プール雨

幽霊について

後悔する、後悔する、後悔する 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 移民一世のエヴリンは夫とともにコインランドリーを営みながら子どもを育て、どたばたと日々暮らしてきた。今日は国税庁に行き、監査を受けなければいけないが領収書の整理すら終わっていない。疎遠にしていた頑固な父は病を得て、エヴリン一家の助けを必要としており、娘とはコミュニケーションがうまく行かず、おまけに今夜は春節の宴がある。エヴリンはこの人生、どこで間違えたのだろうと思う。

 エヴリンの前には領収書があり、これをこっちの山に持って行くか、そっちの山に持っていくか、あれかこれかで悩んでいる。

 そのエヴリンに夫、ウェイモンドは「話があるんだ。大事なことなんだ」と優しく話しかけるが、彼女は「後にして」と彼の顔を見もしない。なにせ目の前の領収書の束を一刻も早く整理し終えて国税庁の監査に提出し、釈明し、そして通過しなければならないのだから。そのためにはアメリカで生まれ育った娘、ジョイの通訳がぜひとも必要だ。ジョイは時間までに来てくれるだろうか? それにしてもこの領収書はどの科目で申告すれば認められるのか……。

 もしあのとき、エヴリンがウェイモンドの顔を見て、話を聞いていれば? もし、あのときエヴリンがジョイの恋人、ベッキーをちゃんとおじいちゃんに紹介していれば?

 と、このエヴリンが今まで「取らなかった選択肢」を取ってきた別のエヴリンがそれぞれの宇宙で実在していて、このエヴリンはそれを知ると「この人生はもういや。あっちのエヴリンがいい」と思いっきりこころが乱れるのでした。

 結婚しなかったエヴリンはカンフーの達人になり、映画界で成功します。歌手になったエヴリンもいます。一人でコインランドリーを経営し、ガールフレンドとロマンスの入り口に立っているエヴリンもいます。

 あのときああしなかったら今私は?

 と、後悔しているとき、「あのときああしなかった私」の方も後悔しているかもしれない。この宇宙で時にその数多の後悔が重なり、うっかり世界が崩壊しかける。

 だがしかしそこで諦めてはいけない。

 生まれた瞬間から過ちや罪や後悔をしょっている私たちはその過ちや罪や後悔をはねのけたり、誇りの二文字でごまかしたり、虚無に飲み込まれることなく、どたばたとどたばたとやっていくのです。

 そうすると、ごくまれに、年をとってから出来た友だちとまるで 15 歳同士のような夜を過ごせたり、伝えるべきときに伝えられなかった言葉がめぐりめぐって別の輝きを放ったりする夜もある。

 エルキュール・ポアロは言った。「後悔のない人生なんて価値はありませんよ」と。

 しかし、いつどこで言ったか忘れてしまった。

 私はこの数年かけてポアロものを発表順に『カーテン』まで読むという営みをやってきて、途中たいへんに心が乱れるときもあったりしつつ、先々月くらいに感動のフィナーレを迎えたところなので、今また「後悔のない人生なんて価値はありませんよ」がどこでだれにどういうタイミングで言われた言葉なのか、どうしても読み返す気が起きません。明らかになったときはそっとここに赤い文字で書き込むことにして、話を先に進めると、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はとっても楽しかったです。こういうことは、あるよねと思いました。

 できればサントラを CD で買いたい。そして一日中そこそこの音量で聴いていたい。でも、入手方法がわからないので、とりあえずエンドロールで流れる "This Is a Life" を iTunesStore で買いました。

 いい曲すぎる。

 話は変わりますが、今日は朝から雨が降っていました。

雨に降られる芝桜

雨に降られるネモフィラ

雨に降られる桜

うなだれる水仙

 レシピに日本酒とあるところをみりんに、オイスターソースとあるところをコチュジャンに変えてつくったごはんは、特に問題なくおいしかったです。

 あのとき、「あ、日本酒がないな」と気付いて買いに走った私と、「みりんでいいや」と走らなかった私の人生が今後どれだけ離れていってしまうか、確かめるすべはありませんが、元気でいてほしいと思います。

 ではみなさん、よい夢を!

🎥 おやすみなさい 🎦