プール雨

幽霊について

『世界が終わるわけではなく』と『あの本は読まれているか』の間に『ハンガー』を見たら 2 月があっという間に終わってしまいました

  今、トニー・スコット監督作を全部見ようとしていて、2 月は第一作の『ハンガー』を見ました。おもしろかったです。それでその感想文を書こうとして、途中でやめていたものが下書きに残っていたので、手を加えず、以下に引き上げます。

  ずんどこずんどこ。ずんどこずんどこした音楽が流れます。夜です。クラブです。檻の中で歌い踊るニンゲン。檻の中で暴れるでかいサル。血が流れる。

 男が女に「永遠だろ?」と語りかけ、返答を求めます。

 一方、暴れるサルを観察していた研究者たちはその姿を見て、「原因不明の狂気」「愛どころか、引きちぎって食った」と自分たちの見ているものに恐怖を抱きます。

 デヴィッド・ボウイ演じる男とカトリーヌ・ドヌーヴ演じる女はニンゲンをひきさいて暮らしており、おそらくはそれで永遠の若さを維持している。

 しかし、男に老いの恐怖が舞い降ります。老化が始まったのです。永遠のはずだろ? と彼は言いますが、女は答えません。男が悲痛な声で叫びます。

 「ミリアム!」

 名前が出てくるのが映画開始 20 分後くらい。特段遅いわけではありませんが、ここまでのシークエンスがもりだくさんかつ、ちょっとこわくて長く感じました。

 男は老化を止めたくて、専門の医師がいる病院を訪ね、診察を求めます。名前は、ジョン・ブレイロック。サンドラ・ブロック演じる医師、セーラに「私は若いんだ。昨日は 30 歳だった」と言います。しかし、見た目は 40 代。セーラはジョンの言っていることが理解できず、15 分したら戻って診察するから、待合室で待っているよう言って彼を放置します。セーラを待つ長い長い 2 時間のうちに、ジョンはすっかり老人になってしまいました。

 ミリアムとジョン、そしてセーラたちの研究所、そのどちらでも「若さと美しさを永遠に」と言い、老化を恐れています。

 しかし、老化より恐ろしいものがこの先にあって、朝 40 歳で夜には 70 歳になってしまっていたジョンが望んだ死、この死が彼には得られない

 この人、こうやって最後までストーリーを書くつもりだったのでしょうか。

 おそらく、「しんじられないものをみた」というショックであわててドラマ部分をなぞっていて、ジョンが衝撃を受けた瞬間のことをありありと思い出して指が止まってしまったのでしょう。

 今思い出してもどきどきします。

 ああ、こわかった。

 思わずこのあと、お口なおしに『デイブレイカー』を見てしまったほどです。

 『デイブレイカー』はわりと新しめのヴァンパイアもので、主演はイーサン・ホーク。このへたれイーサンに世界の命運がかかっていて、開始 15 分くらいで「それはむりでしょ」という絶望に包まれます。絶望に包まれたまま、なんかけっこうどったんばったん大変なことが続き、人類もヴァンパイアも風前の灯火。これを? イーサンが? なんとかかんとかできるの? という、どきどきが体に悪い映画です。

 でも、さすがに最近の映画だけあって、ヴァンパイア/ゾンビものにつきもののいろんな問題点がぎゅうぎゅうに収まっていて、それがきれいにストーリー上解消されていておもしろいです。おまけに「エルヴィスというあだ名のウィレム・デフォー」がばばーんと登場して大活躍。おすすめです!

ハンガー(字幕版)

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  • 発売日: 2015/04/30
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デイブレイカー (字幕版)

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 2021 年 2 月映画記録

アウトロー

『ハンガー』

デイブレイカー

KCIA 南山の部長たち』(これのみ劇場で)

ペリカン文書

  2月に見た映画は以上です。トニー・スコットリレー、『ハンガー』のあと、『トップガン』になかなかすすめないのがつらいです。『トップガン』は二回、下手すると三回見ていて、なのに「はなしがみえない」という印象があります。今度見たらどう感じるのでしょう。

 本では、2 月はラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』がおもしろかったです。

honto.jp

 『ドクトル・ジバゴ』をめぐる CIA の諜報活動を軸に、作者、ラーラのモデルとなったらしい女性、CIA の諜報部員と、様々な語り手が登場して、章ごとに語ります。なかでも魅力的なのが、名もなきタイピスト(たち)です。

 わたしたちはラドクリフ、ヴァッサー、スミスといった一流大学を出て CIA に就職しており、だれもが一族で最初の大卒の娘だった。中国語を話せる者も、飛行機を操縦できる者もいたし、ジョン・ウェインよりも巧みにコルト1873 を扱える者もいた。けれど、面接のときに聞かれたのは、「きみ、タイプはできる?」だけだった。

(ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』飜訳:吉澤康子 p.12 より)

ソ連部の奥に並んでいた窓の列のことも覚えている。外を眺めるには高すぎる位置にあったので、通りをはさんだ向かいにある、わたしたちの灰色の建物と瓜ふたつの国務省の灰色の建物しか見えなかった。わたしたちは向こうのタイプ課について想像したものだ。どんな女たちがいるの? 彼女たちの暮らしはどんなふう? 彼女たちも窓からこの灰色の建物を眺めて、わたしたちのことをあれこれ想像したりするの?

(同 p.17 より) 

  このタイピスト(たち?)の視線が入るせいでしょうか。基本的には西側の価値観から語られる物語なのに、「自由」や「思想統制との闘い」、あるいはストレートに「正義」といった言葉が出てきません。そうした情報戦そのもの以上に、情報戦を生きている人々の間で避けようもなく生じる愛情や期待や夢、そして物語が語られます。基本的にラブストーリーで、それもとびきり痛切な、いくつもの愛の物語です。

 錯綜する愛のなかでも私の印象に強く残ったのが、タイピスト同士の視線です。同じような仕事に就いている者同士の視線のなかにときに宿る期待が、控えめに語られていました。単純な言葉で言うと、互いに幸せになってほしいと望んでいるという、ただそれだけのことが、物語になっていて、感動しました。

 おすすめです!

 2 月は基本的に、この『あの本は読まれているか』を読んでうすらぼんやりしていたら終わってしまいました。

2021 年 2 月読書記録

ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』

伊坂淳一『ここからはじまる日本語学』

ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』

ジョディ・テイラー『歴史は不運の繰り返し』

 なんらかの疲労がたまっているみたいで、音楽はずっとスピッツを聞いていました。ここ数年、スピッツといえば風邪気味のときや体調が悪いときに聞くものでした。常に聞くものではなかったのです。が、最近になって突然、「あれ、あらためて聞いたらいろいろとすばらしいな!」 と突然なにかがぴたっとはまり、ずっと聞いています。


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