若竹七海に「葉村晶シリーズ」というものがあります。
バブル崩壊、不良債権処理、金融危機、リーマンショック等々に揺れる東京をひょろひょろと、そしてこつこつちまちまと歩き回り、時にはやむにやまれず走ることもある探偵、葉村晶。すかっと楽しい! という感じではないのですが、癖になるシリーズです。
第一作の『プレゼント』(中央公論社版)は 1996 年の刊行でした。最新作の『不穏な眠り』を入れて、現在まで 8 冊出ています。
『プレゼント』で二十代だった葉村晶は現在四十代。彼女より四つくらい年下と思われる私も同様の時間を経てきました。
これが今年、ドラマになりまして、ちょっとびっくりしました。
小説や漫画が映像化されると必ずやファンからは悲鳴があがるものですが、私はあまりあげない方です。「これはこれで」といった感じで受け容れることが多いです。
でも、歯切れは悪くなってしまいます。
原作があるとやっぱりその原作との関係があるから、その行き来が時にめんどくさい。
特にこの葉村晶とはここ 20 年くらい、伴走気分で共に生きて、読んできましたので、虚構内人物としては最も実在感が強いのです。
住んでいるところも近いし、すれちがっているとしか思えない。
全7回のドラマは多分色々と工夫されていたのでしょうし、原作を読んでいなければそれなりに楽しく見たかもしれません。
でも見終えて真っ先に思ったのは「これは私の知ってる葉村晶じゃないな……」ってことで、「私の知ってる葉村晶」を探し求めて、シリーズ全作を読み直してみることにしました。
そこで発見したのが、自分は第一作『プレゼント』を読んでいなかったということです。
「探偵・葉村晶」誕生前夜のあれやこれやが収められた短編集で、彼女がまだいろんな仕事を渡り歩いている時期の話なので、いろんな語り手から見る葉村晶が読めて楽しかったです。探偵になってからの彼女の口からはほとんど語られることがなくなってしまった、彼女自身の家族との問題なども出てきました。
大変な目に遭っていました。
そして、この第二作はシリーズのなかでも異色で、バットマンで言うところのジョーカーのような、シャーロックにおけるモリアーティのようなヴィランが出てきます。葉村晶はこのヴィランのゲームに巻き込まれ、東京を走り回ることになります。
私はあまりこういう、アンチヒーローのような人物と、そういう人物が出てくる物語は好きではありません。勝手にルールを決めてゲームを始めておいて、自分の筋書き通りに話が進むと被害者面して演説をするような人物は嫌いです。
こうした人物が出てくると「あれか/これか」の話になって、どうなったとしても表面上は巻き込まれた側の「負け」になるしかないから、ほんとむかつく。
葉村晶にはこんなやつを追いかけてほしくないです。
次の『悪いうさぎ』は、ドラマでもクライマックスに来ていましたが、葉村晶史序章の山場です。この『悪いうさぎ』で「第一部完」という感じでしょうか。
満点にちりばめられた星々。都会の空では絶対に見落としようのない一等星でさえ、ここではあまりの数の星に埋もれて、どれがどれともわからない。
ひとつひとつの星の光はどれもあるかなしか、ほんのささやかな光だった。太陽、いや蛍光塗料とさえくらべものにならないほどの小さな光の点だった。
だが、満足だった。わたしの目と心にはじゅうぶんに明るい。
星は夜空を満たすと同時に、わたしを満たしてくれた。
ひとりだけど孤立しているわけではない探偵、葉村晶誕生の瞬間です。彼女の性格上、バディものにはなりえないんですが、友だちはいるし、その時々で連帯あるいは共闘する相手もいる。頼りにしている大家もいる。そういう葉村晶の物語がこのあと、第二部へと突入します。
三月は、これらを読んでいて、その時々の自分のことなんかも思い出してしまい、基本的にぼーーーーっとしていました。
戦後のどさくさに続出した、自分こそが本当の天皇だと名乗りをあげる人びと。主人公虎沼もそのひとりで、彼は息子とともに全国の天皇に団結を呼びかけ、現在の天皇に退位をもとめる運動を起こすが……というお話。
「天皇」なのに「組合」という事態のおもしろさ、あやしさが楽しいです。
全国の天皇の署名を集めるくだりはちょっとした名所めぐりにもなっていて、土地勘のあるところが出てくると、「ああ、あの辺の、あれをああして、へえ」と思えたりして、それもまた乙なものでした。
ふぁーと始まってふぁーと終わるので、寝しなに読むのに最適。おすすめです!
コロナで蟄居命令が出ていますので、読書するしかない時期のはずが、うすらぼんやりしてしまいました。
4 月はもうちょっと充実させないと、しっかりしないと、と思いつつ、まだまだ葉村晶シリーズを読んでいます。