プール雨

幽霊について

桜小路優考

 

 

 『ガラスの仮面』は演劇のこととなるとまわりが見えなくなってしまう北島マヤ姫川亜弓、二人の物語です。

 姫川亜弓は演劇にかかわるものすべてに献身的で、異常な身体能力をもち、人体の限界をこえて働けるそのハードさが体から溢れ、あまり人が近寄ってきません。

 近寄ってくるのはこれまた演劇以外のことはどうでもいい北島マヤくらいです。

 二人は親友です。

 恩師月影千草に冷凍庫に閉じ込められた際は二人でおしくらまんじゅうをして乗り切り、恩師の無理難題をがんがんに咀嚼して生きてきました。

 そこにちょろちょろからむのが桜小路優と速水真澄です。

 読みながら「じゃまくせえな」と思ってしまうのは、物語の構造上しょうがありません。こっちはマヤと亜弓の演技合戦とその合間合間にさしはさまれる「これ、リンゴ酒よ」とか「ね、チョコレートパフェ、食べる?」とか、そういうので腹いっぱいだというのに、プライドが高く最終的には自分が一番でないと納得できないにもかかわらずうかうかと北島マヤに恋してしまう桜小路優が出てくるたびに、舌打ちが止められません。

 冷たいでしょうか?

 冷たいですよね。

 だって、この『ガラスの仮面』という、今やすっかり破綻してしまい、決して完結しえないであろう物語に、ただ一人出てくる真人間らしき人、それが桜小路優なのですから。

 マヤ? 才能? あの子の才能ですって? おーほほほほほほほほほほ! 北島マヤ! あの子は天才よ……!

 ががーん。

 というくだりを思い出すまでもなく、北島マヤ月影千草姫川亜弓を筆頭に、この漫画に出てくるのはみんな天才か変態です。

 そして、桜小路優のように、基本的に勤勉で、まわりの期待に応え続けて生きている人はうっかり北島マヤのような人間に惚れ込みやすいのです。

 桜小路優はストーリーを気にする人です。過去と現在と未来がぶっといラインになっていることを望みます。あのひあのときああしてこうしてこうだから、今僕とマヤちゃんはここでこうしているんだねという人です。

 一方、北島マヤは過去とか未来とか、そういう発想がない人です。多少「これからどうなるのかな〜」と生理的に思うことはそりゃ、あるでしょう。人間だもの。でも、基本的にあまりそういう考え方はしない人です。彼女は集中力があります。目の前のことに夢中になり、あまりそれ以外に気を配る能力がありません。過去とか未来とか気にする人は速水真澄に「おまえさま」って言わねえよ。

 しかしここで不幸なことに桜小路優はその劣等感と好奇心で北島マヤに吸い寄せられてしまうのです。マヤちゃん、君って不思議な人だね、と。ちがう。マヤは特に不思議でも何でもない。マヤの考え方はストレートかつシンプルで、人間が 5 人いたら 4 人は「そうだな、マヤ、まったくおまえの言うことはもっともだ」と同意するようなポピュラーさがある。桜小路、おまえの世間が狭いだけなんだよ。それをおまえときたら、初手でくらっときて、その「くらっ」に価値を置いた人生送りやがって。

 反省してほしい。

 北島マヤに。

 マヤ、考えがなさすぎ。桜小路優との悪縁を断ち切ることができるのはマヤだけなのだから。マヤちゃん、君って不思議な人だねとか言われて、きょとーんとしている場合ではない。あはは、そんなところが好きだよ! と言われてぽーとなっている場合ではない。貴様のようなマイペースな人間は同じくらいマイペースな人間とでないと関係を続けていけないのである。まわりをごらん。姫川亜弓、青木麗、そして月影千草。その四人で飲み会してるときに桜小路優が来たら場が冷えるでしょ?

 まったく、まったく。