それは雨上がりのことでした。
二回目のワクチンでした。
ちまちまと電車を乗り継ぎ、東京の片田舎ゾーンを移動して辿りつきました。そして気づきました。身分証を忘れていることに。
平素、なんでもきちきちこなす方ならここで、「ああ……!! なんという失態!」とご自分を責めることでしょう。私は失敗が多いので「またやってしまった」と思いました。恥の多い人生にまたひとつ恥がくわわったわけで、困ったことになりました。
私の長所は 15 分前行動が基本なところです。ちょうど予約時間の切れ目(前のグループの案内がおわりかけで、私のグループはまだ始まっていない)だったので、落ち着いた様子のスタッフさんに、「身分証を忘れました」と相談しました。スタッフさんは「……身分証? えっ、身分証をお忘れになったんですか?」と事態が即座に飲み込めないようでした。その様子を見て私は、
「どうやら予想よりまずいことになったのだ」
と思いました。
スタッフさんは「身分証が、ない……」と繰り返した後、沈黙しました。おそらく、「個人情報を確認することで手続きを代替……?」とか、そんなことをちょっと考えてみたのだと思います。そして彼女は決然と言ったのです。
「取りに戻ってください」
はい。
私は「往復で三時間くらいです」と白状し、「夕方 17 時までに必ずもどってこい」という命令を丁寧な言葉で承り、小走りで家に帰って洗濯物を入れようとしたらまだ乾いていなくていかん洗濯物とかどうでもよかったのだ早くもどらなければと身分証をひっぱりだしてもう一回旅立ちました。
ちまちまと電車を乗り継ぎ、会場のある町に本日二度目の登場をし、思わず写真を撮りました。
そして会場ではこの上なく親切にされ、スムーズに導かれ、ぶすーと注射を打たれて「決しても揉むな」と注意され、左右のみなさんに「ありがとうございました」「お世話になりました」とぺーこぺーこぺーこぺーこ頭を下げてまた電車を乗り継いで帰ってきました。
ところで、なぜ身分証を忘れたかという話に興味はおありで?
それはですね、財布を買い換えたからです。
新しい財布がかたくてカードがうまく入らないのです。
(後略)
以上です。
👛 おしまい 👛