雨降り

幽霊について

コーヒー映像千本ノック (8) 回復しない

ミスティック・リバー

原題:MYSTIC RIVER

監督:クリント・イーストウッド

2003年、アメリカ

tower.jp

ジミー、ショーン、デイヴの三人が乾く前のセメントに名前を掘って遊んでいると、手錠を持った見ず知らずの男が現れ、有無を言わせず車でデイヴを連れ去ってしまった。ジミーとショーンは去りゆく車を呆然と見送った。数日後、デイヴは帰ってきたが、それ以来三人で遊ぶことはなくなった。

25 年後、事件が起こった。ジミーの娘が遺体で発見されたのだ。ジミー(ショーン・ペン)は被害者(の父) として、ショーン(ケヴィン・ベーコン)は担当刑事として、デイヴ(ティム・ロビンス)は容疑者として再会する。

三人の中で、生きているケイティの姿を最後に見たのはデイヴで、デイヴは「ケイティは幸せそうに見えたよ」とジミーに言った。それを聴いてジミーは頷いて、デイヴが立ち去ると泣き出した。とにかくこのシーンが好き。

下は、ジミーがケイティの死体を確認した後のシーン。担当刑事としてショーンが経緯の確認をします。コーヒーを二つ手にしてやってくるのはショーンの上司にして相棒のホワイティ(ローレンス・フィッシュバーン)。

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ホワイティがコーヒーをひとつ、ジミーの前に置いて、自身は後ろのテーブルでコーヒーを飲みます。このコーヒーをジミーは飲まない。このとき、ジミーは足を洗ってまっとうな商売をやってはいるんだけれども、元は評判のワルで、刑務所に入っていたこともあり、その時の仲間と付き合いがゼロというわけではなく、このシーンの直前にも「警察より先に犯人を探してやる」とケイティに誓い、実際仲間に調査を頼み、警察とは別行動をとります。その警察との関係が、テーブルに置かれたまま誰の口にも入らないコーヒーに象徴的に映っています。実際、ホワイティはジミーのことをこのとき「前科者」と見抜き、「娘が亡くなったばかりなんだ、緊張くらいするだろ」とショーンをいらつかせます。

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ホワイティとショーンは衝突しながらもすぐに仲直りをするような相棒同士なんですが、仕事の仕方は大分違っていて、ホワイティは自分の勘を信じて見込みでどんどんストーリーを前に進めるタイプ。ショーンはあまり予断を持たずにあらゆる証拠をおさえたいタイプ。

そんな二人は映画を通じて何度か言い合いをします。下の写真はそのひとつ。ここは大好きなシーン。カフェでコーヒーをテイクアウトしたものの、それが高くてまずいということでぶーぶー言う二人。

 「たけえ!」とボス。ショーンはひとまずごくり。

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まだまだ「なんでこんな高いんだ」とボス。ショーンは「……まず」という顔。

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しげしげとカップを見つめるショーン。「まずいなー」と思っているのか「高いなー」と思っているのか、ピュアな表情に胸が撃たれます。

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この後、ホワイティは「デイヴが怪しい」と言い出すのですが、ショーンは「そんなわけあるか」と思っています。このシーンの少し後で、やはりホワイティが「デイヴが犯人像に近い」と断じ、ショーンがその矛盾点をつくと、「友だちだからかばうんだろ」と言われ、「友だちじゃない! もしあいつが犯人だったら、真っ先に俺が手錠をかける」と珍しく感情を爆発させます。

この「友だちじゃない!」が痛ましくて、なんど見てもはっとします。三人は 11 歳のときの誘拐事件以来、距離が出来てしまって、ジミーの娘、ケイティの殺害事件によって再び引き合わされるのですが、それはやはりデイヴが車で連れ去られたあのとき、あの場所に引きずり戻されることでもあり、回復しない傷をえぐられることであり、どうしても埋められない距離を意識させられる日々でもあります。

この映画は第 76 回アカデミー賞主演男優賞にジミー役のショーン・ペンが、助演男優賞にデイヴ役のティム・ロビンスがノミネートされて話題でしたが、私にとってはショーン役のケヴィン・ベーコンの名演が光る映画です。

ほとんど大抵のことにおいて、非映画的なリアルさで楽しませてくれるこの映画で、最も映画的なのが、ジミーやデイヴの話をじっと聞くショーンの姿です。

例えば先の、最初の経緯確認のシーンでは、ジミーは突然、デイヴが連れ去られた日、あれがデイヴでなくて自分だったらと思うという話を始めます。そして次にはケイティの母親がどれほど魅力的だったか、自分はどれほどの情熱を傾けて彼女に愛を告げたかと話し続ける。どこへ向かうかわからない、この長い話をショーンはただ黙って聞くのです。

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話を聞きながら、ショーンの目に一瞬何かが光るようにも見えたり、笑っているようにも見えたり、とにかく、ただ黙って最後まで聞く彼の微妙な表情が印象的です。

下はデイヴに話を聴いた後、立ち去るデイヴをただ見送るショーン。ただ聴いて、ただ見ているショーン。

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日本公開は 2004 年の 1 月。アメリカ公開は少し前の 2003 年 10 月。先にも述べたように、2004 年 2 月第 76 回アカデミー賞主演男優賞ショーン・ペンが、助演男優賞ティム・ロビンスがノミネートされていました。公開前にもどって、2003 年で考えると、「ハリー・ポッターと秘密の部屋」、「マトリックス リローデッド」、「マトリックス レボリューションズ」、「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」あたりが興収的には話題だったのかなあ。個人的には「インファナル・アフェア」、「呪怨」、「マッチスティック・メン」あたりに思い出があること、「ほえる犬は噛まない」や「猟奇的な彼女」など韓国映画を日常的に見出した頃だったということ、「東京ゴッドファーザーズ」は後で DVD で見たのですが、これは冬に見るのにいい映画だなあということなど、水準と強度がばらばらの映画体験の記憶があって、そんな中「ミスティック・リバー」も見ていたと思うと不思議な感じがします。

隅から隅まで非常に苦い映画で、甘い結末じゃないところにむしろ優しさを感じます。おそらく誰もこの事件からは立ち直れない。そうしたことが、「価値」だとか「意味」だとか生産的なことを良しとすることとは少し違った価値観のもと、静かに映されていきます。おそらく、立ち直れない。そして、それは 25 年前の事件も同じだった。あのときデイヴが乗せられた車をただ為す術もなく見送ってしまった二人の少年の傷もまた回復しえなかったこと、「今もほんとは11歳で三人で穴蔵の中にいるんじゃないかって気がする」とつぶやいたショーン、「あの時誘拐されたのが俺の方だったら」と言いながらデイヴには「誘拐されたのは俺じゃない」と言ったジミーが二人で一瞬「あの場所」に立って、あの車が立ち去る瞬間を二人で幻視した、ただそれだけのことがかけがえのない一瞬で、ただただ痛ましい。その痛ましさに付き合うだけの二時間の、正直さにどこかでほっとしてもいる、不思議な映画です。