プール雨

幽霊について

おしみない

 北村紗衣『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』を読みました。

 文字や映像、音楽で表現された作品を、まずはその内部での事実関係をおさえるために精読し、語り手が隠していることや、作品全体のしかけに切り込んでいき、分析のために批評理論を参照したり、関連のある他の作品や評論にあたったりして、「巨人の肩に立つ」。そうすると視点が定まってくるから、次は、書く。書いたら読んでもらう。欠点やうまく行っていないところを指摘してもらって、直す。また読む。

 読むこと、読むことのコミュニティに参加すること、書くこと、書くことのコミュニティをつくっていくこと、そういった、一言で言うと「批評」と呼ばれる営みに関する基本をわかりやすく、楽しく書いた入門書です。入門書にふさわしくコンパクトな新書にまとまっていて、高校生や大学生、すべての初学者に優しい本だと思います。

honto.jp

 この本には大人が読む楽しみもあります。

 大人が読むと、この本の書き手がおしみなく披露している読むための知識、知見それらすべてにたどりつくまでの道のりが想像でき、なんと一文字あたり熱量の高い文章だ、としみじみします。この、238 頁の新書にきゅっとつまった文字群の背景には北村紗衣が獲得してきたありとあらゆる知識がずずずず〜っと展開しています。そこにはコモンへの熱意があり、パブリックを構築していく一人の研究者、一人の教員、一人の社会人、一人の人としての覚悟があります。

 また、そのおしみなさに触れていると、自分自身におしみなく知識が開かれていた学校や大学でのことを思い出します。

 正確に言うと、「ああ、おしみなく目の前に知の世界が開かれていたんだなあ」と改めて気づくことができます。

 中学校のとき、クラス担任だったあの先生にもあそこにたどり着くまでの歴史があって、それをおしみなく分け与えて、共有しようとしてくれていたんだな、高校のときに会ったあの先生も、大学の先生も、そして恩師も、共有の喜びを見せてくれていました。

 私は優秀な生徒、学生とはいえなかったので、この『批評の教室』に出てくる学生さんのようには応じることができなかったのですが、自分の「できなさ」も教室では受けとめて、あるいは待ってもらえていました。

 そういうことを思い出して、とてもわくわくとした、あったかい気持ちになれました。

 だから、読み終えた直後は「ハードカバーで出せばよかったのに」と思いました。もっと豪華な装丁で、三倍くらいの量があってもよかったんじゃないかと。

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こういう装丁がふさわしいのではないかと

 冷静になってみると、入門書だからこそのおしみなさであるわけで、これは手軽な新書で出て、生徒さんや学生さんの鞄の中にあって一緒に歩いて行く本です。そして素朴に楽しい本でもあるので、大人のみなさんにもおすすめです。