プール雨

幽霊について

猫背の二人が

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監督:藤井道人

原案:望月衣塑子、河村光庸

脚本:詩森ろば、高石明彦

出演:シム・ウンギョン、松坂桃李高橋和也西田尚美、ほか

財務省近畿財務局の男性職員自殺を中心とする、一連の公文書改竄問題に材を取ったサスペンス。

たとえば『デトロイト("Detroit" 2017』がそうであったように、『ビール・ストリートの恋人たち("If Beale Street Could Talk" 2018)』がそうであったように、いちおうの解決すらついていない事件を材に取った映画は、見た後どうしても苦みが残って、映画館を出た後、ずっとひきずってしまう。

またたとえば、『ゲティ家の身代金("All the Money in the World" 2017)』のように、解決はしていても、実話が元だと、なんとも言えないゆるさが残ってしまう場合もある。論理や言葉の外側にある偶然や時間、だらしなさで決定的なことが起こり、その傷が映画の出来不出来とは別に、見た後いつまで経っても癒えない。

『新聞記者』はいつ企画が立って、どうやって脚本が仕上がって撮影にこぎ着けたんだろうと思うほど、今現在起こっている事件を扱っている。解決していない。思想信条にかかわらず、すべての日本語話者を重く覆っている黒い雲のようなもので、逃げ場がない。

だから、どれほど創造的に、禁欲的に我慢強く作っても、映画としては限界があるだろうと思っていました。

かといって、「60 点満点を想定」といった構えができるわけでもありません。だって、そもそも完全に経験したことがないことなんですもの。こんなに早く、こんなに近くで起こっている事件が映画の題材になって公開にこぎつけるなんて、出くわしたことがない。

というわけで、見る前はぼんやりしていました。少なくとも人が何人か亡くなっている以上、「おもしろい」とは言えないだろうと思っていました。

それがなんと、おもしろかったのです。びっくりしました。見た後で思わず、「この監督って、今まで何してた人?」と調べてしまいました。若い人でした。またびっくり。

現実に起こっている事件に材を取ってはいるけれど、物語はきっちりフィクションとして仕上がっていて、映画として物語としておもしろかった。特に、シム・ウンギョン演じる吉岡エリカが背負う物語がわかりやすい。彼女がどこから来て、なぜそのように考え、そして次にどう行動するかということの因果がはっきりしていて、この映画の基盤となっていました。また、彼女がアメリカ育ちの日韓ダブルで、といった設定によって、基本的には男性が中心となって動いているこの社会のなりたちが際立っていました。主人公が二重三重によそ者で、その彼女が一人で動き回ることによって。

物語は古典的といえば古典的。二つの硬直した組織があって、それぞれそこで若い人が脅されて、個人であり続けるか、組織の一部となるか、その選択を迫られて、二人は単独でいることを選択するが……という話。

彼女と彼は猫背で、いつもちょっと俯いていて、今にも押しつぶされそう。そして、呆然としている。頭の隅で、あるいは全身で事態に驚いている。背筋をぴんと伸ばした人物が事態に敢然と立ち向かっていくのではなく、今にも押しつぶされそうな人物がよろよろと、ふらふらとしながら、しかし、飲み込まれるのを拒否する。

その二人の首が、肩が、背中が雄弁で、派手なアクションやべっとりと涙に濡れるシーンがあるわけではないのに、何度も息をのみ、二人の肩といっしょに私の肩もまるくなり、背中に圧力をまとっていく。

『ビール・ストリートの恋人たち』が示したのは、愛をもってかかわりあえることの幸福、これだけは誰にも奪えないということ。

『新聞記者』が示したのは、単独で立っていなければ何もできない、そんな事態にあって、そのとき孤独では、やはり何もできないということ。家族がいるからといって孤独から自由になれるわけではなく、やはり、打ち明け、助けてくれと言い、それが受けとめてもらえなければ事態は変えられない。『新聞記者』の終盤にかけて、杉原の孤独が浮き彫りになる一方、吉岡が決して孤軍奮闘しているわけではないことが知らされて、それだけが次への希望になる。

ラストはオープンなもので、この後は現実の側がどう解答していくかということになる。一歩先は何も決まっていないということだけが希望といえば希望で、とてもシビアだけど、シビアな分リアルで身近に思える。

おもしろかった。

やっぱり新聞っていいなと思いました。新聞記事ができていく過程、印刷される過程、梱包されて全国に配達され、店舗に家庭に届き、人々が手に取る。その映像だけでわくわくする。

新聞、やっぱりいい。絵になるし。

と、満足したあとで、久しぶりに井の頭公園をお散歩しました。

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大島弓子が住んでいたマンション。

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公園の自動販売機で労働中のくまさん

ちょっと曇っていたのでわかりにくいのですが、池がきれいでした。

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水面に見えるのは、池の中の緑と周りの木々と両方。
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晴れた日だともっときれいかも。


今夜は吉岡エリカと杉原拓海が猫背でとぼとぼと歩いたあの夜のことを夢に見てしまいそうです。