プール雨

幽霊について

『イコライザー THE FINAL』を見ました

 ロバート・マッコールさんとジョン・ウィックさんに私の心に住んでいただきたい。そのためのプレイリストづくりに勤しむ今日この頃です。

open.spotify.com

 ゆがんだ考えでゆがんだ行動をしてしまいそうなとき、ジョン・ウィックさんが悲しそうな目で私を見、マッコールさんが静かに説教してくれる。そんな境地に至るための曲を集めてずんどこずんどこと白菜やキャベツを刻む日々です。

 しかしこの、『イコライザー THE FINAL』のラストで流れるこの曲、すばらしいです。私今回初めて聞きました。2015 年のヒット曲なのですね。同じミュージシャン、Jacob Banks の "Stranger" という曲も気に入って、はげしく聞いています。

open.spotify.com

 ロバート・マッコールさんは一人暮らしのおじさんです。きれい好きで、常にぴしーかくーとしています。働いて(なんでもできる)、きちんとした暮らしをして、紅茶を飲みながら読書するのが楽しみです。「スタイルがある」という点ではエルキュール・ポアロといっしょです。

 そして、困っている人がいると、話を聞かずにはいられませんし、助けずにはいられません。その、助けられる範囲が標準よりちょっと広くて、これまでマッコールさんは人を違法に働かせている売春組織を根絶やしにしたり、ヤクの元締めを一掃したりして、街のダニをきれいにお片付けしてきました。

 そんなマッコールさん、シチリア島のある場所であることに遭い、死にかけました。死にかけたマッコールさんを地元治安警察のジオが発見し、医師、エンゾのところに運びました。エンゾはマッコールさんが明らかに銃で撃たれているにもかかわらず、「この男は転んで、打ち所が悪かったんだ」と言います。それでジオも通報しませんでした。

 このとき、エンゾはマッコールさんに「君は善人か、悪人か」と尋ね、マッコールさんは「わからない……」と答えて気を失いました。エンゾはその「わからない」という言葉でマッコールさんを受け入れます。

 海沿いの静かな、穏やかな町で、少しずつ、少しずつ、傷を癒し、健康を取り戻していくマッコールさん。杖をつきながら街を歩き、カフェで休み、階段の多い街で老人とすれ違っては元気づけあっているうちに、次第に人びととも打ち解けてきました。

 しかしこの街には維新のような悪徳集団が巣くっていて、一大リゾート開発のために住人達への嫌がらせをエスカレートさせ、追い出しにかかっていたのです。

 そして、マッコールさんが誰にも何も言わずに出ていこうとするたびに、何か起こり、黙っていられない彼は柄の悪い連中から人びとを守るのでした。

 マッコールさんは冒頭からまるで幽霊のようでした。

 このシリーズ、もっと続けて! という声もたくさんあるようですが、私はマッコールさん、限界なのではないかと思いました。このままでは病気になってしまう。彼の中からモンスターが生まれてしまう。

 冒頭、悪党どもを惨殺し、ゆったりと腰掛け、手に着いた血を丹念にふきふきするマッコールさん。彼は正気を保つために必死です。清潔にし、一日の中で同じことを繰り返し、きちんと食べ、きちんと片付ける。ゴミが気になるのです。不正が、不公正が、不平等が気になるのです。盗んだものは持ち主に返さなければ。人から金を、権利を、命を盗み取り優雅に暮らしている連中がいたら、奪い返し、もとの持ち主にそれらを返さなければ、どうしてもいられない。

 このシリーズは不公正がモチーフです。力をもつものたちによって日々脅かされる人びとのそばにロバート・マッコールは立ちます。このとき、ロバートひとりで戦うのではなく、脅かされてきた人びともまた、怒りをもって立ち上がり、ささやかではあっても「NO」をつきつけることになります。

 この映画はクラシカルな勧善懲悪ものに見えて、主人公が背負うものはまったく現代的なものです。今、積み重なった不公正を正そうとするなら、もはやロバート・マッコールのようになる以外、ありえない。ドアの外に一歩踏み出しただけで踏んでしまう、不正、差別、暴力、ありとあらゆる汚らわしいもの。それらすべてに「NO」と言っていくには彼のような潔癖さと強靱さ、口から出したことは必ず実現させる厳密さ、正確さ、粘り強さ……現代社会では「非人間的」とカテゴライズされてしまいかねない、「不適応」とみなされるようなありとあらゆるものをびっしりと身にまとっていなければならない。

 社会そのものが歪み、ねじれている現在では、「人のものを奪うな」という言葉はもっぱら弱いものに向けられていますが、他人から奪っているのはいつでも強いものたちの方です。隣人を攻撃するのはやめて、自分たちの頭の上にいる泥棒に一言「返せ」と言う。簡単には返さないでしょう。返す可能性は低い。連中は返したのち、それまでの不公正が自分たちに返ってくることを恐れているので。それでも言い続けるんだ。「命を返せ」と。

 ロバート・マッコールの声が聞こえる。

 彼は不眠気味だし、自分のしたことを自分で見ておそろしいと思っている。もうだれも、彼を怒らせないでほしい。あの島で、穏やかに、ワインと魚とコーヒーの島で、ワインと魚と紅茶を口にして、ほほえみとともに日々を送ってほしい。

 だがしかし。

 もし、続きがあるなら、いたしかたない。

 そのときは私もやる。

🎦 おしまい 🎥