プール雨

幽霊について

診療所のウィルソン

 無人だった診療所に先生がやってきた。

 前の先生はおじいちゃんだった。あだ名がおじいちゃんだった。だれかが「おじいちゃんが」と言ったら、それは診療所の先生のことだった。年齢は私にはわからなかったけど、おじいちゃんは私たちにおじいちゃんと呼ばれていることを知っており、時々はぽろっとそう呼ばれてもごく自然に振り向いて返事をしてくれた。

 私は学校から帰ると診療所に配達を頼まれることがあった。うちの酒屋兼雑貨屋におじいちゃんが電話で注文した細々したものを自転車のかごに詰めて、または厚手の布の鞄に詰めて夕方配達するのは私の役目だった。

 診療所とうちはすぐ近くだ。私の感覚では「すぐそこ」だ。

 だからおじいちゃん先生が散歩がてらうちに来たってよさそうなものだけど、先生は夕方には疲れちゃうのか、ちょくちょく電話で注文した。

 ティッシュとか、ラップとか、何かの缶詰、卵、たまねぎ、みりん、そんなようなもの色々だ。

 私はそれを届けに行くのが好きだった。

 自転車でも徒歩でも、品物がたくさんでもすこしでも、踏切の手前にある小さな診療所に伝票を携えて行くのは好きだった。

 だけど私が中学生になるかならないかという頃に、おじいちゃん先生はいなくなった。

 事情はよくわからなかった。ただ、おじいちゃんの娘だという人が二人あいさつに見えて、私にもありがとうと言って、そして行ってしまった。

 それからしばらくして、診療所にその人はやってきて、急に寂れて取り壊しになるかに見えた診療所はちょっとだけきれいになった。あちこち修繕されて、壁も塗られて、もしかしたら喫茶店でもできるのかと思っていたらやっぱりそこは診療所なのだった。

 新しい先生はひどく痩せた人で、若いのかもしれないけど、すでにおじいさんみたいだった。