プール雨

幽霊について

ひとめぼれ

carol-movie.com

原題:Carol

監督:トッド・ヘインズ

2015 年 アメリ

テレーズはデパートの玩具売場で働いている。クリスマスシーズンで売場は賑わい、店員たちもサンタの帽子を身にまとってどこか浮き浮きしている。そんな雰囲気にテレーズはどうしても馴染むことができず、渡されたサンタの帽子の扱いに困っていた。「かぶるように」という売場主任からの指示でいやいやかぶる。その喧騒の中で、ぽっかりと穏やかな色と静けさが漂ったような気がしてテレーズは思わずふっと目を留める。女性が一人、居心地悪そうに売場を見渡していた。彼女はテレーズを見つけるとゆったりと歩み寄り、話しかけたのだった。

 テレーズを見つけるとまっすぐ歩いてきて、「あなたが子どものころ欲しかったものは?」と尋ね、その言葉のままに買い物をし、配達を頼み、そっと手袋を置いて、そして「その帽子、かわいいわ」と言って立ち去るキャロル。

キャロルが置いていった手袋を郵送し、送ってくれてありがとう、お礼にランチはいかが? と聞かれると即「イエス」と答えてしまうテレーズ。

二人が初めて食事をするシーンでは、テレーズは自分でメニューを選ぶこともできない。ただ「同じものを」と言ってしまう。そして、一口口に持っていく度に、軽く手で口元を抑える。リチャードという恋人がいて、プロポーズされてもいるが、自分が何を求めているかもわからないのに、イエスもノーも言えないと彼女は言う。

そんな彼女にテレーズはあなたはまるで天から降りてきたようだわと言うのだった。

キャロルもテレーズも訥々と言葉を漏らしながら、その言葉でいいような、よくないような、でも一度唇に乗せた以上は最後まで言うしかないというような礼儀正しさを見せつつ、恋の日々を生きる。

ひとめぼれをして、言葉ではまるで追いつかない気持ちに翻弄されながら、まずは言葉を声に乗せるしかない、そんな毎日だ。

とっくに奔流に飲まれているというのに、二人だけで過ごす時間はとても穏やかで、ずっとその時間が続けば良いなあと思う。

キャロルの物語でもテレーズの物語でもなく、二人の間にあることについての映画だという、その危うさがとても良かった。離婚協議中のキャロルの夫や、テレーズの婚約者、あるいは友人たちにもカメラは十分敬意を払っていて、ふっとした瞬間に主軸が変わりそうな気すらするし、彼らの間にも、そしてどこにも、キャロルたちの間にあるような濃密な時間が流れているのだろうと思える。

自分が食べたいものすらわからず、「同じものを」と言い、好きかどうかわからない男性とのつきあいを続けながら、プロポーズに応えられないでいたテレーズが一歩前に進んだ瞬間が印象的だった。とても短い台詞だったけれども、はっきりとキャロルははっとし、その表情は喜びに溢れ、決定的に二人の関係は変わっていった。

最初に確信があっても、その確信がどこにあるかわからないし、はっきりと言葉で語れることでもないから、恋はふわふわと時間をかけながら進んでいく。最初から結論は出ているのだけれども、大人同士の恋ではなかなか自由にその歩みを進められない。そうした素朴で、同時にもどかしく、そして濃密な感情が、あの柔らかい話し方をするキャロルとおずおずとしか話せないテレーズの間にはあって、ただそれだけのことなのに、それだけのことが間違いなく映されてしまっていることにずっとどきどきしていました。 

キャロル(字幕版)

キャロル(字幕版)