今日もみなさん、一日おつかれさまでした。
ちょっと前、オットーがメガネをなくしました。どこでなくしたかは不明で、しかしなくしたことだけはどうしようもない事実でした。
それで今日、メガネを買いに行きました。
「まあ、これならいいかな」と思えるようなフレームを彼が見つけ、レンズをつくってもらっている間、私はレジ横の椅子で漫画を読んでいました。読んでいたのはこちらです。
主人公は岡聡実、大学一年生。ファミレスで週に 5 日、バイトしています。夜勤です。聡実くんは無愛想ですが不機嫌ではなく、人当たりがすごくいいわけではなくとも、イヤな奴ではありません。彼は中学生の頃、「カラオケを教えてくれ」とヤクザに懇願され、すこしカラオケにつきあってやったことがあります。そのヤクザもの、成田狂児とのつきあいも大学入学を機になくなるかと思いきや、狂児は時折、一人暮らしの聡実くんをごはんに誘うのでした。
あらすじがうまく説明できないのですが、私はしみじみ、この漫画がおもしろいと思いました。何度でも読みたいし、折に触れて読んでいける、そんな漫画であることは確実です。なにせさっき、著者あとがきを読んで泣きそうになりました。
私は疲れているのかもしれません。
だがしかし、著者の気持ちに心を打たれました。
心を打たれたと言えば、年末はオットーの実家で、まったく言語体系と文化の違う弟と一触即発の状態に陥りながらも基本的に「クウネル」を繰り返していました。そして久しぶりに紅白歌合戦を見ました。そこではあの有吉弘行が、ふだんは「テレビの中に住んでいます」という体の有吉弘行が、素人まるだしで、必死に「白い雲のように」を歌う様子が流れていました。隣にはプロの歌い手、藤井フミヤ。藤井フミヤは有吉との声量の差を計算に入れ、サビ部分ではぐっと抑制的に歌い、緊張で今にも倒れそうな有吉を支えていました。
泣きました。
いや、泣きませんでした。
しかし心は打たれ、ふるえていました。
ああ、この「白い雲のように」という曲はほんとうに、決して歌のプロではない有吉弘行のために作られた、彼の声質と声量を考えに考え抜いてこさえた見事な曲であったのだなあと。
あれから約五日。
またもや心を打たれました。
私は気付きました。「この、和山やまって人は赤い公園に似ているな」と。
和山まやは漫画家です。
赤い公園はバンドです。
このふたつのベン図が重なったところに、私の心をピンポイントでふるわせる何かがあります。
それが何か、まだ明確には言えないのですが、岡聡実という人の、まだこの現実の中でどんな顔をして生きていけばいいか構えがとれていないまま社会に放り出されつつあるあの感じに、ヒントがありそうです。
赤い公園も無愛想といえば無愛想でしたが決して不機嫌ではなく、冷笑やうわすべりや攻撃とは縁のない姿をしていました。そしてよく「こんなときにどんな顔してあなたを迎えたらいいかわからない」という顔をしていました。
どんな顔をして外に出たらいいんですかね。
私もわからないです。
📚 おしまい 🎧