プール雨

幽霊について

高畑版『赤毛のアン』第 49 章「曲り角」

 アニメ『赤毛のアン』第 49 章「曲り角」を拝見しました。

 原作で言うと、第 38 章「道の曲がり角」前半部分に相当します。集英社文庫松本侑子訳『赤毛のアン』p.436 - 442 l. 7 です*1

 マリラが評判の眼科医に診てもらいに行くところから始まります。『赤毛のアン』冒頭からマリラが悩んできた頭痛の原因についてここでひとつの結論が出ることになります。

 診察室の前に出来ている人の列や、うなだれている人々、そしてマリラの首の角度に、もう、悲しくなってしまいます。こうした、診察に来ている人々の、その姿ひとつひとつに描き手のこだわりと愛情がこもっていて、今思い出しても喉の奥がぎゅっとなります。

 マリラがあんなに疲れた顔を見せるのは、私にとってもショックなことでした。

 アンはマリラが失明の危機にあると知り、激しく泣きます。マリラに鳴き声が聞こえないように水をじゃぶじゃぶ出し、洗い物の手を動かしながら。そして、すべて片付けて、寝入っているマリラを確かめてから家を抜け出し、一人で考え込むのでした。

 このシーンはとても長く感じました。

 銀行が倒産したショックでマシューが亡くなり、今またマリラが失明の危機にあると知らされ、アンはじっとひとりで考えていました。

 考え抜いた末に、彼女は微笑みを浮かべてグリーン・ゲイブルズを見つめるのでした。

アンは、自分のなすべきことをしっかりと正面から見据え、そこに味方を見出したのだった。

義務というものが率直にこれを受け入れるときにいつもそうであるように。   (アニメ『赤毛のアン』第 49 章 荒木芳久・高畑勲脚本)

  このシーンは原作だとこうなっています。

卒業式を終えて家に帰った晩、ここにすわったときにくらべると、何という悲しい変わりようだろう! あの夜のアンは、希望と歓びと未来への夢に満ちていて、薔薇色の可能性が開けていた。あれから何年もたったような気がした。しかし、ベッドに入る頃には、アンの唇にまた笑みが浮かび、心に平安が戻った。アンは、自分のとるべき道を、勇気を持って正面から見すえ、味方にしたのだ。たとえ義務であっても、それに心を開いて当たれば、良き友になるのである。   (『赤毛のアン』第 38 章 L. M. モンゴメリ著、松本侑子訳 集英社文庫 p.437 - 438)

 まずアニメの、原作に対する忠実さにここでも驚きます。アンの受けたショックの大きさ、悲しみ、不安、そして「義務」に「心を開いて/率直に」向き合うことでそれを「味方」につけ、なすべきことを見つけ平安に至る、そのアンの心がたどった道筋が見事に、その通りに描かれていたことがわかります。

 原作では灯りもつけずに自室でじっと考え込んでいたところを、アニメではアンの心情にしたがって分節化し、水仕事をしながら激しく涙を流し、一旦は部屋にあがるものの、外に抜け出し、小川の流れる橋の上でひとり考える。考え抜いて、なすべきことを自覚したとき、彼女の目の前には愛しいグリーン・ゲイブルズがあって、まるで「義務」というものが彼女の行く末を温かく照らしているようでさえありました。

クィーン学院を出た時は、私の未来は、まっすぐな一本道のように目の前にのびていたの。人生の節目節目となるような出来事も、道に沿って一里塚のように見わたせたわ。でも、今、その道は、曲がり角に来たのよ。曲がったむこうに、何があるか分からないけど、きっとすばらしい世界があるって信じているわ。それにマリラ、曲がり角というのも、心が惹かれるわ。  (前掲 p.441)

 終盤に行くにしたがって、ずっしりと重みをたたえてきたこのアニメ『赤毛のアン』もあと一話で終わりです。16 歳になったグリーン・ゲイブルズのアンが、曲がり角の手前で何をどう見てどんな気持ちになるのか、楽しみです。

 

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*1:文春文庫版が最新です