四十五
昔のこと。
男がいた。
ある人がいて、その人が大切に育てている娘がいて、娘はこの男にどうにかして気持ちを告げたいと思っていた。
その気持ちを表に出すのが困難であったせいだろうか、娘は原因不明の病気になり、もう死にそうだという時に、「あの方に思いを届けたいと思っておりましたのに」と言ったのを、親が聞きつけて、涙ながらに男にそのことを知らせたところ、男はあわてて駆けつけたが、娘は死んでしまった。それで、男は気持ちのやり場もなく、親たちと一緒に喪に服していた。
時は、水無月のつごもり。たいそう暑いころあいの宵に、娘のために楽を奏し、深更に及んで、次第に涼しい風が吹いてきた。蛍は高く飛び上がる。男は、それを臥せたまま見て、詠んだ。
ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは秋風ふくと雁につげこせ
(飛び行く蛍よ。雲の上まで行ってしまうものなら、
秋風が吹いているから早く来てくれと雁に伝えてほしい)
暮れがたき夏の日ぐらしながむればそのこととなく物ぞ悲しき
(なかなか暮れてくれない、暑い夏の日、
一日中考え事をしていると、
何がということなく、なにもかもが悲しい)
話の舞台は旧暦六月のおわり。秋の気配の一歩手前で、なかなか過ごしにくい暑い時期のことのようです。
あんまり悲しい話で何も考えられない……というより、実際、今ここがほんとに暑くて。湿度 80 % はまるで水中、息苦しい……。
あっ、男が自邸に帰らず、娘の家でそのまま喪に服しているのは、穢れに触れてしまったので、戻れないし、まさか出仕もできないというわけです。それで男はなかなか暮れてくれない夏の日に、物思いに耽る以外にすることもなく、蛍に「あの子に伝えてくれよ」と声をかけたり、ただただ何もかも悲しいと思っているということです。
暑いので、今宵はここまでにいたしとうございます。
みなさま、どうぞお体大切に、夏の夜をうまい具合にやり過ごしてくださいませ。
🌌 ちぇりおです 🌃