読み終えて、「これはみんなが大好きな『王の帰還』もの! いますぐご紹介しなければふんがー」と高まった勢いに「その四文字、物語の結末に触れているのでは?」という懸念がふんわり舞い降りました。
じゃあ、「ヒーロー復活譚」とでも呼んでみようかと考えましたが、よけいまずいのでした。
それで、著者名、書名等固有名詞を伏せて書くことにしました。
主人公は新宿署で暴力団を相手に成果を上げていたこともある、元・切れ者の刑事。今はすっかりなまくらになり、賄賂を受け取り、その上さらに毎月同僚に金を借り、かつては「先輩!」と慕ってくれた後輩が上司になってもだらだらライフを一向に変えず、元後輩の上司に汚職を疑われる始末。
この主人公がなぜ煙草を吸わないのか。ミントタブレットをがりがりかみ砕き、一体何から逃げているのか。それがいくつかの事件にかかわるなかで徐々に明らかになり、ラスト、ついに……!
ばばーん。
というお話。
ポイントは、この主人公にあきれ果てている元・後輩で現・上司の彼女。彼女が、ラストに発する言葉により、「憧れの先輩」だった彼の、「私のヒーロー」の帰還を待望して待望して働き続けた彼女の側から見た風景がぱーーーーーっと展開するのです。
本一冊分、巻き戻ります。
それで涙落つる多少ぞ。
そんなすてきな文庫本が現在書店に並んでいるということが、みなさまの日々の暮らしに勇気と輝きを添えますように。
近年の「帰還もの」の白眉といえば『マッドマックス:怒りのデスロード』でしょうか。それとも『オーシャンズ 8』? どっちもすばらしく、みっしり楽しかったです。
先日、『リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ』を拝見したのですが、これがまた見事な「帰還もの」でした。
カインとアベルクラスに有名な兄弟げんか。その仲違いによるオアシス解散事件。あれがこんな最近の話だったとは。歴史の遠近感がくるいます。
オアシス解散に離婚訴訟と、どん底を生きるリアムにくっついて回るカメラ。何をやってもうまくいかない彼を心配する仲間達と家族。
そこからどうやって立ち直り、マイクの前に、大観衆の前に帰還するのかと言うと、それがとてもシンプルで、友人がいて家族がいて、ギターがあって、ふっと歌ったらみんなが喜んでくれて、というその積み重ねであったというのが、嘘がなくてよいと思いました。
配偶者の方が、彼は基本的に浅はかで衝動的な人だと言うシーンが結構終わりの方にあるのですが、それがしっくり来るリアムのたたずまいは、彼女が言うようにずっとかわっていないのです。どこか所在なげで、不安そうで、マイクの前に立っても雰囲気が変わらず、そしてあの独特な姿勢からあの声が出る。
あの声が出る度に感動してしまう私たち。
ロックスターの帰還です。
考えてみれば、『TENET』も帰還ものでした。
「時をかけるおじさんとおばさん」なのかなと思ったのですが、タイムリープするのではなく、巻き戻すのです。それで、「えっ」と思うと冒頭の方で科学者が言う「理解しようと思わないで。感じるの」という言葉が蘇る仕組みです。うむうむ。考えてはいけないのだな、感じるのだな。
あるミッション終了間際に遂行者が「で、成功したの?」って仲間に聞くのです。
その答えは風に吹かれているのです。そのミッションが遂行されたのが成功の証というのでしょうか……。
ニールがよかったです。ニールしか、必然性をまとっていないので、ニールに魅了される以外にこの世界を生きる方法がないのでした。
いや、楽しかったです。十分、楽しかったのです。でも考えるとリンボに落ちてしまうのです。
おしまい