プール雨

幽霊について

「カラオケ行こ!」を見ました

いい音で見ました

 岡聡実は中三。三年間合唱部で歌い、今は部長も務める。それも次の合唱祭で引退です。部長として臨んだ大会は金賞を取れず、全国大会には行けなかった。トロフィーを受け取るためとぼとぼと会場を歩いていると、ずぶ濡れの男が行く先をふさいでこう言った。

 「カラオケ、行こ」

 きゃーーーーーーーー!!!!

 こわ!!!!!

 ヤクザものの成田狂児は普通に話しているときでもよく響く、低い声をしており、目の前に立たれると、とても逃げられないような気がします。

 とってもこわいです。

 その成田狂児が岡聡実に歌のレッスンを頼むのでした。組長の誕生日にうまい歌を歌わないと、組長に入れ墨を彫られるのです。それは気絶するほどおそろしい体験なのだそうです。狂児にはあとがありません。

 そんな風にして始まった二人の日々でしたが、ほんとにすみずみまで緊張感と切なさがみなぎっており、鼻の奥がすんっとなるような、それでいて笑いが止まらないすてきな毎日なのでした。

 岡聡実は変声期に突入した合唱部部長で、岡くんが喉に違和感をかかえていることはみんなが知っています。岡くんは口にしませんが、実は自分の声を受け入れるための葛藤で毎日大変です。おまけに、顧問の先生は産休&育休中で、代打のももちゃん先生はいい先生ですが頼りなく(お母さんに「いい先生じゃない」と言われてしまう先生はみんなそうです)、掛け持ちで参加している「映画を見る部」で見る古い映画は意味がわかりません。そこで「愛は与えること」という言葉を聞き、そうか、与える、そうか、とまじめに考えて、実際与える現場を目撃して衝撃を受けるのです。

 毎日毎日ひとくろうです。

 そしてそれは、今現在狂児が日々さらされている「狂児のひとくろう」とは全然違うものなのですが、ひとくろうはひとくろうなのです。

 おもしろい映画を見て、冒頭からぐいぐいと入り込むような体験をすると、映画館を出た後、路行く人びとの顔が重く見えます。一人ひとりが、重たく、大きくなって迫ってきます。

 それは、おもしろい映画の特徴です。

 おもしろい映画は「いま、たまたまここに光が当たって、みなさんにこの人が主人公として見えていますが、それ、たまたまなんです」ということを装います。この広い世界の広がりと重なりの中で、二時間、たまたま聡実と狂児に月光が当たったのですが、もしかしたら和田くんに当たっていたかもしれないし、副部長に当たっていたかもしれない。狂児のお母さんだったかもしれないし、聡実の両親だったかもしれない。ももちゃん先生だったかも。ももちゃん先生だって、世が世なら主人公です。あの世界でみんなひとりひとり現実があり、それぞれに了見と事情があって、そういう人たちがあの街を行き交っている。見ている間、自分もたまたまその隣にいるような気がする。

 と、そんなわけで、聡実も狂児も副部長もみんな、元気で幸せでいてほしいと思います。和田くんも。

 りっぱな音楽映画でした。たくさん歌が聴けて大満足。私は歌を聴くのが好きなので、とても楽しかった。

 エンドクレジットもよかったです。「哀れなるものたち」のエンドクレジットもすてきで、「これはエンドクレジット大賞です」と思ったのですが、「カラオケ行こ!」のそれもすばらしかったです。

帰りに見た月

雲が流れて積まれていきました

 原作も映画もどっちもおすすめです。

📚 おわり 🎥