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シャーロック・ホームズがジョーン・ワトソンを NY でたたき起こす方法

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 私が『ヴェラ』のシーズン 6 以降をテレビで見られるのはいつの日でしょうか。『ヴェラ』はイギリスで 2011 年から放送されて、現在 12 シーズンまで放送されている作品です。したがって、「今、ヴェラ見てる人いないかしら」とうかつに検索すると、先々の展開を読んでしまうことになりかねず、ファンサイトを探すのもためらわれます。

 その辛さ寂しさを紛らわすため、2012 年から 2019 年まで、7 シーズンかけて放送されたドラマ『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』のシーズン 1 を見ました。全 24 話で、たっぷりしておりました。

 物語は薬物中毒治療中のシャーロック・ホームズのところに、付き添い治療のためにジョーン・ワトソンが派遣されたところから始まります。ジョーンは元外科医で、その仕事をやめて薬物中毒患者の付き添い治療に従事しています。次第に、彼女が外科医を辞めたのは医療ミスで患者を死なせてしまった経験がきっかけだとわかってきます。かたや、シャーロックはシャーロックで、なぜ薬物中毒に陥ったかというと、そこにアイリーン・アドラーという女性の死がかかわっていたことが徐々に明らかになっていきます。第 11 話まではこの、それぞれに傷ついてケアを必要としている二人が出会って、次第に向かうべき道を見つけるところが描かれます。

 私たちがよく知っているホームズとワトソンの物語が始まるのは 12 話からで、以降、モラン、モリアーティ、ハドソンさん、そしてアイリーンが登場します。

 私はこの『エレメンタリー』がどうしたわけか大変好きで、折に触れて言及もしているのですが、今回見直すまで、重大な勘違いをしていたことが判明しました。それは以下のようなものです。

 「『エレメンタリー』はシーズン 1 の最初の方がべらぼうにおもしろい。その勢いで最後まで見通せる。だがしかし、どっちかっていうと、その、最初の、傷ついた二人が立ち直る過程でタッグを組むことを決意するくだりだけで最後までやってほしかった。いっそシャーロックとワトソンじゃなくて、完全にオリジナルであってほしかった」

 うむうむ。

 そう思い込んでしまう気持ちはわかります。

 このシャーロックとジョーン・ワトソンがあまりに私にとって魅力的で、見ているだけで嬉しくてたまらないので、単にこの二人が街のちょっとした事件を解決するだけのドラマを延々見ていたい、そう思ってしまったのです。

 今回久しぶりに見直したら、冒頭からみっしりぎっちり、まぎれもなく、これはあの、19 世紀に爆誕したシャーロックとワトソンなのでした。シャーロックすぎるし、ワトソンすぎる。舞台は NY、時はいま、シャーロックのドラッグは「趣味」ではなく「問題」なので治療対象、ワトソンはアジア系の女性ときて、なのにどこからどう見てもこれはあのシャーロックとワトソンの物語なのでした。

 ではここで発表します。

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 第一話冒頭では、事件現場に付き添いのワトソンが来ることをホームズは不都合に思い、彼女の目覚まし時計から電源を抜き、寝坊させています。最初は「寝ていてくれ」と思っていたわけです。これは、彼が薬物中毒治療中であることを、市警の仲間に知られては困るという実際的な理由もあったでしょう。

 しかし早くも第三話で、ホームズがワトソンを起こす場面が見られます。一晩中捜査資料と向き合い、推理に推理を重ねたワトソンは我知らず、テーブルにつっぷしてうたた寝していました。そのワトソンをホームズは大声で起こします。ワトソンはびっくりして目をぱちくりしました。ホームズはうれしそうです。この前に何があったかというと、シャーロックのおそろしく地道な、他の人が見たら馬鹿げているとでもいいそうな捜査手法に、ワトソンが異を唱えず、逆にそれを成し遂げる為に「スクワットをすれば起きていられる。血流がよくなり、頭も冴える。夜通し作業するにはスクワットがよい」という手法をさずけ、二人でまずはせっせとスクワットをするという、たいへん不思議なことがありました。でもワトソンは大真面目です。そうです。ワトソンという御仁は 19 世紀だろうと 21 世紀だろうと、常に大真面目なのです。これにホームズはわくわくうきうきとし、すいすい推理がすすみ、朝が明ける頃には重大な手がかりを得ることになったのです。つまり、ここでは「ともに捜査をする仲間としてのワトソン」がホームズの前に立ち現れていて、そのことにホームズは密かに感動しているのでした。

 寝てしまったワトソンの肩には毛布がかけられていました。

 この後順調に、ワトソンがホームズを助けたり、それぞれが別の事件を解決したりして、ばらばらだったホームズとワトソンが「ホームズとワトソン」になっていき、第 6 話では寝ているワトソンの部屋でホームズが彼女の起床を待っているところが見られます。この過程で、ワトソンは元恋人に裏切られ続けてきたことを、ホームズはアイリーンという最愛の人を失ったことを告白します。助け合うには打ち明けたいときに打ち明けることが肝要だからです。

 そして、その後定番化する、「早朝、まだ寝ているワトソンの部屋にホームズがやってきてたたき起こす」という営みの始まりが、ついに第 10 話で見られます。第 10 話は最初の方で、捜査初日夜、ワトソンが金庫室でうたた寝しているところをホームズが起こすシーンもあるので、起こされるワトソンがとにかく好きな私やあなたには充実の一話です。捜査三日目の朝、ホームズは朝食を用意して「おはよう!」とワトソンの部屋に入ってきて、7 分で食事をし、23 分で身繕いをしろと言うのです。完全にわくわくしています。

 さて、この後、ワトソンは付き添い期間が終了し、仕事としては無職の状態になりながら、そのことをホームズに隠して、表向き付き添い延長したということにして、ホームズとともにいることを選択します。ワトソンは仕事以外の理由でホームズのそばにいることを選択し、「自分が選択した」ということを自覚していく過程が描かれていきます。

 ワトソンが残ることを決めた大きな要因は、モラン、そしてモリアーティーが登場し、ホームズを追い詰めたことです。これが 12 話でのことです。それまでホームズは治療中という状況にふさわしく(?)、あまり恰好などにこだわっておらず、スタイリッシュとはほど遠い姿でした。この 12 話から、ホームズはきちんとしたシャツを着だし、いよいよあの、スマートなホームズの世界に突入するのです。

 ホームズは第 14 話、第 19 話でも印象的な「起こし」を見せてくれます。「起こし」の前には大体、長い夜が描かれます。二人で話し合い、検討し合い、励まし合うシーンの後に見る「おはよう、ワトソン!」というホームズの姿にはなんともいえない感動があります。窓から暖かい朝日がさしているのもよいです。

 ところで、このほかならぬワトソンが女性であることによって、市警のグレッグソンもベルも、敵のモリアーティも固定観念から二人の関係を見てしまいます。グレッグソンはワトソンをあくまでも付き添い、ホームズのサポート役として見ていますし、ベルに至っては彼女のことを「シャーロックの影法師」と呼びます。そして、二人にとってワトソンはホームズのサポートである以前に、あくまでも女性なので、危険から遠ざけてやらなければならないという「配慮」をしようとします。また、モリアーティはワトソンの動機が読めず、ワトソンに、シャーロックとの恋愛関係を望んでいるのかと、やはり型にはまった反応を見せます。

 だれもワトソンの真価が見えていないのです。彼女が何を選び、どう考え、次にどうするつもりか、だれもわかっていない。

 ワトソンはそれら的外れな言動に対して、時に怒りをあらわにし、時に失笑し軽蔑の表情を浮かべながら、自分が選んだ道を信じて進んでいきます。

 二人の関係を恋愛や、どちらかが一方的にケアするものと見ているうちに、人びとはワトソンのことを見誤り、驚かされることになる。それがこのシーズン 1 では繰り返され、ラストにも大きな意味をもつことになります。ホームズという驚くべき人物のそばにいる謎の人物、ワトソン。この人がどういう人か、それが 24 話を通してじっくり描かれています。

 事実と真実に対して献身的で、そのために孤独を味わうこともある二人が出会い、友だちになりました。まとめてしまうと実に単純な話ですが、だれの孤独もそうであるように、ホームズとワトソンも孤独に耐えて生きています。ホームズが理不尽に早朝、ワトソンをたたき起こす場面には、その孤独をともにする友がいることへの喜びが溢れています。

 二人の住む家の屋上には、新種の蜂がいます。

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 この曲がかかるシーンが大好き!

🐝 おしまい 💃🏃