プール雨

幽霊について

わかってほしいとか、元気になりたいとか、慕わしさのなかで眠りたいとか

 この世に親しみを感じたことはありません。

 いつも頭の隅で死にたいと思っている。でも頭のもう一方の隅から「死にたいってことは死にたくないってことかい?」という声がするから、都度都度「死にたい」という言葉が他の言葉に置き換えられる。

 「死にたいってどういうこと?」と問えなくなったら、まずいんだろうと思ってきたけど、多分、自殺してしまうときは、最初からそんなことじゃないんだろうなと思う。
 私は気性が荒い分、元気で、あきらめが悪い。多分、自殺はしない。
 死にたいって思いながら、その言葉を様々に言い換えたり、分節化したりしてやりくりしていて、そういう生きていく論理と、どうしようもなく死んでしまうときの理路はきっと全然違うんだろうなと思う。
 「死にたい」っていうのはやっぱり「生きたい」ってことなんだと思う。