「光る君へ」は七回を最後に、大海原へと旅立ちました。私は港にひとり。今は「ああ、すっごく不思議な光景を見た」という気持ちです。ただ夢の心地なむしける。
「伊勢物語」の方は引き続き読んでいきます。
二十一
昔のこと。
ある男女がいました。二人はとても強く惹かれ合い、ほかの人など目に入らなかった。
なのに、どのようなことがあったのか、ちょっとした折りに、女は二人の関係をうっとうしく思うようになって、出て行ってしまおうと、歌をね、ものに書き付けたのですよ。
出でて去なば（出ていったしまったら
心軽しと（軽薄だと
いひやせむ（人は言うかもしれません
世のありさまを（私たちの関係を
人は知らねば（世間の人は知らないので
そう書き置きを残して、出て行ってしまったのですって。
女がこのように書き置きを残したことを、男はどうしたことだ、自分には心当たりもないのに、どうしてこんなことがと、泣いて泣いて泣いて、どこへ探しに行けばいいのかと門口から出て、あちらこちらを見渡してみるけれど、居所を推測する手立ても思いつかないので、家にもどって、
思ふかひ（愛する甲斐のないものだった
なき世なりけり（私たちの仲は
年月を（年月を
あだにちぎりて（ただ徒に関係を重ねて
我や住まひし（暮らしてきたのだろうか、私は
と言ってぼんやりとしていました。
人はいさ（あの人は、さあ
思ひやすらむ（私のことを思ったりするのだろうか
玉かづら
面影にのみ（あの人の面影が
いとど見えつつ（絡みつくように思い出されてばかり
女はたいそう長くたってから、男のことを悩み続けるのもいやになったのでしょうかね、手紙を詠んで送ってきました。
今はとて（別れてしまった今はせめて
忘るる草の（忘れ草の
たねをだに（種だけは
人の心に（あなたの心に
まかせずもがな（まいてほしくないのです
男はこれにこう返しました。
忘れ草（もし私が忘れ草を
植うとだにも（植えたなどという
聞くものならば（話を聞いたなら
思ひけりとは（私があなたをずっと思っていたと
知りもしなまし（そのときになってあなたは気付くのでしょう
そして以前いっしょにいたころよりも心深く打ち明け合って、男はこうも詠みました。
わするらむと（忘れるだろうと思う
思ふ心の（そんな心に生じる
うたがひに（疑いのために
ありしよりけに（以前よりいっそう
ものぞかなしき（なにもかもが悲しいのです
女が返事がした。
中空に（中空に
立ちゐる雲の（立ち上る雲が
あともなく（跡形もなく消えるように
身のはかなくも（我が身も頼りなく
なりにけるかな（なってしまったことです
そうは言ったものの、それぞれ別の相手と一緒になったので、二人は会うこともなくなってしまったということです。
これはあれですね。
愛は終わったの。
終わりにしましょう。きりがない。
と、女は黙って、歌ひとつ残して出ていった。
男はただただ仲睦まじく、幸せに暮らしているつもりだったので、驚いて、「なんでだよ」と泣き暮らしていた。
女は「終わった」と覚悟を決めて出ていったものの、自分を捜し当てることもできない男のことが気にかかっていた。聞けば、泣き暮らしているという。ああ、もう！ と手紙を出した。
そうしてみると以前より素直な気持ちで二人は言葉をかわすことができた。
でも、愛は終わったの。
私はあんたを忘れはしない。
あんたも私を忘れはしない。
きっと、最後の恋だと思うから……。
と、そういうことですね。
気にかかるのは女が「世のありさまを人は知らねば」と言っており、そして世間の人はどうか知らないが実際男にはわけがわからないということです。「わかんないでしょうね」と言っている女がいて、実際「わかんないよう」と泣き暮らしている男がいる。
そんな二人に贈ります。欧陽菲菲で「ラブ・イズ・オーヴァー」。
💗 おわり 💞
