プール雨

幽霊について

花をあげます

 秋晴れの今日、

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空気がからっ

『007 NO TIME TO DIE』を見ました。

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ばばーん

マドレーヌ・スワンの秘密を聞く前に、ジェームズ・ボンドと彼女は別れることになってしまった。MI6 を辞め、一人で静かな暮らしを重ねるボンド。そこに親友のフィリックスが現れ、助けを求めた。誘拐された科学者を救出するために、キューバに飛んでほしいという。同じ頃、新しく 007 となったノーミもまたボンドの前に姿を現す。一方、医師として働くマドレーヌは過去と闘っていた。

監督:キャリー・ジョージ・フクナガ

ジェームズ・ボンドダニエル・クレイグ

 刻々と移り変わっていく、今、私たちが生きている現実から生まれた物語なのだなという感じがしました。

 背中を気にするボンドの姿には、ジョン・ル・カレの次の言葉を思い出しました。

 この手のこと*1がイギリスで起きたことはあっただろうか。われわれはずいぶんまえに、ドイツと自分たちを比較することをやめてしまった。もはや比較する勇気がないのかもしれない。近年のドイツには、自信にあふれながらも攻撃的ではない民主的な力が出現している。人道的な模範になったことも論をまたない。われわれイギリス人がのむには苦すぎる薬だろう。これは私がずいぶん前から嘆いてきた点だ。 (ジョン・ル・カレ『地下道の鳩』p.56)

 あるいは、「戦後日本の建国神話」において繰り返し「多大の『被害』『犠牲』を支払わされた惨めな敗戦から這い上がり、『不戦』を誓い合った人々が努力と苦労を重ねて平和と経済的繁栄を手にするに至った」という物語を語る一方で、「日本・日本人が戦争中に他国(特に中国、朝鮮半島などを中心とするアジア諸国)において行った侵略行為、残虐行為、すなわち『加害』の経験が捨象」(米倉律『「八月ジャーナリズム」と戦後日本』)され、今となっては政府が率先して「解決済み」という言葉で封印にかかろうとするこの状況などを。

 ボンドの重い身体からは、そういったものをきまじめに引き受け、考え続ける者の疲労が滲んでいます。

 このボンドの雰囲気がとても個性的で、マネーペニーや Q、フィリックスたちがボンドの方に吸い寄せられてしまい、一度は銃口を向けたいような気持ちになりもするけれども、結局ボンドのために尽力するはめになる姿には、たいへんな説得力がありました。

 ボンド自身はいつも悲しそうで、それが、この時代のひとりの人として、とてもリアルなのでした。

 そこで毎度問題になるのは、ボンドが闘う相手です。組織力、資金力が潤沢にあり、デマと暴力で世界を俺ら色に染め上げようとしているテロリストの皆さんが出てきて寝言のような演説を始めると、「そういえばこれは 007 なのだったなあ」としみじみ思い出す、そんな不思議なことになっているのが、このダニエル・クレイグの 007 でした。

 今回の敵は、各国の排外主義に生きるみなさんのイメージをきゅっとまとめた感じでした。主張はサノスタイプで、人類を半分くらいにすれば、きっと調子よくなるよというもの。ちなみに趣味は日本風です。日本は今や排外主義の方々にとって憧れの土地だそうで、思わずうなだれてしまう描写です。使用する細菌兵器は元々イギリスで開発していたものなので、MI6 はもうてんやわんやです。

 この辺りの顛末に関しては「あれがこうなってそうなったら……いやだなあ!」と思っていると大体その通りになってしまうのがもの悲しいです。また、悪の親玉がボンドにスピーチこくシーンがあるのですが、この手の悪者史上、最も支離滅裂だったのではないでしょうか。あの辺の「上を下へ」のくだりが全体に支離滅裂で、私はぼんやりと「この建物、広く見えたけど狭いんだな」と納得しました。

 ちょっと気になったのが、ある登場人物が意味ありげに蚊に刺されるシーンがあったことです。この映画では感染がモチーフになっているので、「これはたいへんなことになったのだ」と思うのが人情だと思うのですが、どうもそれは単に、蚊だったらしく、特に何も起こらなかったのです。

 というわけで、ことの経緯や顛末にはちょっとさみしいものがあるのですが、この十年くらいの間、ほかならぬダニエル・クレイグジェームズ・ボンドが私たちの前にいてくれたことは、ほんとうに数少ない、すてきなことのひとつでした。とても貴重なプロジェクトだったと思います。

 みなさま、おつかれさまでした。

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おつかれさまなのよ

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光る花をボンドに

 ところで話はちょっと変わるのですが、昨日、家の中に蛾が入り込みまして。発見後数分は窓を全開にして、「森へお行き!」と外に出す努力をしたのです。でもなんか、うまく行かなくて、結局めんどくさくなって殺してしまったんですよね。

 この、私の「めんどくさくなって殺した」って台詞が、どんな映画に出てくる悪者よりも狂気を感じさせ、「明日の007の悪役に悪さの度合いで勝ってしまうかもれいないな」と思いました。実際、私の圧勝だと思います。

 

🎦 おしまい🎥

 

 

 

 

*1:ドイツで、ナチス時代の残虐行為に対して代償を払うべく、粘り強い調査と裁判が続いたこと