ウィルソンへ
お元気ですか。
私は今大学三年生で、毎日アルバイトと勉強に忙しく暮らしています。
というのは嘘で、来週センター試験です。
今、自分のこれからが早送りできたらなと一瞬思ってしまいました。入試は高校入試以来ですが、どちらかというと苦手な方です。
窓の外は吹雪です。大学入試が始まる頃は毎年天候が荒れ、先生たちは気がもめるそうです。
私は今、センター試験前最後の補習を受けています。まだ高校は冬休み中で、そのため、いつもより更に寒いです。風邪を引くといけないので、教室には据え置きの暖房以外にヒーターなども持ち込まれ、ストーブの上ではしゅんしゅんとお湯が沸いています。今解いているのが終わったら、加藤先生がお茶を淹れてくださるそうです。
加藤先生は英語の先生です。
私が一年生のとき、新任で来た先生です。
「大きな意味で同学年」
と、加藤先生はよく言います。
加藤先生はいつも後頭部の髪が少し跳ねていて、それを見ると「私もああいう風にはねているのかな」と思います。そして先生は大体、立っているか走っているかのどっちかで、座っているところはあまり見ないのですが、今のように模試形式の授業やテストのとき、教卓についている椅子の上で正座をしています。
どうしてなのかなといつも不思議だったので、さっき聞いたら、先生は恥ずかしそうに
「寒いから」
と言って、それから小さい声で「ごめんね」と言いました。
なにがどう「ごめんね」なのかわからないけれど、確かに冬、スカートだと冷えるのです。だから制服とジャージを重ね着する子もいます。その方法はいささか大胆だけど、健康のためにはやむをえないのではないでしょうか。私は分厚いタイツをはいて、タイツの上から更に靴下を着け、もちろんほかの下着もたくさん着ています。カーディガンはおしりがすっぽり隠れるくらい長いやつです。もっと長いのを着ても、問題ないでしょう。元子はハイネックの薄いセーターを下に着るスタイルです。首が隠れるので、それもいいなと思います。
ウィルソン、長い間、声を出せなくてごめんなさい。
ウィルソンがいなくなったことがわかったときは途方に暮れました。
そのときは「途方に暮れている」と思ったわけではないのですけど、今振り返るとああいうのが「途方に暮れた」ということなのだなとわかります。
おじいちゃん先生がいなくなって、荷物が運び出されてだれもいなくなった診療所に、何度か忍び込びこもうとしました。ウィルソンがいるんじゃないかと思って、探しに行きました。どこか入れる場所がないかと探して、結局入れなくて、私は診療所の外についた階段の下で何度もうずくまりました。ウィルソンに会う前はよくあそこにいたんです。学校が終わって、どうしても家に帰りたくないときは、あの階段の下で本を読んだり、宿題をしたり、絵を描いたりして時間をつぶして、それから家に帰ると次の日の朝まではじっと口を閉じて我慢していました。
あの頃、ウィルソンがいてくれてよかったです。
ウィルソンには家で何があったか、よく聞いてもらっていましたね。聞きづらいような話ばかりでごめんなさい。
ウィルソンには悪いことをしちゃったなと、ずっと思っています。
ほんとは楽しいこともあったんです。悲しいことや怖いことばかりじゃなかった。たまには笑うこともあって、そのことを後で何度も何度も思い出したりしていたのに、ウィルソンには自分が辛い時ばかり頼ってしまって、悪かったなあと後悔しています。
もう会えないけれど、もし、会えたら、今度は良い報告がしたいです。
ありがとう。