プール雨

幽霊について

最悪よりはましなこと

まあまあ混み合っている電車内で、空席がひとつありました。そこからちょっと離れたところに赤ちゃんを抱いた女性が立っていたので、車内にはあの方、そこにかけないかしら〜という雰囲気が生じていました。そしたら、その方のそばに立っていた、ごついヘッドフォン、サングラス、キャップ姿の男性が、「(あの席に)座りませんか?」とうながしたのです。彼女は「ありがとう、でもこの子、座るとすぐ泣き出しちゃうので」と笑いました。空席には別の方がかけて、車内に平和が訪れた……

というまさにこのとき、私はその赤さんに凝視されていたので、車内でひとり、平和ではなかったのです。こころみにほほえみかけてみたところ、赤ん坊の表情がかたくなった……

朝っぱらから試されました。

この日はそれ以外にも色々あって、わりと疲労困憊の状態で、映画館にたどり着きました。でも、映画館のいい椅子に座ればやはりいい気持ちです。

見たのは『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』です。

longride.jp


ダニエル・クレイグ&クリス・エヴァンスら出演!映画『ナイブズ・アウト(原題) / Knives Out』海外版予告編

NY郊外の館で、巨大な出版社の創設者ハーラン・スロンビーが 85 歳の誕生日パーティーの翌朝、遺体で発見される。
名探偵ブノワ・ブランは、匿名の人物からこの事件の調査依頼を受けることになる。
パーティーに参加していた資産家の家族や看護師、家政婦ら屋敷にいた全員が第一容疑者
調査が進むうちに名探偵が家族のもつれた謎を解き明かし、事件の真相に迫っていく―。(公式サイトより)

この映画って、ネタバレするとどうなんでしょう。

まずそこから考えてみるに、ネタバレしても楽しいだろうとは思います。それはそれで。

へんてこりんなお屋敷(隠し窓つき)は室内装飾を見るだけでも楽しく、頼れるんだか頼れないんだかわからない探偵(ダニエル・クレイグ)はかわいらしく、大富豪にはつきもののドラ息子(クリス・エヴァンス)は驚くほどちゃらちゃらしており、体質的に嘘をつけない看護師(アナ・デ・アルマス)の顔の見応えたるや最大で、そこに気も良ければ頭もよいとぼけた味わいの刑事さんたちがからむとくれば、これはもう、みっしり楽しい。

あえて、ネタバレに遭ってから見るというのも一興ではなかろうかと思えるほど見た目にも物語的にも豪華です。

おすすめです!

もちろん、ネタバレはしません。

この映画を見て、「ああ、おもしろかった」と満足してどしどし街を歩いて用事を片付けつつ考えたのは、こういうことでした。この映画の製作、脚本、監督を一手に引き受けて好き放題やった(ように見える)ライアン・ジョンソンライアン・ジョンソン、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』では自分を貫けなかったのかなあ。

 

poolame.hatenablog.com

 

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け 』を見てびっくりしたのは『最後のジェダイ』がまるまる一本、なかったことにされていたことです。『最後のジェダイ』は確かに出来の悪い、不格好不細工な映画で、おもしろくはないのですが、それでも、レイのさみしさは本当だったと思います。そのさみしさをないことにしてしまったのは、腹が立つとかおもしろくないとか以前に、やってはいけないことだと思います。

上記の私の「なんというみょうちきりんな映画……」という戸惑いのメモのなかに、「ネタバレに配慮」という言葉が出てきます。あのとき私が配慮した「ネタ」ごと消失しました。

『最後のジェダイ』はこれで完全にスター・ウォーズ史におけるゴースト血管のようなものになってしまったわけで、これはおそらく監督というよりは製作者の罪なのだろうなと思います。

罪と言っていいと思います。

2015 年、スター・ウォーズの新シリーズが始まって以来、私は「これで私もほんとにスター・ウォーズのファンになれるかも」と期待していました。

このシリーズはテレビで見ていただけで、公開当時劇場に通い詰めた人びとの熱の外にいました。スター・ウォーズは「ファンも登場人物」という面があって、ファンの人同士のやりとりを目にするのも楽しく、それ自体もひとつの作品のようで、「人生がスター・ウォーズとともにあるというのはうらやましいことだなあ」と思っていました。『フォースの覚醒』を劇場で見たときは、レイ、フィン、ポーとともに、自分も育っていけると本気で期待しました。

それが『スカイウォーカーの夜明け』で完全に振り落とされ、今は、ま、いいか、これから関連作を見直したりするのも大変だし……という気持ちです。 

自分はライアン・ジョンソンの書く物語が好きです。

『LOOPER』でも、『最後のジェダイ』で「あう」となったアクションシーンのかっこわるさなどは見られたのですが、あのラストは「これ以外ない」と納得できるし、倫理的にさっぱりしているところが好きです。

『ナイブズ・アウト』も、すごく作りの大きな、「世に問う!」的な作品というわけではないのでしょうが、実際問題ごちゃごちゃしている現実のなかで、少しでもましな方を取ってじわじわと動いていく主人公が好きです。

この二本は「孤独ではあるけれども、最悪ではない選択」を示していて、そこが好きです。

まあ、それにどっちも、変さ具合がかわいらしくて愛せます。孤独がキュートさや存在感に結びついているというその人間観が好きです。

『最後のジェダイ』もライアン・ジョンソン風味全開だったら違っていたんだろうなあと思うと残念ですが、レイのさみしさはほんとうだったと今でも思います。だから「私のスター・ウォーズ」はレイが指をはじいて自分の姿を見たところで永遠に凝っています。