「頭が普通に動く人なら私の話を理解できると思うけど」=「これからする話を受け入れられない人はバカである」方式の話し方をする人は嫌いなんです。
そうした卑怯な表現自体も嫌いだけど、そういう表現を選んでいる人とのコミュニケーションは「よいしょ」か喧嘩にしかならないので、距離を置きたいです。
付随する事象としては「笑」「W」「草」などの表現を多用する、「どっちもどっち」「右も左も」などとあらゆる態度をくさすといったことも苦手で、私的に NG ワード扱いにしています。
だからって、そういう人がいなくなればいいとは思わない。
人それぞれにそういう文体にたどりついた歴史があるのだし、そのようにしか語れないことを語らざるを得ない苦境というのも想像できる。
あいつもばか、こいつもばか、自分と自分の支持者以外はみんなばか、と言いたくなる気持ちはほんとのところよくわからないけど、大変だろうと想像する。
ましてや、暴力をふるわれていいわけは絶対にない。
誰もが語ることで理解したり、自由になったりできるわけではなく、語ることでむしろ事実から遠のき、幸福から遠のくこともある。その不幸に巻き込まれないように、文体に組み込まれないようにするのが大事で、腕を振り上げてはいけないし、ましてやその腕を振り下ろしてはいけない。