プール雨

幽霊について

積まれた本を立てた 11 月

 11 月は積ん読解消に挑戦しました。

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正直に申しまして、これくらの山がもうふたつあります

 私は月にせいぜい 6 冊くらいしか本を読めないので、月に買う本を 6 冊以下に制限していればいつかは積ん読が解消されます。でもそんなの待ちきれない。だから今月は積ん読解消月間だ! おー! と 11 月 1 日ははりきっていました。

11 / 1〜8 シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』(鈴木潤・他 訳)

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おもしろかった!

 おすすめです。

メアリ・ジキルの母が長患いの末亡くなった。母の病と狂気に、メアリも使用人たちも精一杯献身してきた。母は何を恐れていたのだろう……? 疑問はよぎるものの、悲惨な資産状況のせいでじっくり考えることもできないメアリは、これからの生計をどうしようと悩みつつ、葬儀を執り行い、使用人たちに経済状況を打ち明け暇を出したところだった。そこに弁護士から手紙が届き……

 すっごくおもしろかったのに、どうしてこんなに時間がかかったのか思い返してみるに、この物語はロバート・L・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』(1886)、H・G・ウェルズ『モロー博士の島』(1896)、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(1818)、ナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」(1844)、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(1897)など(以上は北原尚彦「解説」を参照しました)の結節点で、かつ、今まさに登場人物(たち)が書いている真っ最中というその形式のせいで、ぞくぞくと楽しくも、「一文字先はどうなるかわからない」という怖さと自由があって、ちょっと読んでは「ふう……(夢想)」、また読んでは「ふう……(夢想)」と休憩を繰り返してしまったのです。

 ああ、長い一文を書いてしまった。

 ちょうどこんな風に一息がとても長い小説で、ついつい「ふう……(夢想)」と休憩してしまい、気づいたら一週間経ってました。

 つまり、すみずみまで味わいつくしたのです。

 水を差すようで言いづらいのですが、ラストにはむせび泣いてしまいました。

 ああ、おもしろかった!

11 / 8 〜 15 コナン・ドイルシャーロック・ホームズ全集』5、6(ベアリング - グールド 解説と注、小池滋 監訳)

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ちくま文庫です

 『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』にはシャーロック・ホームズジョン・ワトソンが出てきます。『メアリ・ジキル』を読み終えて、今、自分はかつてなく、19 世紀末モードになっているなという感触があったので、実は苦手なホームズものを再読してみようとトライしました。

 できました。読めました。

 この「読めました」はたいへんに素朴なもので、「最後まで迷子にならず、楽しく読めた」という程度の意味です。

 これまで、なかなかホームズものが読みきれず(起こっていることが頭に入ってこない)、ホームズファンをうらやましく思ってきました。

 ホームズもの(やスター・ウォーズ・シリーズ)は、それらをとりまくファンごと、憧れの気持ちをもって見てきたというのが正確な表現だと思います。

 ついにやりました。人生で何度目かのトライでついに成功。ありがとう、メアリ・ジキル。あなたのおかげです。「メアリたちがこの近所にいるのだ」と思っただけで聖典の世界がぐっと立体的になりました。

 そして、ちくま文庫の詳注版ホームズ、読みにくいです。時系列に沿って並んでいて、挿し絵と注が入っているので「まあべんり」と思ったのが間違いで、ホームズ初心者には気が散って気が散って大変なのでした。

 でも 6 巻までこれで読んでしまったから(全 10 巻)、残りもこれで読みます。

 また、ドラマ『エレメンタリー』のタイトルの元となったらしい「初歩的なことさ」という台詞が「背の曲がった男」に出てきてしみじみしました。「背の曲がった男」はとくにメアリ・ジキルの世界と地続きだなあと強く感じる短編で、全体としても楽しみました。

11 / 13〜14 萩尾望都ポーの一族 秘密の花園 Ⅰ』、アラン・ムーア & エディ・キャンベルフロム・ヘル』(柳下毅一郎 訳)

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がんばれアーサー

 漫画は勢いで読むので、記録は取っていないのですが、これはしみじみとおもしろかったし、また、メアリ・ジキルやホームズの近所で起こっていることなので、連続性を感じて、楽しい読書体験でした。

 アランを守るために孤軍奮闘するエドガーの物語と、アーサーの苦い人生が絡み合って、とてもどきどきします。どんどん読み進められます。それからそれから? どうなるどうなる? という推進力がすごいです。

 長い眠りに入ってしまったアラン、冬に近づく郊外の淋しい屋敷、成就しなかった初恋の相手、ロンドンの不気味な噂。

 物語世界に落ち着かない低音を響かせているが、あの切り裂きジャック

 切り裂きジャックと言えば切り裂きジャック論の集大成、『フロム・ヘル』。『フロム・ヘル』は以前読んでいるけれど、この流れの中でまた読んでみよう、と久しぶりに引っ張り出しました。読み出したら止まりませんでした。

 起きてるんだけどずっと寝言言ってるタイプの悪人が、走り出したら止まらないのです。よく、「間違いだとわかったら、途中でやめるという判断はきわめて人間的に高度なもので、たとえばコンピューターにはそれはできないわけで、その判断こそ人間の義務」というような話がありますけど、正にその言葉がぴこーんぴこーんと警報を発し続けるような世界でした。一旦、手をつけたら最後までやり終えないと終わらない仕組み、それが狂気を呼びます。そのせいで読み流したり途中で閉じたりすることが許されない仕組みになっていて、横にいた夫に「あめちゃん、漫画読む姿勢じゃないよ」と言われました。そのくらい、ぐいぐい進みます。

 は〜、大変だった。

 この辺りで「そろそろ心があたたかくなるものが読みたい」という思いが生じてきていたのに、読んでいたのが、

?〜11 / 28 米本昌平+松原洋子+橳島次郎+市野川容孝『優生学と人間社会』

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一刻も早く読み終えたかった

 これです。

 いつ頃から読んでいたかさだかではないくらい、休み休み読みました。

 先に言っておくと、これはとても読みやすい本です。英米、ドイツ、北欧、フランス、日本に各一章ずつ割かれていて、二十世紀の各地域における優生学の展開を読むことになるので、重複している部分もあって、読み進むうちに学習も進み、勉強になります。学生さんなら半日で読むでしょう。

 神なくして、人類がどうやって平和を維持していくかという課題に直面したとき、人々の間に漠然と広がっていった「すべての形質は生殖細胞に由来するはずだという、唯生殖質的」(p.20)人間観。それはもはや自然科学というより「進化という宗教」(p.45)なのですが、その根っこにあるのが「単純化された因果論的解釈の偏愛」(p.20)だというのは、現在、身の回りに溢れる怪しげな文言群——ときに、オフィシャルにリリースされる——についても同様だと思います。

 第二次大戦後、世界は帝国主義植民地主義に別れを告げたはずが、どうしたわけか優生思想に別れを告げることができない。そこには、社会を設計する上で、人口や人々の健康をどう「管理」するかという「福祉」の問題、また、科学技術の方が社会設計より先に「進歩」してしまい、テクノロジーに合わせた法整備など後追いで、議論しなければならなくなったという事情、そして、戦時中だけでなく戦後も続いた、誤った差別的な政策について、それらを批判的に反省し、精算していくことができない社会状況などがからみついています。

 特に日本は他国と比べても、自分たちの選び取った政策の何が問題だったかを明らかにすること、問題を共有すること、精算することに関して動きが鈍いと思います。このまま戦前から脈々と続いている政策に対して無批判でいることは、ますます社会を荒廃させていくことになるだろうと思え、寒々とします。

 ちょっと飛躍しますが、現状では「未来」や「意志」や「希望」といった言葉に対しては警戒さえしています。私は、自分自身のことをもっと嫌い、もっと厭う必要があるとすら、思います。この身体に、この言葉に流れる汚らしいもの。背中に向けられる軽蔑の眼差し、憎悪、そして脅し。常に常にそれらを意識するのはハードですが、その方がこの、ほかならない自分の生に釣り合っていると感じます。

11 / 20〜28 アガサ・クリスティー『クリスマス・プディングの冒険』(福本和夫他 訳)

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おふとんのお供に

 ちょっと休憩で 20 世紀もの。大部分がポアロで、最後にちょこっとマープルが出てくる短編集です。ちょうど今、NHKでやっているドラマ版のポアロのエピソードと一部重なっていて、ドラマの方は大分わかりやすく整理されていることがわかり、楽しい読書でした。『不思議の国のアリス』が「あなたの国の古典」として出てきたり、「こんなことを申し上げると、すぐさま気が変になったといって拘禁されてしまいそうですな」といった、いかにもあの頃のことだなと思える台詞が出てきたりして、ふむふむと読みました。

 下記の部分がいかにもポアロらしくて、好きです。

「あなたはいま、"途方もない"言いがかりとおっしゃいましたね。しかし、そうではないのですよ」

「ぼくはアーノルド・クレイトンを殺していない」

「では誤った言いがかりとおいいなさい。その言いがかりは真実ではないと。だがそれは途方もない(下線部、原典は傍点)とはいえないのですぞ。それどころか、すこぶるもっともなのです。そこのところをよくわきまえなければいけませんな」     (「スペイン櫃の秘密」より)

 11 / 29〜30 夏目漱石坊っちゃん

 なんとなく、久しぶりに読んでみました。漱石って人も 19 世紀末に青年時代を送った人だよなあと地続き感を感じつつ。

 『坊っちゃん』は一文毎にひっかかりがある豊かな小説で、何かの機会に精読してみたいとは思いますが、今回は勢いで読みました。

 そしてしょんぼりしました。切なく、悲しくなってしまいました。

 でも今はしょんぼり切ないのが、いいかなと思います。空元気出してもとんでもない嘘をついてしまうだけだし。

 しょんぼりはしましたが、坊っちゃんを不幸だとは思いません。色々大変だけど、切ないけど、少なくとも大きな機械の一部にならずに済んでいるのは人徳だと思います。

 あと、ず〜〜っと『赤毛のアン』を読んでいるのですが、『坊っちゃん』(1906)と『赤毛のアン』(1908)、同時代なんですよね。坊っちゃん、アン、人類は今もよちよち歩きです。

 

 というわけで、積ん読の山から読書は逸れに逸れ、全然山を崩せませんでした。12 月こそ、ちょっとは崩して、気持ちよく 2021 年を迎えたいです。

 

11 月に見たポワロ

  • ABC殺人事件
  • 雲をつかむ死
  • 愛国殺人
  • エジプト墳墓のなぞ
  • 負け犬

11 月に見たコロンボ

  • 忘れられたスター
  • ハッサン・サラーの反逆
  • 仮面の男

11 月に見た映画

11 月に読んだ本

 おわり