プール雨

幽霊について

ミステリデイズ

 すりこぎが一本なくなりました。

 それは雨夫さんが毎朝足の裏でごろごろ転がして足裏を刺激するのに使っていた美容グッズなのです。

 雨夫さんはそれをリビングの扉付きの棚下段にしまう習慣でした。

 そこは普段つかわない家電、保管用紙袋(かわいい)、使用する予定のある紙袋、リサイクルにまわす古紙類、回収に出す新聞紙などが置かれている場所です。

 ある朝雨夫さんが「ないお、ないお」と言うので私は「どこかに落ちているのだろう」という程度に考えていました。

 しかし、それは容易には見つかりませんでした。

 しょうがないので、そこにあるものをすべて引っ張りだし、整理整頓しました。

 それでもすりこぎは出てきませんでした。

 はて。

 不思議すぎます。

 まあまあの質量重量があって、「何かに紛れて捨てた」とも考えにくいし、念のためその日の朝リサイクルに出した古紙類のかたまりを回収して中をよく見たもののやはりそこになく、捨てていないのは確かなのに、ないものはないのです。すりこぎは消えました。

 私はポアロやマープルのように推理しようとしましたが、最後に目にしたときの記憶がまったくなく、手がかりがありません。

 にもかかわらず、かなりの確立で犯人は私なのです。

 なくなる前の日、雨夫さんはいつも通りすりこぎでぐりぐりした後、それを空気清浄機の箱の上に置いたと証言します。そしてその日私は空気清浄機を箱にしまいました。

 話は変わるのですけど、この春まで、十年以上にわたって使用してきたどでかい空気清浄機がありました。それは加湿器機能もついていたせいか、使用期間(=スギ花粉・ヒノキ花粉が猛威を振るう期間)には電気料金が4〜5千円ほど跳ね上がるものでした。うちの電気料金がやばいのは毎年夏でも冬でもなく、春だったのです。今年、電気料金高騰の最中、そんなものを使用したらどんなことになるのか恐ろしかったので、我々は特に壊れていなかったそれを捨て、小型で加湿器機能のついていない空気清浄機に買い換えました。おかげで前年と比べて電気料金は増えませんでした。さらにこの空気清浄機が効き、室内は空気を清浄に保て、くしゃみはなみず目のかゆみは軽減されました。私はあの日、念入りにその清浄機を掃除し、「よく効いてくれた、ありがとう」と箱にしまいました。

 この、念入りに箱に清浄機をしまったときに事件は起きたはずでした。

 だから私はもういちど清浄機を箱から出し、入れ、棚にしまうというモーションをし、箱の上にあったというすりこぎの記憶を呼び覚まそうとしました。

 記憶は呼び覚まされませんでした。

 それで「いいや、とりあえず買っちゃえ」と思い彼がそれを入手した店ですりこぎを探しました。あることにはあったのですが、形状が違うのです。お店のすりこぎはすりこぎのフォルムをしています。当然のことながら。しかし彼のすりこぎはまっすぐなのです。ヌンチャクの棒のような形状です。

 うむ。買うことすらままならない。

 それで私たちは数日「ミステリだね」と言い合ってお茶を濁していました。私は言いました。「不思議すぎて、謝ることすらできない」と。彼は小さな声で言いました。「謝ってほしいんだけど……」と。しかしまた私は言いました。「だって、どういう過失かもわからないのに謝れないよ」と。

 そんなふうに、不思議なこともあるものよのうとぼんやりしていた昨日、突然の天啓が舞い降りました。

 捨てていないのが確かなら、やはりすりこぎはあの棚にあるはずなのだ。

 そして、あの棚にあるものは一回すべて撮りだして整理してもどしたのである。そのときに、意識の外にあって、まったくチェックしなかったものがひとつ、あるではないか。それは、新聞の束……。

 あったーーーーーーーーーー!

 新聞入れの中を掘ったらそこにあったーーーーーーーーーーーーーー!

 わっしょい!

 わっしょい!

 そこで私は初めて「ごめんねえ」と謝りました。

 謝った上で、「だがしかしこれは私が犯人でない可能性もまだある」と言った。夫は「ほう」と不思議なものを見る目で私を見ている。私は「犯人は『自然』または『偶然』という可能性も、ある」と言い放ったものである。

 それでその話はおわった。

 いいえ、おわってなかった。

 あれはすりこぎではなく、めんぼう。

 なくなっていたのはめんぼうでした。

 ところでこの話は本人以外、まったく興味がないと思われるので、多くの人はここまでたどりついていないと考えられます。

 ここまで読んでくださったあなた、ありがとうございました。お礼にかわいいメジロちゃんの写真を送ります。メジロちゃんはお食事中でした。

ごくごく

🐤 おしまい 🐧