そればかりか「『東亜新秩序』という侵略のイデオロギー」へと共感をすりかえていく様が書かれています。

 こうした、侵略を正当化するイデオロギーとして分析され反省されてきた「東亜新秩序」構想が、今も政治の中枢で生きていることに恐怖します。

 私は結局、戦後というものをリベラルな視点からの闘争を中心に見ていたので、2000年代以降顕著になった(比較的)若い人たちのアジア蔑視が突然ふってわいた様に見えていたのですが、そうじゃなく、ずっととぎれず、続いていたことなんですね。考えてみれば、自分の親世代は外国人蔑視が強く、とりわけアジア蔑視が強い。私がそれを引き継がなかったのは、学校空間における戦後民主主義教育があったからで、その価値観を忌避する人は当然同世代でもいるはずなのに、私は暢気なことに、自分たち以降の世代ならば、差別からの解放を目指すという価値観だけは少なくとも共有していると、どこか本気で信じ込んでいました。

 だから、この二十年というもの、ただただひたすら驚き、恐怖して過ごしてしまい、その無力さと愚かさは反省しなければならないと考えています。呆然としている場合ではありませんでした。

 

3. その人が歌っているところを見るのが好きだ

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 今年3月、kirinji のライブに行っている予定でした。それが延期になり、7月開催の予定が立ちはしたものの、その時点で「どうかな」と不安があり、不安は的中して中止決定。kirinji は直近のアルバム "cherish" を最後に解散する予定になっているので、どうにもやりきれない気持ちでいました。

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 そこに 7月、スタジオライブが公開になり、とてもうれしかったです。18 日に part.1 が、25 日に part.2 が公開され、どちらも 31 日まで何度でも見られるという仕様で、私はせっせと PC をスピーカーに繫いで何度も聞きました。音も映像もとてもきれいで大満足です。

 18 日の夜、初めて見たときには、「ああ、ほんとだったらライブに行っていたのに」とちょっと涙がこみ上げたりもしましたが、何度も聞くうちにひたすら楽しくなりました。

 その 18 日の夜の、堀込高樹さんの書き込み。

  上の二本の動画どちらでも最初に来ている「『あの子は誰?』とか言わせたい」演奏中の書き込みです。「『あの子は誰?』とか言わせたい」は聞いているうちにどんどん好きになった曲で、絞り出すような、探ろうとするような歌が魅力です。そして、♪死にたい ってことは生きたいってことかい? と疑問文になっているのがまた、魅力です。「生きたいってことさ」や「生きたいってことだ」のような断定ではなく、「生きたいってことかい?」であることに意味があると思う。私はつい「死にたい」と思ってしまう方なので、これはとてもよいアイデアだと飛びついてしまいました。今後は「死にたい」って思うたびに「ってことは生きたいってことかい♪」と続くわけで、いい塩梅です。

 考えたんですけど、「元気なんか出なくてちょうどだな」って。この状況で前向きに、明るく、物事のいい面を見て、なんて嘘だし、嘘の中で空元気出したって、そのテンションで「この世は終わりだ! ばばーん!」なんて口を滑らしてしまうことになりかねないわけで、そうなってくると、「……ってことは生きたいってことかい♪」で気をそらしつつ、真顔で暮らしていくのが自分にはいちばんいいかなと思いました。

 

おわり

 

☔︎ 7月に見た映画 ☔︎

『イップ・マン 完結』(劇場)

『淪落の人』(劇場)

『イップ・マン 最終版』(アマゾンプライム

『アバウト・タイム』(BSプレミアム

『仮面の男』(BSプレミアム

 

☔︎ 7月に見たコロンボ ☔︎

「偶像のレクイエム」

「溶ける糸」

「断たれた音」

「二つの顔」

「毒のある花」

 

☔︎ 7月に見たポワロ ☔︎

「コーンワルの毒殺事件」

「ダベンハイム失そう事件」

「二重の罪」

「安いマンションの事件」

 

☔︎ 7月に読んだ本 ☔︎

岩井志麻子『忌まわし昔(弐)業苦

安藤彦太郎『中国語と日本近代』

小松左京『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』

藤井省三『東京外語志那語部 交流と侵略のはざまで』

吉田悠軌『怪談現場 東京 23 区』

大島正二『中国語の歴史 ことばの変遷・探究のあゆみ』(再読)

林四郎・松岡榮志『日本の漢字・中国の漢字』

譚璐美『帝都東京を中国革命で歩く』(再読)

田中康弘『山怪 弐 山人が語る不思議な話』

桜井英治『室町人の精神』

北田暁大・解体研『社会にとって趣味とは何か 文化社会学の方法基準』