プール雨

幽霊について

「ババヤガの夜」にびっくりして『ワンダフル・ライフ』に恐怖して『アトミック・ブロンド』でどうしたわけかほっとした 2021 年 1 月

  2021 年は次のような言葉で明けました。

 あるいは進みあるいは退き、自分の意のままに光と影を分けることは、すばらしかった。

                    シュテファン・ツヴァイク

 オーストリアの作家の回想録『昨日の世界 Ⅱ』(原田義人訳)から。(中略)何が自分にほんとうに必要か、その判断の基準を自分のうちにもつこと。この「自由」なしに人は「真に生きた」とは言えないと。(鷲田清一「折々の言葉」『朝日新聞』2021 年 1 月 1 日朝刊より)

 毎年、正月は両親の家に泊まっていたので、元旦の新聞というものを何年も読んでいませんでした。久しぶりに読んだついたちの新聞。さらに考えてみれば一月一日の新聞を、今住んでいるこの部屋で読むのは初めてなんだなあとしみじみしました。

 鷲田清一の「折々のことば」は「そんなのも読むんだ……!」と驚くようなものから引用されることもあり、毎朝楽しみです。2021 年 1 月 1 日は新年にふさわしく、初めての街で歩き回り「光と影の稜線をその眼で確かめる時間」について書いた一節から。

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初めて歩いた体で撮った公衆電話

 今年最初に読んだ漫画は小梅けいと『戦争は女の顔をしていない 2』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ原作、速水螺旋人監修)でした。メモには「戦争の経験に耳を傾けるといういとなみについての構えが一巻より複雑になり、(私は)ただ聞き、ただ読むことしかできない」とあります。読んで息も絶え絶えになりました。

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 この勢いがあったせいか、今月は読書が充実していました。たくさん読めたという意味ではなく、衝撃作ばかりぐいぐい読みました。ハン・ガン『ギリシャ語の時間』、王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』「ババヤガの夜」、丸山正樹『刑事何森 孤高の相貌』などなど、事実と渡り合うような小説が読めて、読み終えるたびに本を抱きしめたいような気持ちになりました。なかでも特におすすめなのが丸山正樹『ワンダフル・ライフ』です。

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 物語が発生する現場が繰り返し描かれ、そしてそれは必ず痛ましい現場で、後悔と語りそこねを伴ったまま、前へ前へと押し出されていくこの人生が、命が、どうしようもなく物語を要求する。その罪と手を繫ぐ「わたし」。

 読み終えたとき、ふぁーーーーと叫び出しそうになりました。そして後書きをむさぼるように読みました。これは物語です、という宣言を何度も何度も注意深くする後書き込みでやっとドアを閉じることのできる小説。

 おすすめです。

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お花のサブスクを検討したこともありました

 ところで、ついに『アトミック・ブロンド』の DVD を買い、拝見&拝聴のうえ今は飾っています。

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面陳列

1989 年秋、ベルリン。MI6 のエージェント、ガスコインが死亡し、その調査のためベルリンに派遣されるロレーン(シャーリーズ・セロン)。現地には長年ベルリンに潜入中のパーシヴァル(ジェームズ・マカヴォイ)がいて、ロレーンの任務に協力することになっていた。

 ロレーンとパーシヴァル、どっちが主人公でもありえる、どっちが主人公でもおもしろいと思いました。どっちがドライヴしているわけでもないので。

 ただ、ロレーンが自ら浮かび上がるイメージの繰り返し、その傷だらけ、痣だらけの皮膚と乱れる呼吸によって、間違いなく彼女に固有の物語になっていて、どきどきしました。つい繰り返し見てしまいました。おすすめです。

 フランスの諜報部員、デルフィーヌとの関係についてはこの映画の弱点あるいは瑕瑾として取り上げる論考がいくつかあって、すでにそれらを読んでいたので構えてしまったのですが、シーン自体は美しいし、二人の関係も自然だと思いました。『刑事コロンボ』「秒読みの殺人」は男社会のテレビ局でのしあがる女性が主人公で、彼女はさんざんイヤな目にあいながら、出世してきた強い人です。でもその彼女がプロデューサーという立場に立ったとき、それまで自分がされてきたことをそっくりやってしまい、厄介なタレントを手懐けるために、恋愛めいた関係にひきずり込み、関係を支配することすらしてしまった。いやというほどリアルなのですが、あまりに悲しく、痛ましいエピソードでした。ロレーンとデルフィーヌの関係はもっと素朴で野性味があって、自然でしょうがないものなので、「秒読みの殺人」のような、情報や利益を得るための恋愛関係とは全然違う構造の話として受けとめました。

 デルフィーヌが新米で、ロレーンやパーシヴァルに比べると能力的に弱く、個性も発現できていないので、それが物足りないとは思いました。デルフィーヌ、初登場シーンから好きだったのでもうちょっと見たかった。デルフィーヌ、パーシヴァル、ロレーンの三人のうちだれが主人公かわからないような映画の中で最終的にロレーンがその人だと立ち上がるような脚本もあり得たのかなあ。

 でもいずれにしろ、傷だらけ、けがだらけのロレーンが氷水で身体を冷やし、ふぁーと浮かび上がるイメージは、それだけで素晴らしい。また、彼女が例えばその傷をメイクで隠して美しく完璧に変身する、ということがないのもいい。シャツから伸びた首の、顔の痣。ドレスから伸びた腕の傷、傷、傷。

 話は変わりますがこの冬はアトピー性皮膚炎が数年ぶりに猛威をふるいまして、今、痣だらけ、傷だらけです。思い返せば昨年、9 月辺りからもう乾燥していて、「こんな時期に蚊にさされたよ」とか言ってキンカンを塗っていた、あれ、あれは、虫刺されではなかった……!!

 そんなわけで今、薬を塗りつつ、せっせと保湿に励んでいます。今年は「夏でも保湿。一年中保湿。一生保湿」を念頭に生きて参ります。

 やられたぜ。

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突然のキンモクセイ

2021 年 1 月に見た映画(テレビで)

男はつらいよ 寅次郎真実一路』

落下の王国

『天気の子』

『ミッション:8ミニッツ』

男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』

『デジャヴ』

イコライザー

男たちの挽歌

イコライザー2』

アトミック・ブロンド

『ナイト&デイ』

あと、エヴァの序・破・Qも拝見しまして、カルト宗教によるクーデターが成功した後の世界を延々見せられているのだなと観念しました。その点ではきわめてよく現実に似ているけれど、これは始末がつかないのではないでしょうか。

 2021 年 1 月に読んだ本

ハン・ガン『ギリシャ語の時間』(斉藤真理子訳)

深町秋生『オーバーキル』

王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』

丸山正樹『刑事何森 孤高の相貌』

丸山正樹『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』

丸山正樹『ワンダフル・ライフ』

朝宮運河編『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』

合わせて『文藝』2020 年秋号も読んでいました。読んでも読んでも終わらず。「ババヤガの夜」と「推し、燃ゆ」が載っているすごい号でした。

 

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旅に行きたいところをがまん