『源氏物語』で朱雀院の五十の賀周辺を読むと実にいらいらするくだりが続きます。こんな人生だけは勘弁してほしい、と心底思います。そのことを思い出したのは五十歳になった日の朝方、自分が見た夢ででした。
夢の中で私は新札のデザインをしていました。著名な人物の顔写真をかき集めてそれらをちょきちょき切って紙に貼ってコラージュして、仕事仲間と「あれかこれか」と話していました。その候補として紫式部もあったのです。紫式部自身は知らないけど、『源氏』はいつなんどき、どこをぺらっと開いて読んでも新鮮にむかむかすることのできる稀有なお話だなあ、とみんなで話していました。私は与謝野晶子、伊藤野枝、岡本かの子、樋口一葉を推していました。樋口一葉は不評でした。「見たら元気の出る顔がいい」という意見が主でした。夢の中ではインフレが起きていて、取引数が大きいのは五千円札だったので、五千円の顔を誰にするかで議論が交わされていました。
それで特に夢占いなどはしなかったのですが「これは吉兆」と決め込み、勇気凜々、お散歩に向かいました。
お目当ては世田谷美術館で開催中の『グランマ・モーゼス展 素適な 100 年人生』です。
アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860-1961)は「グランマ・モーゼス」と呼ばれて愛された画家で、七十代を過ぎてから描き始めた絵が人気を博し、101 歳まで描き続けたことでも有名です。子育てを終えた主婦が一人の時間を得てから始めた創作活動で人生を謳歌した、というようなストーリーが一般的に流布しています。
でも、実際にその画業を見てみると、元々、刺繍で風景を描き、それが近隣の人に愛されていた時期があり、ポストカードの模写やポスターへの加筆などを通じて絵を一人で学んでいた形跡もあり、本格的に描くようになる前から彼女、アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスの中で絵が育っていたことがわかります。
彼女の絵はまず遠目で美しく、リズミカルで、近寄って見てまた美しい。様々なタッチ、様々な画法が無理なく一枚の中に同居しており、細部を見ても楽しく、全体を見ても楽しいです。
充実の展覧会で、久しぶりに図録(重い)を迷いなく買い求めました。
世田谷美術館は小田急線と田園都市線に囲まれるエリアにあり、どの駅からも微妙に遠く、バスで乗り継ぐ必要があるのですが、砧公園という大きな公園の中にあってカフェもあるので、行ってしまえば一日そこでのんびり過ごせます。おすすめです。
砧公園でまわりをきれいな木々に囲まれながら、
パンとケーキでランチにしました。


砧公園は広大で、木々が大きくのびのびとしていて気持ちがよかったです。
パンを食べて、バスに乗って成城に戻りました。
今日は私の五十の賀ということで、思うさま買い物をしました。
古書、図録、マスキングテープ、ジュエリーボックス、眼鏡ケース、アップルバターなどを大胆に奮発して買いました。これからずっと家の中にアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスの絵があると思うとうれしいです。
晩ごはんのお膳は近くのお店で買ったお弁当です。
食べるのがもったいないほどきれいで、なにもかもがおいしかったです。
さて、五十の賀が過ぎて一夜明けると今日も快晴で、気持ちのよい一日になりそうです。大変なこともあるだろうけど、夫(元同級生、友だちも兼ねる)と友人たちと手に手を取って幸福を紡いでいきたいと、まじめな気持ちになっています。
🍁 おしまい 🍁